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ミーンワイル・イン・フロントライン  作者: 戸塚 両一点
第八章 アナザーワン・バイツァダスト
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第215話 追撃、エーリッヒ

 大佐、と呼ぶ声が聞こえた気がして、エーリッヒは目を開けた。


「う……」


「大佐、ご無事ですか。痛むところは」


 すると、心配そうに先ほどの曹長が彼の顔を覗き込んでいた。無精髭がバイザー越し至近距離に見えて、気味が悪かったが、返事はしなければならなかった。


「ン、いや……どこも、」


 と、そこまで言って胸部と頭部に疼痛――それが走るところを見やると、胸部プロテクターのその辺りに弾痕があった。恐らく、ヘルメットにも同じものがあるに違いない。実際、触ると痛みが走った辺りに凹みがあった。


 偶然、弾が一番分厚いところに当たってくれたようだった――というより、素人の照準であったから難を逃れた、というところだろう。


 素人。


 そう、相手は――「白い十一番」。


 だとすれば、こうしてはいられない。あのパイロットに第五世代機が渡ったとなれば、どうなるか分かったものではない。エーリッヒは身を起こして、曹長に尋ねた。


「……どれぐらい経った? 私が気絶してから……」


「連中が逃げてからなら、既に三分ぐらいでしょうか。大佐を見つけてからなら、三十秒ぐらいですが」


「三分⁉」思わずエーリッヒは声を荒らげた。「……こうしてはいられない。機体はあるか、すぐに出る」


「待ってください、大佐! スクランブルで出た機体は、全て撃墜されたのですよ? かなりの腕だ」


「そんなことは百も承知だ」エーリッヒはそう言いながら、目の前の五番駐機場に立っている機体を見つめた。「しかし第五世代機ならこちらにもある、汎用艇のオマケがあるのなら、追いつける!」


「しかし……大佐!」


 制止する声を振り切って、エーリッヒは機体に走る。一応、システムの自己診断。何もされていないことを確認する。それからエンジンをスタートし、コックピットを格納する。


「ッ、後悔しますよ」


 曹長がそう言い残したことが気がかりだったが、それと対照的に機体は良好に稼働しているようだった。アレだけの戦闘があって流れ弾一つ浴びていないとは!


「航宙管制、エーリッヒ・メインは『ロジーナⅤ』で出る。コールサインは『カクタス1』。復唱は不要。出撃する」


 そう言い切るや否や、無線を切った。どうせ色々うるさいことを言って足手纏いになるに違いないのだ。それからエーリッヒは近くの機体の残骸にデータリンク経由でアクセスすると、ライフルの固定を解除。それをもぎ取って機体に取りつけた。機体サイズがほとんど同じ「ロジーナ」シリーズだから為せる業だ。


 武器は揃った。エーリッヒはここでデータリンクを確認。見るのは基地のレーダー情報。一部破損しているそれは不完全ながら、敵の位置と方向をプロットしてくれてはいた。もちろん一度移動する方向を見せて、レーダーの外に出たタイミングで方向転換するという欺瞞という線もなくはないが――敵地での奇襲であることを考えれば、すぐさま母艦と合流して離脱したいというのが本音だろう。故にその可能性は低い。


(だとしたら、真っ直ぐ追いかけるだけでいい。)エーリッヒは、スロットルを一気に開いた!(第五世代機ならば追いつける!)


 瞬間、彼は機体のシートに押し付けられた。カタパルトを使っているかのような加速。しかしここは滑走路で、そういう加速装備は何もない。加速用ロケットすらないのだ。そして時間の定まっているそれらとは違って持続する。


 そう、持続するのだ。


 第五世代機は、それこそが恐ろしい特徴なのである――航空戦闘と違い、航宙戦闘においては、全ての機体が時間をかければ同じ速度、即ち亜光速に達することができる(ほとんどの場合、達することはないが)。つまり最高速度という概念はほとんどなく、加速力こそが実質的なそれとなるのである。


 そして、徹底的に軽量化された『ロジーナⅤ』は、加速力を指示する推力重量比において、この時代の最先端を行っていると言っても過言ではない。分厚い皮膚より速い足、と言ったクリメントの言葉は、強ち間違いとは言えないのだ。


(だからこそ、テロリストの手に渡すわけにはいかない……! まして、『白い十一番』の手になど……!)


 しかし、決意とは裏腹に、その強烈な加速に耐えるエーリッヒの視界は、ほとんどブラックアウトしかかっていた。ブランク、衰えである。技術課からすら離れて久しいのだ。いきなり最新鋭の第五世代機に乗せられて、何も起きないはずはない。何しろ彼は負傷もしていた。頭部のズキズキとした痛み。脳裏に光のようなものが感じられる。それが星々なのか、それとも幻覚なのか、今の彼には判然としない……。


 いや、幻覚などではない!


「!」


 エーリッヒが操縦桿を引いたのは、まさにそのときだった。それと同時に荷電粒子の閃光が彼の近くを通り抜ける。回避した先に第二射。これも辛うじてサイドキックでかわすと、ようやく痛みが引いてきた。アドレナリンが出て来たのだ。


(慣れない機体と慣れないライフルでよくもこうまで狙ってみせる! やはり彼なのか⁉)エーリッヒは二重の意味で戦慄していた。(……それなのに僕は回避が遅れた? クソ、あのデブの相手などしているからだ!)


 ぐん、と機体を更に加速させる。戦闘出力のさらに上、緊急出力へエンジンを導く。やはり視界は狭まるが、それでも敵機の弾は至近距離を維持して着弾する。


(初弾で外した⁉)しかし、驚愕していたのはユーリとて同じだった。(――また外す! 何故当たらない⁉ ブランクか⁉ ……いや、しかしコイツの動きは⁉)


 見たことがある――気がする。サイドキックを多用するあの回避機動。最小限の動きで回避してみせる憎たらしさ。まるで――いや。


 そんなバカなことがあるはずがない。プディーツァ軍全員が奴であるわけがないのだから、それらはただの偶然に過ぎないはずだ。ユーリは首を横に振り、自分の推測を幻想だと決めつける。


『ユーリ!』機長の叫びでそれどころでなくなった、というのもある。『母艦まであと少しだ。それまでに決着をつけないと捕捉される!』


「分かっている! でも⁉」


『分かっているなら、何とかしろ! 撃破しなかったお前の落ち度だろ!』


 ――しなかったんじゃあない、できなかったんだ。誰にだってできるものか!


 そう苛立ちながらも、逃げつつ射線を確保する。一発、二発――しかし、それをやはりサイドキックとバレルロールで敵はかわす。最小限の減速で済む効率的な動きだ。多用しているのに捕らえられないのは、それらを複合的かつ変則的に使っているから。こちらの考えの一歩先を進んでいるような動き。こちらを知っているのだ、でなくても、スナイパーの考えを。


(……こんなことができる奴がそう何人もいてたまるか!)ユーリは、考えを改めざるを得なかった。(奴は『サボテン野郎』だ! 間違いなく!)


 だが、だとすれば手はあった。ユーリは、射撃を続けた。しかし同航戦であり距離が詰まりにくいとはいえ、汎用艇というお荷物があるこちらと違ってあちらは単機。その程度のハンデでは引き離せないどころかむしろ狙うために足が止まる分だけ詰まっていく。


『ユーリ!』


「黙っていろ、今やっている!」


 機長の悲鳴にユーリはそう叫び返しながら、()()を使った。


「何……?」


 連射スピードが上がったことに、エーリッヒはすぐに気がついた。狙いの精度が落ち、回避は容易くなる。一瞬、妨害のためにそうしているのかと思ったが、それでは早晩ライフルの砲身が持たず接近戦に持ち込まれるのがオチだろう。逆効果になる。「白い十一番」らしくない。


(初めての機体で上ずったか? しかしそのようなパイロットではないはずだが?)


 エーリッヒは回避を続ける。既にレーダー上では捉えつつある。ビームライフルの射程に入れば、こちらもようやく敵の動きを制限する手段を得る。空白期間ありといえども、対等の機体ならば負ける気はしなかった。


 そうして、また射撃をサイドキックでかわした、その瞬間――ブラックアウト。


「⁉」


 ではない、というのは、すぐ分かった。意識ははっきりしていたし、モニターはついていて、慣れて来たのか、その端っこにある機体のダメージコントロール表示もしっかり見える。の、だが、星々をはじめとしたあるべき光景が消え去ってしまっていた。ブラックアウトしたのは、モニターの方だった――恐らくは、その先にあるヴィジュアル・センサーが、故障したのだろう。


 だが何故?


 被弾もなしに?


 突然に? ……あり得ない。そんな手品は、


(それどころではない――!)


 エーリッヒは、勘で機体を旋回させた。瞬間、じゅう、という音が聞こえる。粒子片が装甲を叩いた音だろう。至近弾――それも今までとは段違いに精度を上げた一発。必殺の一撃。


「避けたのか⁉」


 だからこそ、ユーリは驚いていた。今の策は決まった時点で勝敗を分けるはずだったものだからだ。すかさず逃げる背中に第二射を放つが――回避。


「やはり背面のヴィジュアル・センサーは生きている!」エーリッヒにかわすことができたのは、そういうわけだった。「……しかし!」


 しかし、結局それでは敵に背を向けることになる。今のやり取りでかなり距離を離されてしまった。当然範囲の狭い背面のそれでは敵を捉えることはできないし、残った慣性と逆噴射で追いつこうにも真っ直ぐ逃げることができる敵より効率は悪くなる。そしてその状態で敵から射撃を受ければ――かわすのは、至難の業だ。


 諦めるほかない――のか。


「――くッ」


 が、諦めるほかないのはユーリの側も同じだった。ここで敵機を追えば、汎用艇から離される。母艦との合流が遅れれば、その分包囲網が狭められ、この宙域から離脱することが難しくなるだろう。悪足掻きにもう一撃撃ち込んでみたものの、射程スレスレで落ちた弾速では軽くいなされてしまった。


『よくやった、ユーリ』機長が言う。『おかげで何とか母艦と合流できる――奴を取り逃がしたのは厄介なことになるだろうが、だからといってこれからずっとアイツが追いかけてくるわけじゃないんだ。そうだろう?』


「いえ――」が、それはユーリには空虚な響きに聞こえた。「アレはまた来ますよ。絶対に来る」


『何?』


「何でもありません、それより、合流するのでしょう? 早くしないと離脱できなくなりますよ」


 ユーリはそれきり、座標データの方に注目して、黙ってしまった。サンテの残したデータ。機体が奪われた以上、今となっては彼を示すものはそれきりになってしまったからだ。

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