第239話 ラングナーゼン・ドーラ
それからが大忙しだった。カッツィマを先頭に彼らは武器庫に押し寄せた。その速さときたら、武器庫の担当者にまるで話が通じておらず、それを反乱と勘違いして銃撃戦になろうとしたところで、所長からの内線がようやくそれを止める有様だった。
「待て、武器を数えろ! できる限り多くの人間に配るんだ!」
そして、その分厚い扉を開ける――ずらっと並ぶカラシニコフ小銃や拳銃、そしてその弾薬の数々。久々のそれらに飛びつこうとする部下を抑え、カッツィマはそう言った。まずは状況把握だ――優れた指揮官は必ずそうする。
「…………」そして、それからこう言った。「これだけか?」
「は、はい」担当官は資料を片手にそう言った。「あとは個人携行の銃火器がいくらかありますが、これを取り上げるというのは我々としては飲めない条件です」
「だろうな、だが――」
少ない。元々看守がその何倍もの人数がいる囚人が反乱を起こしたときのためにあるものだから当然とも言えるが、まず銃が少ない。ギリギリ一人一丁ライフルはあるが、弾薬が絶望的に足らない。平等に支給すれば一人二マガジンしかなくなってしまう。最悪、まず真っ先に殺される警戒線の兵士には拳銃だけ持たせることでそれらを節約するという手もあるが――それでは誰もやりたがるまい。やらせるほかないが。
「――他に何か武器になりそうなものは? それに、手榴弾の類はないのか?」
「どちらも、ここになければありません。あとはスコップぐらいしか」
「ここは第一次世界大戦の塹壕かよ。それならせめて水冷式の機関銃でもあれば最高なんだが」
「この監獄は逃げ出しても何もないことがウリですからね。武器がなくても干からびるまで放置すればいいですから」
「言ってる場合か。何でもいいから武器をよこせ。車とか、IEDの材料になりそうなものとか」
「そんな便利なものは――あ」
担当官はそのとき資料を急に捲り出した。大した束ではないそれを下の方へ辿り、特定する。
「あ、って、何を思い出したんだよ」
「一つだけあります――ロクに整備していないので動くかどうか分かりませんが」
「あんまりもったいぶるとその小さいケツの穴にウンコぶち込むぞ。さっさと言え」
「ですから、エンハンサーですよ――古い型ですが、暴動鎮圧用に一機だけ残されているんです」
「アタシらには元整備士の奴もいる、元パイロットもな――案内しろ」
担当官に連れられて、カッツィマたちが案内されたのは、古ぼけたガレージだった。いや、この監獄の大半の設備は古ぼけているのだが、その中でも特に古びた感じが強くあった。恐らく誰も整備していないに違いない。シャッターも異常なまでの叫び声を上げた癖に腰の高さまでしか開かなかった。
「何だか嫌な予感がしてきた」
カッツィマのその呟きが、ガレージに木霊する。思ったよりも広い空間があり、その暗闇の中に、それは寝かされていた。八メートルの巨体。どこかその人型のシルエットが気だるげに感じられるのは、本来あるべきキャリアーにすら乗せられていないということへの同情からだろうか。
その印象は、たとえ室内の照明がつけられても変わることはなかった。くたびれた老人のような表情のまま、それは鎮座している――ようにカッツィマには見えたのだが、元整備士の部下は何かに気づいたように駆け寄った。
「――すげぇ」
それから、そう感嘆の声を上げると、その装甲部分を撫でて、埃を払ってから何と頬擦りし始めた。
「お、おい」
「コイツは凄い。もう二度と生きてお目にかかれるとは思わなかった。こんなところにいらっしゃったとは……」
「仏像を見つけたわけじゃねーんだろうが。いい加減にしないとぶつぞう」
「でもこれ本当に凄いんですよ! 本当に凄くて凄い! 仏像なんか目じゃない!」
そう言われると、カッツィマも少しは気になるというところだった。コイツこんなんだったかな、と言いながら溜息を吐き、それから呆れ混じりに言った。
「で、そんなに興奮するってこた、それだけ凄いんだな?」
「ええ。すっっっごい古いです!」
ごちん、と拳骨が彼に落ちたのを、ユーリは見なかった。どうでもよかったから。
「何するんですか⁉」
「古いかどうかはどうでもいいんだよ! 大事なのは使えるかどうかだろうが⁉」
「で、でもD型ですよ? 『長鼻のドーラ』ですよ? 誰だって興奮しますよ、『ロジーナⅢ』のE型以前のモデルなんてもうほとんど現存してないんですから!」
ちら、と機体の顔の方をカッツィマが見ると、なるほどニュースで見るようなエンハンサーとは形が違っているようだった。見慣れたものは額が飛び出した形状だったが、これはその代わりに顎の辺りが飛び出していて特異な形状をしている。それがガスマスクのようでもあり、魔女の鼻のようでもあった。
「――オタク君さあ」が、そんなことはどうでもいいのだ。「今の状況分かってないだろ。お前の仕事はこれをどのような手段を使っても使えるように整備すること! パーツはいくらか余ってんだから、やれ!」
カッツィマがそう言って腕を振り上げると、もう一発拳骨をもらうのは勘弁とばかりに元整備士の彼は走り出した。その背中に彼女はもう一度溜息を吐いた後、もう一人の方に目をやった。
「で、ユーリ。お前確か『ロジーナⅢ』の……E型には乗ったことがあるんだよな?」
「ッ、」一瞬、彼はぼうっとして回答が遅れた。「ええ、まあ」
「じゃあ決まりだな、『ロジーナ』は操縦性それほど変わらんとは聞くし……多少不自由はあるだろうが、やってもらう他ないんだからな」
そう言って、カッツィマはユーリの肩をポンと叩いた。しかし、ユーリはゾッとしたような表情でその手を払いのける。それから後退りして、距離を取った。
「……おい」カッツィマは怒ったというよりは怪訝そうな表情だった。「何のつもりだ」
「そっちこそ、何のつもりで僕にこんなことさせようっていうんです」
「聞いていただろ、プディーツァが来んだよ。だから……」
「そうやって、」ユーリはカッツィマを睨みつけた。「いつだって必要性でしか物を語らないから、僕はこうなってしまったって、まだ分からないんですか⁉」
その声は人間には広いガレージのがらんどうによく響き渡った。ユーリは、その一言で誰もを黙らせたつもりになれた。
「おいおいおい、」が、整備士はスパナを片手に戻ってきた。「お前、状況分かってるか⁉ 生きるか死ぬかだってんだよ。お前がやる気にならなきゃ、全員死ぬんだぞ⁉」
「脅せば言うことを聞くと思っている、その根性が気に入らないんですよ!」
「何だよそりゃ。死ぬんだぞお前。今まで散々戦ってきた癖して、今更自分勝手に生きれるものかよ!」
自分勝手。
そう言われた瞬間、ユーリは撃発した。体が先に動いて、思考はどこかで油を売っていた。遮二無二胸倉を掴みに行って、体重を引っかける。整備士は一瞬押されたが、その勢いをいなすようにして後ろへ投げ飛ばした。
「グッ……⁉」
「テメェ、ぶっ殺して――」
整備士はスパナを振り上げた。錆びついた巨大な代物。正気ならそんなものを持っている相手に殴りかかろうとは思わない――
「――やめろ」それを、カッツィマはあっさり受け止めた。「今はよせ」
「姉御! いくら何でもそりゃコイツに都合がよすぎる! この馬鹿は殴って言うことを聞かせねえといけないでしょ!」
「……お前も殴って言うことを聞かせられたい口か? コイツはアタシに任せろって言ってんだよ。分かったらサッサと下がれ」
整備士は一瞬迷った結果、それに従うことを選んだ。正気なら、彼女にこれ以上反抗しようとは思わない。そして彼は正気だった。舌打ちをしてから、仕事に戻る。
「……それで」カッツィマはそれを見届けて三秒してから言った。「何であんなことした」
「僕は乗りません」
「馬鹿、そういうことを言っているんじゃない。お前、整備士ってのは力仕事なんだぜ? 力比べで勝てると思ってたのかよ、その細腕で」
「乗らないって言ってるでしょう」
「あのな、」
「乗らないって言ってるでしょッ」ユーリは叫んだ。「ああそうさ僕は自分勝手さ! 自分でも分かってますよ! でも僕は今までそうすることもできなかったんだ! 年相応の我儘なんて、言えた試しがないッ! それなのにアナタたちは僕の意志など関係ないように言う! それが嫌なんだ!」
それから彼は、踵を返して出口へ向かった。半開きのシャッターからはいつの間にか降り出した雪が吹き込んでいる。それにユーリは思わず足を止める。
「どこへ行く!」カッツィマはその背中に言った。「どこへ行っても同じだぞ。戦いは始まる。殺し合いになる。誰かが死ぬ――それでも、戦わないというのか?」
――まだ、そんなことを言う!
苛立ちが、ユーリの脳裏を支配する。奴らは少しデカいだけのシャーロットだ。根性の根本が同じなのだ。誰一人として僕を自由にはしてくれない。ただ一人で何もしていたくないだけなのに。
必要だから。
今やらなければならないから。
そんなものは、僕でなくていいというのに。
「……知るものかッ」
言い捨てて、雪の中に飛び出す。凍てつく寒さが身を刺しても、ユーリは足を止めなかった。
高評価、レビュー、お待ちしております。




