第240話 襲来、アミパシーリィ
降り出した雪は次第に吹雪となり、空を真っ暗に染めた。恒星の光が覆い隠され、早くも夜のようになる。それほどまでに雲が厚いのだ。そしてそれだけの水分を含んでいる。
それは彼らにとっては好都合だった。
プディーツァ軍参謀本部情報課所属特殊部隊「タンホイザー」。
揚陸艇の後部ランプから降りて移動を開始した彼らは収容所を挟んで向こうに展開している別動隊と連絡を取り、夜の予定だった攻撃時間を繰り上げることにした。暗視ゴーグルを下し、点在している森の中を通る。開けた場所を通れば格好の的だ――尤も、ただの収容所の装備では彼らを見つけることはできまいが。
宇宙服改造の防寒着。
その表面は外気と全く同じ温度になるよう調節されている。
サーマルサイトでも赤外線でも見つけることができない。
もちろん、肉眼でも――これらの冬季迷彩を身に着けた彼らは不可視の兵隊と言えた。
「!」
そのとき先頭を行くポイントマンが手で停止信号を示した。それからしゃがむよう合図を出す。近寄ってきた隊長に、それを指し示した――前方百メートルの位置に歩哨が立っている。防寒着を着こんだそれは、寒さに震えて辺りをきょろきょろと見回している。気づかれれば警報を鳴らされるだろう――この気候条件下では、銃で狙撃というのも厳しい。むしろ音で気づかれにくい分、ナイフの方が都合がいい。
「…………」
隊長からの視線を受けた隊員は、ただ頷いて、前に進んだ。視線の向き、動きの癖。それらを短時間の観察で見抜き、対応不可能な死角へ回り込む。ナイフを抜くのは最後の一瞬でいい。その刀身は酷く目立つからだ。
「あー寒……バカバカしい、プディーツァ人だって人間だ、こんなクソ寒い日に攻撃なんて……」
目の前の兵士はそんなことを言いながら手をこすり合わせている。銃から手を離しているのだ。信じられない怠慢だったが、彼ら一般兵士と特殊部隊員とは意識が違うのだ。まして現役を離れて久しい兵士など、現役の彼らにとっては物の数ではない。
「全く、シロクマだってこの吹雪じゃ穴掘って寝て……」その無防備な背中に、隊員は襲い掛かった。「ぐあっ」
まず喉を裂き、声を封じる。直後に肋骨に守られていない腎臓と肝臓を突いて転がす。そうして痙攣すらなくなったのを見届けてから、隊員は後方の仲間に合図を出した。それから全方位を警戒して一歩踏み出す、
瞬間、爆発が起こる。
「⁉」
そして、隊員は自分の体が四散するのを感じた。ボールベアリングが右側から彼を襲って特殊作戦装備を貫通して内臓がズタズタにされる。そうして倒れ込む刹那、彼は潰れ行く目玉で、自分の足にワイヤーが絡まっていたのを見つける。
「――B4、」オペレーターは端的に言った。「通信途絶。トラップ作動」
「そうか」ヘッドセットをつけていたカッツィマはマイクに向かって言った。「――総員に次ぐ。B4に敵性反応。状況開始と認定。第一から第三分隊は第一ゲートの陣地へ展開。残りは予備だ。車両の中で待機。歩哨は……D方向以外は撤退していい。連中真反対からも攻めてくるはずだ」
各セクションから返ってきた了解の返事が雪の中に掘った臨時指揮所に木霊する。思ったより想定通りに敵は動いてくれていた。森の中を移動するのも想定通り。この天候では歩哨を見ればナイフを使うのも予想通り。だからカッツィマは捨て身の策を取った。歩哨の近くに対人地雷を仕掛けたのだ――プロであれば、逆に引っかかるように。
とはいえ、普通は考え付かない方法である。あるいは考え付いてもやらない手段である。大日本帝国の自爆戦術を思い起こさせるようなやり方なのだから。
非道である――が、これがそれと違うのは、こちらは兵士の側から出た提案だった、ということだ。
『プディーツァ野郎に一泡吹かすなら、まともなやり方じゃ無理だ。命ぐらい賭けまさあ……』
B4にいた歩哨は、そう言っていた。ライフルすら味方に譲って、拳銃一丁で戦地に赴いた。
彼だけではない。歩哨全員がそうであった。これは嬉しい想定外だった。
(想像以上に士気は旺盛――まあ元々旺盛すぎてやんちゃをしてしまった連中だ。プディーツァ人を合法的に殺せるなら、何だってする――)
にやり、とカッツィマは笑う。今彼女は戦場で最も得難いものを手にしているのだ。最高の士気を持った味方である。そして全員がベテランと来ている。これだけ有利ならば、特殊部隊の一個や二個、簡単に弾き返せる。
「第一分隊、交戦に入りました。敵は一個分隊規模と推定」
その証拠に、味方の動きは速かった。カッツィマはズレたヘッドセット――彼女の頭には少し小さい――をつけ直し、指示を飛ばす。
「揚陸艇のサイズを考えれば別の分隊もいるはずだ。合流前に潰せ。第二、第三分隊は各個に包囲」
「了解」
「それとD方向どうか? 歩哨からの定時連絡は?」
「確認します」
――思ったより、呆気ない。
カッツィマはそう感じた。確かに、精強な特殊部隊といえども真っ向から陣地戦をやればこうもなろうが――だとしても、あっさりとした戦闘だ。本来は、こちらに仕掛けるのはもっと先だったのではないか? ……事前の情報収集が足りていない動きだ。こちらが充分準備していることは観察していればすぐ分かったろうに。
(あるいは、抵抗されることを予想していなかった? それか、任務が交戦ではなかった、ということか?)
その想像は、半分は合っていて、半分は間違っていた。
「大尉!」それが明らかになったのはそのオペレーターの叫びが聞こえたときだ。「D方向より新手! 強襲装備です!」
何、とカッツィマは顔を顰めた。強襲装備、という言葉は、彼女をしてそうさせるものだった。
強襲装備。
この時代の陸戦関係者にとってそれは四文字ではない。二文字で充分だ。
悪夢、である。
悪魔、とも。
宇宙服ベースの装甲服に、小型のアクチュエーター群とバッテリーを搭載したそれを、他にどう呼べばいいか彼らは知らない。銃弾は効かず当たらず、対して人力より優れたアビオニクスで一発必中の狙撃をしてくる上、機動力は自動車並みである。
対策は、砲爆撃か機関銃の掃射しかない。
それでも足止めが精一杯である。それはほとんど人間大のエンハンサーと言えるのだから。
だが、そのいずれもカッツィマたちは持ち合わせていない。
「予備部隊を回せ。B方向が片付いたら全部隊で応戦する。それまで何としても持ち堪えろ」
そう指示を出しながらも、その通りにはなるまいという確信があった。現状では、強襲装備の敵の弱点を突くことはできない。強いて言えば稼働時間一杯――大凡八時間、何故ならアクチュエーターの動きに中の人間がもたないから――まで粘ることだが、そのためには必要なのは結局何らかの火力投射による制圧で、つまり不可能ということだった。
いや、不可能ではないのだ。
アレを使えば、事態は好転するだろう。
エンハンサー。
いくらオンボロでも、ライフルがなくても、そのビーム機銃の掃射は強力だ。敵は一瞬で蹴散らされることだろう。
だから、問題はそれが動いてくれるかどうかだ。
彼が動いてくれるかどうかだ。
ユーリ・ルヴァンドフスキ。
戦わない、と言って、今彼はどこにいる?
「…………」逡巡。一瞬のそれの後カッツィマは隣にいた元士官に言った。「一時、指揮を預ける。アイツに頼らなきゃ、埒が明かない」
一瞬、彼は驚いた表情を見せたが、ほかならぬ彼女の頼みを断れるわけがない。敬礼をする――それを返して、カッツィマは歩き出す。
オンボロのガレージへ。
高評価、レビュー、お待ちしております。




