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ミーンワイル・イン・フロントライン  作者: 戸塚 両一点
第八章 アナザーワン・バイツァダスト
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第229話 青春の終わり

 全身の痛みに喘ぎながら、ユーリはゆっくりと立ち上がる。ロケットモーターで減速されていたとはいえ、かなりの高速でデブリに叩きつけられたはずなのだが、奇跡的に酸素漏れはない。が、立とうとしたときに左腕に激痛。見ると、あらぬ方向に曲がっている。骨折したらしい。


(まだだ、)ユーリは、それでも立ち上がる。(まだ終わっていない。巻き添えが怖くてエンハンサー隊はもうこちらを撃つわけにはいかない。そして拳銃はある。弾がある限り、僕に勝ち目は残されている)


 右腰から拳銃を抜き、シャトルの外に避難しだした人影を見る。そのほぼ全員が負傷しているようで、しかも動きの遅さからすれば、議員本人たちだと思えた。だが、まだ拳銃で狙える距離ではない、それは宇宙空間では本来無限ではあるのだが、照準器と彼のコンディションの方がそれに対応していないのだ。


 息切れを起こしながら、ユーリは、にじり寄る。それに彼らも気づいたようだった。そしてそれがテロリストだと分かると、悲鳴を上げながら慌てて反対側に逃げようとする、が遮るもののないデブリの上では、一体どこに隠れるというのか? ……ユーリはサディスティックな笑みを浮かべながら、接近を続けた。すると慌てすぎたのか、一人が転んだのが見えた。それが、最初の獲物になるようだった。


 否、はずだった。


「……!」彼女は、そう彼を呼んだ。「ユーちゃん?」


 ユーリは、思わず足を止めた。無線が聞こえたはずはない。周波数が偶然に合ったとでもいうのか? そういえば、先ほども悲鳴が聞こえていた――お互い、国際救難チャンネルになっているとでもいうのか? ……いや、そんなことは重要ではない。


 重要なのは、その名で彼を呼ぶのは一人しかいないということ。


 シャーロット・エンラスクス。


 バイザーの向こうの顔も、彼女であることを示していた。


「何……で」


「それは、こっちのセリフ、だよ、ユーちゃん……何、しているの」


 震えた声で、彼女は言う。が、それが単に恐れからそうなっているわけでないのは、彼女が立ち上がったことから分かる。かつての彼女ではない。彼にはその姿が随分大きく見えた。


「何って……」


「テロでしょう? 非合法に武器を使って、私たちを殺そうとした。それ以上でもそれ以外でもない。違う?」


「違う、仮に非合法であったとしても、これは正当な戦いだ。国を売り渡せば、アイツらは更に調子に乗ることになる! だから、そんな決定を下す腐った政治家は、粛清されなければならない!」


「粛清? 何の権利があってそんなことができるというの?」


「僕には権利があるッ! 命を懸け、戦ってきた! 国のために、世界のために銃を握ってきたんだ! それを仇で返された、だから……!」


「だから、どうしたというの⁉ そう言って政治家を殺して、その次は? ……そんなやり方じゃ、誰からも支持を得られない。押さえつけることしかできないんだわ。それは、プディーツァと同じやりようでしょう⁉」


 ユーリは、思わず目を見開いた。


「プディーツァと、同じ?」


「銃で脅して人を従わせて、その先に何があるの。アナタたちが復讐を望むとするなら、それは戦争でしょう。また新たな血を流そうというのでしょう。でもそれは、許されないことだわ。そうするわけにはいかないから、私はこうして政治という戦場にいる」


「ッ、だからどうした、そんなことを誰が頼んだ! そんな身勝手な思いなど!」


「国民が私を選んだ。国会議員とは、そういうものでしょう?」


「そんなあやふやなものなど……!」


「なら、」シャーロットは、言った。「アナタに誰が戦えと言ったのよ⁉」


「ッ⁉」


「前の戦争のときは、仕方なかったかもしれない。戦う以外、生き残る道はなかったし、戦ってもらうしかなかった。でも、今はどう? アナタはアナタ自身の意志でそこにいるんじゃないの? でも、それはアナタが流血を望んだということ。そんなの、ユーちゃんじゃない!」


 僕じゃ、ない。


 シャーロットは、僕を否定するのか? だって仕方なかったんだ。皆が僕を虐めて、楽しんでいる。誰も僕を顧みちゃくれなかったじゃないか。誰も守っちゃくれなかったじゃないか。それを否定するのか? それは?


「私は、」シャーロットは、瞳から涙を流していた。「ユーちゃんがいれば、それでよかったんだよ? どんな酷いことを言われても、どれほど冷たくされても、受け入れられた。それなのにアナタは変わってしまった。ねえ、ユーちゃんを返してよ。あのときのユーちゃんを――」


「――ふざけるな」ユーリは、拳銃を向けた。「僕を戦いに駆り立てたのは、お前だろうが!」


「ユーちゃん……?」


「僕だって、お前がいなかったら戦おうなんて考えなかった。コロニーが崩れて、脅されて、他に選択肢がなかったんだ! 僕は、お前を守ってやったんだ! 戦争という悪夢から、戦わなければならないという義務から、解放してやったんだ! そのせいなんだよ、全ては。そのせいで戦争は、僕の心の中でずっと残っている。その種を蒔いたのはお前だ――そのお前が、僕の人生を否定するのか?」


 そんなこと、許されるはずがないだろう――!


 ユーリは、引き金を引き絞る。怯えたシャーロットが叫ぶ。だが、もう何もかも終わりだ。彼女を殺して、僕も死ぬ。それだけがこの狂った世界を終わらせる方法に思えた。そして、銃弾を、撃針が、叩く――


 バン!


 その振動を、シャーロットは聞いた。


「⁉」


 が、宙に浮いたのは、彼女ではなかった。反対に、ユーリが、後ろに引きずられるようにして、そうなった。撃たれたのは、彼だった。


「な、何……」


 思わず振り返ると、そこにいたのは、わき腹を抑えたSPだった。自力で脱出してきたらしい。彼は二発、三発とユーリに銃弾を放った。その度に、彼の肉体は震え、不規則な回転運動に巻き込まれた。


「! やめて!」その銃口に、シャーロットは覆いかぶさった。「もう充分でしょう。これ以上、彼を傷つけないで。お願いだから――」


「しかし、議員! 彼はテロリストです。アナタを殺そうとしたのですよ⁉ 確実にとどめを――」


「彼は、もう意識がありません。死んでいたっておかしくない。彼を拘束なさい。これ以上撃たないで!」


「議員!」


「全容の解明のため、証人が必要になるはず。今ならまだ間に合う。早く手当をなさい。これは命令です」


 シャーロットは、涙を堪えて、毅然とした態度で言った。それに対して、SPは抗えなかった。拳銃で警戒しながら、手持ちの手錠でユーリの手足を拘束する。


 ……それとほぼ同時刻、「オオシオ」は「ネイバーフッド」に捕捉されていた。お互いエンハンサー隊を持たない戦闘となったが、乗員の練度と補給状況が明暗を分けた。対艦ミサイルの直撃が「オオシオ」を襲い、艦体が真っ二つに割れる。脱出した搭乗員は残らず銃撃され殺害された。生存者なし。

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