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ミーンワイル・イン・フロントライン  作者: 戸塚 両一点
第八章 アナザーワン・バイツァダスト
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第222話 散る命を見捨てよ

「!」


 気づくと同時に、敵機は稜線の向こうから顔を出した。咄嗟にエーリッヒはライフルを向け射撃する。が、通常のビームライフルで抜けない装甲が短砲身型で抜けるはずがない。一瞬敵機はよろめいたがすぐに立て直し、上から制圧射撃をしてきた。


「行け、ホーマー!」


 それと同時に、もう一機が襲い掛かってくる――よく訓練された連携だ。一機が足止め、一機が接近戦を仕掛ける。自機より足の速い機体に仕掛ける常套戦法だ。


「ということは、やはり貴様らは気づいていたな! こちらが『ロジーナⅤ』だと!」


 受けづらい下段からの突きを、エーリッヒはサーベルを回すようにして捌く。敵機はそのまま背後に回るが、それに対応している暇はない。すぐさまもう一機がビームサーベルを抜いて突進してくるからだ。


「もらった!」


 イーノックはかわされても着地できる最高速度で襲い掛かった。ホーマーが攻撃した間に距離を詰めていた彼の機体は、既に敵機をその間合いに取り込んでいた。すると彼の刃はエーリッヒを捉え――ない。ギリギリでエーリッヒは加速していた。前に――誰もいない方向に。


 前に。


 敵艦のある方向に。


「マズい!」


 ホーマーはイーノックが邪魔になって撃てない。エーリッヒはそれを予測してそう動いたのだ。とはいえ、第五世代を追いかける愚をイーノックは犯さない。かわされたと感じた時点でライフルに切り替えていた――射撃。それをエーリッヒはサイドキックでかわす。その隙に二機とも艦との間に割り込んだ。


「決めきれないかッ」


 エーリッヒは焦燥感を覚えていた。通常であれば、第四世代など何機束になってかかってこようが機動力と運動性の差で一方的に撃墜できる。だが、小惑星表面での遭遇戦という特殊状況がそれを許さなかった。下手に飛び上がれば格好の的となるし、フリーになった敵は喜んで母艦の守りに入るだろう。動き回っているよりしっかりと地に足をつけている方が当然ながら命中精度は高くなるのだ。


「落とせないッ⁉」


 が、焦っていたのはイーノックたちも同じだった。何しろ、第四世代機とはいえ、二機がかりで交戦しているのである。しかも即席の連携ではなく、それ相応に訓練していた戦法であった。それなのに、目の前の敵機は一進一退の攻防を繰り広げているし、射撃も正確。相当な手練れである――


「――だがッ」


 時間は彼らの味方である。それが証明されたのは、エーリッヒが予想外の方向から来たビームを回避したときだった。


「援軍かッ⁉」


 射撃で砂塵が舞い視認できない。その隙を突いてイーノックがまたも仕掛ける。砂のカーテンを突っ切って大上段から斬りかかったのだ。エーリッヒは左手にサーベルを抜かせ、それを受けてから、側面に回り込もうとするもう一機にイーノック機を投げつけるようにして攻撃を封じた。


 その瞬間に襲い掛かるもう一撃を、バックステップで回避する――ことで、ようやく敵の増援の正体が掴めた。


「ユーリッ」イーノックは叫ぶ。「やっちまえッ」


 ユーリは叫ばない。ただ照準器に敵機を捉え、引き金を引く。「モシンナガン」はそれに応え、必殺の荷電粒子を解き放つ――瞬間、エーリッヒは動きを変えた。鋭く、狙いにくい外へ斬り込むように接近したのだ。一瞬のキレに照準は翻弄された。そうして辛うじて射撃を避けると、サーベルを抜きつつビームライフルを連射した。


「チィッ」


 ユーリは自分が賭けに負けたような気になった。この男――「サボテン野郎」を相手するならば、意識していない間にできる限り距離を詰め、着弾までの時間を短くしなければならない。そのために割り込んだタイミングはまさに最高だったというのに、それでも決めきれず、反対に追い詰められつつあるのだった。


 それ故ユーリが選んだのは、しかし、接近策だった。射撃を回避しつつ、ぐんと機体を突進させ――交差する、


 だけ。


「かわした⁉」


 エーリッヒはそう言いつつも理解はしていた。それはこの状況では最適解と言えたからだ。相対速度を上げ適切なタイミングでの反応を難しくさせてから、切っ先の届くギリギリで身をよじる。下手に反転するよりはよっぽどいい返し方だ、難易度を考えなければ。


 だが、彼が計算していたのはその程度のことではない。むしろその先。その返しをした上で敵機がどう動くかということだった。


 手足の遅い第四世代機ならばそのまま離脱し一度距離を取るだろう。


 しかし、動きの速い第五世代機ならば?


 アクチュエーターを持たない第五世代機ならば――離脱前に一撃を入れることが可能なのではないか? 敵はそれを試すのではないか?


 エーリッヒはスラスターを全力で吹かしつつ、くるりと後ろを向いた。背面のヴィジュアル・センサーは、敵機の()()を捉えている。それだけで判断するには充分だった。全力でのサイドキック――恐らく間に合わない、と知りながらもそうするしかない。正面を向けたところでスナイパーライフル相手では「ロジーナⅤ」の装甲は役に立たないのだから。


「これで終わりだ――」ユーリは、スコープ一杯に敵機を捉えて、引き金を引――「⁉」


 レーダースパイク。ロックオン警報が鳴り響くと同時に、ユーリは回避機動に移っていた。悪足搔き的に引き金は引いたが、掠めたかどうかすら怪しい。駆け抜けるような忌々しさを感じながら、見上げる――その先には、二機の敵がいる。


「ジッツォ――」エーリッヒには、それが誰か分かった。「アーサーもか!」


「大佐は下がってくだせぇ! 俺たちで引き付けるッ」


 ぎゅうぅっと降下して、射撃されると同時に左右に分かれて引き起こす。瞬間挟みこまれたことに気づいた編隊は即座に二機と一機に散開し、十字砲火から逃れた。


「分散したならば!」


 エーリッヒはその間に立て直し、第四世代機二機の方に襲い掛かった。ライフルを速射し、高速で迫る。すぐに敵は気づいて一機が接近。もう一機が側面援護に入る。


「そのフォーメーションは」が、それが彼の狙いだった。「さっきも見たぞォッ!」


 エーリッヒは瞬間、動きを変えた。接近をやめたのだ――否、その矛先を変えた。第五世代機の運動性が為せる業。それに敵機は翻弄された。その一瞬の隙が、エンハンサー戦では命取りとなる。敵機はそれでもサーベルに持ち替えたが、時既に遅し。胴体を切り裂かれ、四散した。


「イーノックさんッ」


 ユーリは離脱しようとする「ロジーナⅤ」に照準を合わせたが、その瞬間にその僚機から攻撃を受けた。正面装甲に被弾。バックステップとサイドキックで何とか射界から逃れるが、背後にもう一機が迫った。


「ユーリッ」


 オブリガが、そのとき間に合った。背後の敵機に射撃が加えられ、それを恐れた敵機は攻撃を諦めて一度離脱する。その隙に、ユーリは「ロジーナⅤ」へ一撃を放った。まさにホーマー機に襲い掛かるところだったエーリッヒは、強烈な逆噴射で気絶しかかった。が、何とか回避し、一度下がった。


「状況は」


 オブリガはそれに対して射撃しつつ、データリンクだけに頼らず口頭でも情報を求めた。


「イーノックが撃墜された。敵は三機。内一機が例の第五世代」


「同数だと?」不自然だった。「もう一機いるはずだろう。通常は」


 ――そうだ、通常は四機編隊のはず。もう一機がどこかにいる――。


 ユーリは自分に対して、その瞬間までその発想がなかったことに苛立った。どこかへ姿を隠しているとしたら、自分と同じスナイパーに違いないのだ。しかし、その彼はまだこちらへ手を出していない――他にもっと重要な目的があるということである。


(この場でもっと大切なこと――まさか)


「ユーリ!」果たして、オブリガも同じ結論に至った。「今すぐ離脱し、『オオシオ』を守れ!」


「⁉」だが、それは受け入れられない。「しかし⁉」


 何故なら、今ここで離脱すれば、オブリガたちは数的不利になるだけでなく第五世代機を失うことになるからだ――それは、彼らを見殺しにすることになる。


 それはできない。


 短い間だったが、サンテを生かして帰すことができなかった彼を責めなかった。それどころか必要としてくれた。必要ないと切り捨ててきた連中とは違うのだ。失ってはならないのだ。


「コイツらを排除してからでは間に合わない!」だが、オブリガは冷酷ですらあった。「今は母艦だけでも守らなければいけない!」


「!」


「ユーリ、」今度はホーマーが言った。「迷っている時間はない。俺たちも長くは持たないかもしれないんだぞ!」


 彼はエーリッヒと鍔迫り合いになった。咄嗟に腹部を蹴って距離を空けたが、その足を横合いからビームライフルで撃ち抜かれた。弾けた粒子でエンジンの回転数が落ちる。損傷したのだ。


「行けェッ! 早くッ!」


 その通信にはアラートが聞こえた。それはユーリの心にも同じ拍動をもたらした。時間がない。それなのにこれほど残酷な選択をしなければならない。それが耐えられなかった。が、世界は待ってはくれない。


 ユーリは、選んだ。

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