第231話 アミパシーリィ収容所
アミパシーリィ星系の第三惑星は、寒冷惑星の典型例である。恒星からの距離が遠く、熱が伝わりにくいのだ。それでいて重力と気圧は地球と同等程度にあるから、人が住むこと自体はできる。
とはいえ、寒冷惑星の多いドニェルツポリでも有数のその気温の低さから、この惑星は古くから監獄として重宝した。誰が呼んだか、「宇宙のシベリア」である。その呼び名は革命評議会政府が共産主義・社会主義を掲げていたことから冗談では済まされないところがあるのだが、事実としてここに収容されるのは凶悪犯や思想犯と決まっていた。そして、大抵は生きて帰ることはなかったのである。
「……で、」だから、その女は美女というよりは野獣であった。「新入りが来るって話、本当なのかよ」
並大抵の男より筋骨隆々と言った格好で、事実、彼女の隣にいる男と比べても、ぱっと見た限りでは、何倍もの大きさがある。いや実際には世紀末めいて常人離れした体格というわけではなく、あくまで印象の話――男の方も平均より下の体格ではあるのだし――なのだが、それでもその丸太のような腕を女のものと見抜くことのできる人間は、そうはおるまい。
「ええ、本当でさあ」対する小男の方は、まるで妖怪みたいに笑った。「刑務官の連中が話しているのを聞いたんです。どうやら、大物らしいですぜ」
「へえ、政治家か。それとも将軍様か?」
「さあ、そこまでは」
「嘘を吐くな。お前のことだ。情報を出し渋ろうってんだろう」
「まさか。そんなアコギなことはしませんぜ、あっしは」
「……嘘を吐くなと言ったつもりだったんだが、よく聞こえなかったらしいな?」
そう言うと、彼女は持っていたスコップを片手で深々と雪の中に差した。あるいは刺した。それは致命傷のように食い込んで、一メートルあるかないかの長さがある柄の半分を白いキャンバスの中に埋めていた。が、彼女はそれを片手で難なく持ち上げて、壁の方へ放った。小男の体重程度は、動いたことだろう。
「テメーは、私が何度も守ってやったのを忘れて商売しようってか。世の中ギブアンドテイクだぜ」
「ひ、ひひ、冗談ですぜ姉御……もちろん、あっしは上手いこと聞き出しましてやすよ」
「そうか。それで、一体誰だったんだ?」
「何と、あの『白い十一番』だそうで」
小男は、顔に雪玉をぶつけられた。
「ぐべあっ⁉」
剛速球を。
「テメー、嘘を吐くならもっとマシなのを吐くってことを覚えてもいい頃合いだと思うんだがな。ついでに相手も選ぶことだ。時と場合ってものもな」
「いや、本当ですって。この耳であっしは聞いたんですってば」
「じゃあどうやって死人が蘇るってんだ。奴は何年か前のテロ事件で死んだって話じゃなかったか?」
「三年前でしょう姉御。それに、くたばっていない。一応生きて確保されたとあったでしょう。うろ覚えにもほどがありますぜ」
「大体似たようなもんだろ通じたんだから――で、あのクソみたいな降伏条約の調印式でくたばりかかった馬鹿が、どうしてこのクソ監獄に来るってんだよ。プディーツァが見逃すはずねーだろ」
「それがですね、奴さんが捕まったのは、調印式の前でしたでしょう? しかも確保したのはドニェルツポリ側のSP。それで一応、まだ領土は明け渡される前だってんで、ごねたらしんで」
「ごねた? 誰が?」
「エンラスクス議員だって聞いてます――といっても、刑務官共の推測ですがね」
「へえ、あのバカ女、意外と根性あるもんだな。ナヨナヨしたもやしだと思ってたが」
「まあ何にせよ、つい最近まで軍病院で拘束されてたと聞きますが、怪我の方は治ったってんで移送になった、という次第で」
「方は、ってこた、それ以外は」
「ま、ほぼ廃人だとは聞き及んでまさあ……一時期はすぐ死のうとするんで拘束具が欠かせなかったとか」
「死刑が廃止されて久しいのが、仇って感じだな――何にしても、新入りってのはありがたい。テメーらみたいな馬鹿といつまでもいつまでも雪掻きばっかしてたら、頭がおかしくなりそうだからな」
「ひでえや」
そう言いつつ、小男も刑務作業たる雪搔きに戻る。どうせ僅かな晴れ間を縫ってやっても明日にはその倍は降るに決まっているのだが、やれというからやるしかないのだ。かつてのように「働けば自由になる場所」だった頃に比べれば、命が保証されているだけ幾分かマシ。
そして戦場に比べれば、何倍も。
薄暗い監獄の廊下をユーリは歩かされる。その手にかけられた手錠が一歩踏み出す度にガチャガチャと音を立てる。辛うじて暖房は効いているから、金属製のそれが肌に張り付いてしまうことはない。が、それは最低限のことであって、冷たいそれは擦れて痛みを彼の手首にもたらす。それに怯えて、彼はふと足を止めようとしてしまう。
「歩け」その背中に、ライフルの銃床がぶつけられる。「立ち止まるな」
ユーリは振り返って何か言いたかったが、目の前で踊った銃口に脅かされた。それが顔を撫でて彼は一瞬憤ったが、仕方なく言う通りにした。わざわざ彼らの嗜虐心を満たしてやる必要はない。
が、進めども進めども無機質で代わり映えしない内装が玉ねぎのように出迎える。それはアニメや漫画のように鉄格子が並んでいるわけではない。覗き窓のある白い扉が白い壁にしれっと立っていて、ただそれだけだった。
「…………」
ただそれだけの光景が、何かを思い出させようとする。そう言えば、学園はこういう感じの内装だった、もう少し綺麗だったが。ドアがよく似ているのだ。かつてそこは革命評議会政府らしい監視社会めいた学習環境を是としていたから、その時代に建てられた部分の内装は華美ではなく無機質寄りなのだった。
「あ」その扉の一つから彼女が出て来る。「ユーちゃん」
「……シャーロット」ユーリはこめかみを抑えた。「どうしてそんなところから出て来る。そこは化学準備室だぞ。次の教科は――」
あれ。
何だったか。
思い出せない――確か、軍事教れ
「――確か、地球語だろう。教室に戻るだけで、何で化学準備室に行くんだ」
「えへへ、この学園広いから、迷っちゃって――でも、地球語の授業だっけ、別の何かだった気が」
「おいおい、僕が君に嘘を言ったことがあるか? 僕より頭のいい人間なんてこの世にごまんといるだろうが、君に記憶力で負けたことだけはない」
「む、そこまで言わなくてもいいじゃない。それに、嘘を吐いたことはあるでしょう」
「いつ? どこで? 『フロントライン』が何回回ったとき?」
「このコロニーもう回ってないでしょうに……ほら、あのときだよあのとき」
「だから、どのとき――」
「このコロニーの残骸で銃を向けて来たとき」
びく、とユーリは震えた。見ると、シャーロットは宇宙服を着ていた。学園も崩壊していて、瓦礫の中にある「ルクセンブルク」に変わっている。不意に声を出そうとするが、出ない。ユーリは学生服のままだった。
「アナタはテロリストになったなんて、言わなかった。私は信じていたのに」
――違う。お前はそんなことを言わない。いつだって純粋で、僕の言うことを信じてくれる。
「アナタはもう、私の知る無垢なユーちゃんじゃない。望んで人殺しになったアナタなんか、どうしたって愛せないよ」
――だって、それはお前のためだったんだよ。いつだって、僕が戦ってきたのは、お前のためだったのに。
「ユーちゃん。罪に向き合うべきときが来たんだよ。アナタは自分のしたことを見つめ直して、償うべきなんだよ」
――何が罪だって言うんだよ。何が罰だよ。ずっと誰かのためにやってきたのに、そういうことを言うのかよ。
「僕は――」
ユーリがそう呟いたとき、彼は床に引き倒されていた。腕にちくりという感触、意識が
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