第23話 盗聴
「――兵站拠点の確保、だろうな」
というオリガの言葉にリチャードは頷いた。
「でしょうね。大方、工作艦と浮きドックを停泊させておくのにラグランジュポイントが必要だった……ということでしょう」
「そのために第二大隊には施設破壊用の爆装をさせて、アタシらがドンパチやってる隙に外壁と内壁両方を吹き飛ばした――わざわざそのために計算して、か」
「ええ。元は革命評議会政府時代の古いコロニーですから設計図自体は入手が容易でしょうし、そこにある隙を突けばやってできないことはないでしょう」
つまりは、次のようになる。
主要航路からは艦隊主力が前進し、これが前線への補給路になる。これは誰でも考えつくことだが、補給線としてはそれだけでは不足だ。実際には戦闘で艦艇は損傷するし負傷者だって出る。敵艦を拿捕すれば捕虜だって出て来るだろう。特に前者は、可能な限り前線の近くで復旧し前線に送り返す必要がある。それを後方に送り返すラインが必要になり、そのために別途拠点が必要になる……というわけだ。
そのための条件としては他の天体の重力圏の中にないことが重要だ。そうでなければ定位置を維持するためだけに推進剤を消耗することになる。小柄な人工衛星などと違って質量の大きな艦や施設でそれを行うのは好ましくない。よって重力圏が釣り合っているラグランジュポイントが設営に最も適しているのだ。
兵站というのは、必ずしもモノを前線に送るだけではない、送った分だけ後ろに返すことも必要になるのである。
そして、コロニーの破壊を必要としたのはそれだけではない。
「それに、全部消し飛ばしてしまえば住民の食料その他の心配をする必要もない。仮に自軍への供給であっぷあっぷの状態で暴動を起こされちゃたまりませんから」
「……ナガタ、その言い方は、」
「分かってますよ。あくまで倫理は二の次として純軍事的に考えたなら、ということです」
そう言いながら、リチャードはオリガの手からスキットルを受け取ると、主義に反してまた一口安酒を飲んだ。
「飲みすぎだぞ」
「毒を食らわば皿までです。アナタだってそうでしょう」
そう言いながらリチャードが揺らすスキットルの音は低い。もう残りは半分を切っているだろう。二人で回し飲みしているにせよ、いつにないハイペース――そしてこの場合酒の減るペースというのは心からどれだけの血が流れ出たのかというバロメーターだ、お互いの。
「まあ、」だからオリガは力なく首肯する以外に仕様がなかった。「そりゃ、な……今更軍を辞めるわけにも艦を降りるわけにもいかねえし、シャバでの生き方なんざ忘れちまったし」
「でしょう? ……そもそも戦争犯罪だったとして、それを一体誰に言えばいいんです? どこからの命令だとしても艦長はまずグルでしょう、でなきゃ装備が用意できたことの説明がつかない」
「マスコミも当てにならないしな――国外なら取り上げてくれるかもしれないが、連絡を取ろうものならスパイ容疑でさようなら、だ。秘密警察に拷問されるなんざごめんだね」
「結局、目の前の戦闘を何とか生き残る以外に方法はない、というわけです……はあ」
ため息を吐きながら、リチャードはスキットルをグイっと傾けてしまった。そういえば持たせたままだったとオリガは咄嗟に取り返したが、時すでに遅し。何度振っても少したりとも水音は聞こえて来なかった。
「あ、テメー……」
「――私は、愛国者です」
が、リチャードは椅子の背もたれ一杯にもたれかかってそう言うことで彼女の言葉を封じた。
「どんな糞田舎の辺境惑星に生まれても、才能さえあれば軍隊に入って地元じゃ考えられない給料をもらうことができる。この環境はどの国にでもあるわけではないと思います。だから私はこの国に感謝していて、どのような困難な任務であろうと軍人として戦線に赴くこともやぶさかではないですし当然の義務だと思っています。ですが――」
彼はチラリ、とオリガの肩越しにモニターを見る。すると相変わらずの真っ暗闇が不吉に彼を覗いている。その相貌は人間の中にある根源的な恐怖を刺激するようでもあった。連想することすら恐ろしい何か。それがこちらを真っ直ぐに見つめている。
「『ですが、』」しかし、その視線の間にオリガが割り込んだ。「……何だよ。急に黙るなよ」
「いえ……」だからようやく、リチャードはその戒めから解かれた。「何でもありません。ただの愚痴ですよ。口にするもの野暮な、ね」
そうして、そろそろ寝ます、と言って立ち上がる。ぎし、と椅子が軋む――と同時に、彼は士官室のドアの方を急に向いた。
「……?」
――今、何か音がしなかったか、ドアの向こうから?
それはマズい。冷や汗が頬を伝うのを感じながら、彼は来たときの逆回しのような速さと乱暴さでドアに飛びつき、それを開けた。
しかし、彼が外に飛び出したとき――彼の足音だけが廊下の赤色灯の下に響いた。左右両方を見渡しても誰も見えず、咄嗟に廊下の角に飛び込むような影も見えなかった。
「どうだ? 誰かいたか?」
と後ろからオリガがひそひそ声で聞いた。
「いえ……気のせいだと思いますが……」
「しかし万が一憲兵や保安要員に聞かれてたらマズいぜ」
「もしそうだったら彼らは堂々と私たちを逮捕するだけのことでしょう。隠れる必要はありません」
「なら、いいが……とにかくそろそろズラかるか。何だか嫌な感じだし」
そう言って、オリガは一足先に士官室を出た。そして酔いが回ったようにふらふらと廊下を浮きながら先へと進んでいく。それを迂闊だと普段のリチャードなら考えるのだろうが、今日の彼は彼自身が思っているよりもアルコールが回っていた。
だから見逃した。
(あ……れは)
彼の帰る方角とは反対側にあるパイプの後ろに隠れたエーリッヒを。
(ニキーチナ中尉とナガタ中尉? 彼らが話していたのか?)
彼はリチャードが夜中に起きて部屋を出たのに気づいていたのだ。それで変な起き方をしたせいで寝れず、何となくトイレに行った後士官室にふらふらと来たのだが、扉に手をかけたとき中から話し声が聞こえたのでつい、聞き入ってしまったのだ。
とはいえ、全てを聞き取れたわけではなかった。
(確か……第二大隊がどうとか、言っていたな……あと、コロニーがどうとか……)
彼に聞こえたのは分厚いハッチからくぐもって聞こえる程度のものであって、全容ではない。そもそも聞こえたのも途中からなのだ。普通なら、何かの世間話をしているのだろうと断じて静かにその場を離れるか、もっと無遠慮な人間なら扉を開けてしまうことだろう。どちらにしても普通の人物なら、盗み聞いたことは忘れてしまう。
(何故、二人は別の大隊のことを調べていた? コロニーって、さっきの任務のことか? 破壊って、まさか……⁉)
しかし、彼は疑問を持つタイプの人間だった。記憶力もいい。
だから、それらしい結論にまで彼は辿り着いてしまった。断片的な情報でも充分すぎたのだ。
何しろ、自分自身もその崩壊を目にしていたのだから、尚更。
(仮に、そうだとするなら――)
一方で、彼は直情に過ぎた。若いとはそういうことだった。
(確認してみるしかない。少佐なら、何か知っているはずだ……)
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