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第242話 絶対特権の主張

 揚陸艇の乗り心地は、意外と悪くなかった。流石に最新鋭機。いつか乗ったオンボロとは訳が違う。


「……快適な乗り心地だ」ユーリは、その微かな振動の中で、笑みを崩さない。「それとも命の恩人だから、気を遣わせてしまっているかな? 隊長殿?」


「勘違いするな」向かいに座る隊長は、無表情で答える。「貴様が我々を助けたから我々は貴様を助けたのではない。それが任務だからそうしたのだ」


「ほう?」


「我々の任務は貴様ら戦争犯罪人の処刑ではない。あくまで本国に連れ帰り、裁判を受けさせることだった。その結果が死刑であろうと、その場で殺すことは本来任務にない」


「……その割には重装備だったようだが?」


「収容所の職員は排除しなければならなかったからな。どのような装備があるか分からなかった以上、ある程度の強度の装備は持っていく必要がある」


 ――ふん、その割にはエンハンサーに対しては何も用意していなかったようだがな。


 その言葉を言うのは、やめた。面倒になったからだ。折角築いた関係を崩したくなかった、というのもある。


「こちらこそ、」隊長が、不意に言った。「一つ、聞いてもいいだろうか?」


「何でも」


「何故、彼らを裏切った?」隊長は、ぎろりと睨んだ。「私なら、絶対にそうしない。どのような扱いを受けたとしても祖国は祖国だ。産んでもらった恩を仇で返すことは、絶対にしない」


 特殊部隊員らしい、とユーリは感じた。彼らは国に対する忠誠心を徹底的に教育される。元々強いその傾向を更に強化されるのだ。その点において、一般の兵士とはまるで違う。


「つまらない質問だな」が、そうも感じた。「つまらない質問にはつまらない答えをしてやろう。彼らが、私を英雄と呼んだからだ」


「……分かりにくい答えの間違いじゃないのか」


「分からないのか? ――まあ、君たちに分かるまいよ。君たちは影の存在だ。エースパイロットとしてチヤホヤされてきた私とは立場が違う。尤も、それこそが私が裏切った理由なのだがね」


「何?」


「アイツらドニェルツポリ人は、私のことを英雄と呼んだ――呼ぶだけ呼んで、戦争が終われば放置した。まるでコーラの空き缶を街中に捨てるようにな。それが許せなくてテロを起こせば、今度は犯罪者扱いだ。あんな馬鹿みたいな環境に放り込んで更生すると思っていた――その癖、未だに英雄という呼び名に縋って、働かせようって? ……そんな都合のいいことが許されるはずがないだろう」


「見解の相違だな。祖国のためならば、命を懸ける義務がある」


「その義務とやらに、私は踏み潰されそうになったのだ。いつまでもそれがのしかかってくるのに、まだ私に寄りかかろうとしたのだぞ? 反抗して当然というものではないかね」


「…………理解できん」


「そうか。残念なことだ」


 水をもらえるか? とユーリは隣の兵に言った。兵は凄く嫌そうな顔をしながらも、それの入った水筒を渡した。その表情を見向きもせずにユーリはそれを受け取ると、勢いよく飲んだ。


「ともあれ、これで私は自由を手にしたわけだ――ようやく、好き勝手できるというものだな」


「いや、」隊長は、しかし、溜息を吐いた。「聞いていなかったのか? 貴様はこれから軍事法廷に送られる。戦時、及び終戦後の犯罪について調査が行われ、量刑が改めて決まるだろう」


「いいや、私は自由の身になるだろう。テロを起こしたのはプディーツァに対してじゃない。ドニェルツポリの議員たちに対してだ。プディーツァに何か言われる筋合いはない」


「だが、君はドニェルツポリで英雄と呼ばれたのだ。それだけのプディーツァ人を殺している。それを許すことは到底できない」


「戦時のそれを罪に問うのは違法――と言うのは、無駄なことなのだろうが、だがそれについてもすぐに無罪となるだろう」


「何?」


「パイロット不足」にやり、とユーリは笑う。「なのだろう、プディーツァ軍は」


「…………」


「収容所にいても君たちが急拡大をしていたことは聞き及んでいるよ。だが、結局人材の問題というのはある。その育成の問題もな――そしてパイロットというのはその中でも高級品だ。そうそう手に入るものではない」


「だったら、どうするというのだ」


「言ったはずだ、私を雇えと――他国軍だが、勲章を受けたこともあるエースがここにいる。だとすればそれを有効活用するべきだと私は思うがなァ」


 隊長は何も言わなかった。ただ冷然と見つめているように見える。バイザーの向こうのバラクラバの、そのまた向こうの表情を見切ることは困難だ。訓練されているというのもあるだろうが、それ以上に生来そういう顔をしているのだろう。


「私が判断することではない」そして、不意に口火を切った。「な」


 口利きはする、という意味だろう。ユーリはふん、と笑った。


「感謝するよ、隊長殿。私も食い扶持がなくては生きていかれないからね」


「生きようとしているのか、貴様は」隊長は少し意外そうな声を出した。「事前の情報とは異なるな」


「そりゃそうさ――これから、ドニェルツポリ人共にたっぷり仕返しをしてやらなければならない。そのためならばこの一生を全て賭けてもいい。一人でも多くアイツらを殺してやりたい――やらなければならない」


 義務がある。


 必要がある。


 ならば――権利だってあるはずだ。


 その義務や必要性から解放されて、自分のやりたいようにやる権利が。


 英雄と勝手に呼んで、勝手に呪いをかけた連中に、それが本当はどういう代物だったのかと問いかける権利が。


 彼をそう呼んだ連中を一人残らず地獄に送ってやる権利が――あるはずだ。


 ユーリはそう言って、目を瞑った。些か眠くなってきたのである。

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