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ミーンワイル・イン・フロントライン  作者: 戸塚 両一点
第八章 アナザーワン・バイツァダスト
221/312

第221話 基地との遭遇

 長距離挺身艦からの発進は、実に静かなものだ。

 というのも、それは発進と言うより分離に近い。カタパルトも補助推進ロケットも使われないからだ。ステルス性を生かして限界まで接近した後、格納庫の扉(それは『ロジーナⅤ』の腕部ウェポンベイに似た構造を持つ)を開いて、ただ機体を切り離す。艦載機はそれから緩やかに加速をかけてから目的地付近では慣性航行に移行して接近。対する母艦はすぐさま逆噴射をかけつつ反転。捕捉範囲外に離脱するのである。その間、通信は有線でのみ行われ、それも最小限度に抑えられている。潜水艦ではないのだから声量を抑えることに意味はないのだが、そうすると人間の心理に作用して結果的に隠密性が上がるというデータがあった。

 だがエーリッヒにとってその方式は、精神的な余裕を生み出すことに繋がった。静かになりたかった。誰にも邪魔されず一人でエンハンサーのコックピットにいる方が、世界中のどこにいるより落ち着いた。

 そう。

 彼は一人だった――一人で先発し、敵の動きを探る役目を自ら買って出たのだ。

『どちらにせよ、第五世代機は第四世代機より速い』疑問を浮かべる隊員たちに、エーリッヒはこう言った。『隊列は自然とそうなってしまうし――敵に見つかっても離脱は容易だ。それに、相手は補給デポだ。探知装置の類は、増設されていないようだ』

『では大佐殿。』ジッツォが言った。『フォーメーションは』

『私が前衛。アーサー、ジッツォ両名が支援。タカスギ中佐には我々が敵を引きつける間に敵の母艦を叩いていただきたい』

『私に?』カリーロの表情をいやらしいものに感じてしまうのは、自分が信じていないからか、とエーリッヒは感じた。『そのような大役、よろしいので?』

『長距離挺身艦はビームライフルでも落ちますが、あの大砲はそういう任務のために作られたと聞いています』

『それはその通りだ。やってみせましょう――』

 本当のところは、誰も信用できなくなっていたからだ。カリーロを援護に回さなかったのもそうだ。あの大砲で後ろから撃たれれば一溜まりもない。

 そしてミクーラ――言うまでもなく、彼女は何かを知りながら隠している。その隠し事が前の戦争のことだけなのかどうかについて、何ら保証はない。その彼女が彼らに指示を下しているということは、忘れてはならない。

(第一、今僕たちはどこにいる? ド民共の領内なのか? それとも――ドニェルツポリ領内なのか? だとしたらブラックオプスだ。領域侵犯だ。国際法違反だぞ)

 そしてアーサーとジッツォもだ。これぐらいのことは彼らにだって分かっているはず。それなのに作戦説明で何ら質問をしなかった(これはエーリッヒも同じだが何を聞いても答えてくれないだろうという諦めからだった)。確かに教え子ではある。だがエーリッヒの手を離れて何年も経っている。その任務の中で擦り切れてしまったとしたら、彼らとて、もしかすれば――

(――いけない、疑心暗鬼に陥っている)

 エーリッヒは頭を横に振る。気が狂いそうだった。プディーツァ軍という伏魔殿の縮図たるあの艦に乗っていて、彼は疲弊していた。今まではただ醜さを見ていればよかったものが、今やそれと対面させられていた。嘘と偽りが埋め尽くしていて、そこでは友情も信頼も機能しない。誰が嘘を言っているのか、真実はどこにあるのか、全ては暗夜航路の先にあって見通せない。

 だから、エーリッヒは任務に集中することにした。アジトは既に目前にあり、着陸態勢を取る必要があった。機体の向きを転回させ、足を小惑星風人工物体に向ける。それから静かに減速噴射を開始――微かな衝撃と共に、それを止める。

「…………」

 そのまましゃがみ込んだ姿勢で、辺りを見回す。もちろんレーダーではなくヴィジュアル・センサーで。敵に察知されていれば、動きがあるはずだった。しかし静かそのもの――尤も、宇宙空間では音は伝わらないのだが。

(とはいえ、着地の振動は伝わったはず。急がなくては)

 エーリッヒはアジトの表面を滑らせるように機体を促して前進した。母艦は見当たらない。とすればアジトの裏側の方にいるに違いなかった。事前に伝えた作戦は無視だ。単機で襲撃をかけ、後続と共に帰投する。たった一人でやってみせる。

 否、そうするしかない。

 誰も信用できない以上は。

(あとは、この尾根さえ越えれば――)

 抵抗もないまま、エーリッヒは平たいクッキーのような形をしたアジトの縁に辿り着いていた。そこは稜線のようになっており、機体の上半身だけ出して敵を視認することが可能だった。戦車のハルダウンと同じ寸法である。

 とはいえ、彼は用心していた。ライフルは腰だめに構えておいて、じっくりと砂埃を上げないように、スラスターではなく足を使ってゆっくり伸び上がろうとした。

「……?」

 が、エーリッヒはそのとき機体の左手の感触が変なことに気がついた。伸び上がるために接触させていたそれが、妙に滑るのである。エーリッヒは覗くのを中止して、そちらの方を見やった。機体のマニピュレーターは問題ない。だとすると、接触地点に何かがある――砂を被っていてよく見えないが、何かツルツルしたものに違いなかった。

 エーリッヒは若干砂の被ったそれを静かに払いのける。それとない恐ろしさがある。この形状は見覚えがある。だとすればそれは――

 ヴィジュアル・センサー。

 「ロジーナⅢ」のそれ。

 改造していたのだ――とっくのとうに、エーリッヒは探知されていたということ!



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