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ミーンワイル・イン・フロントライン  作者: 戸塚 両一点
第八章 アナザーワン・バイツァダスト
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第214話 「作戦成功」

 ユーリたちがどれほど戦場から離れても銃撃の音が遠くなることはない。


 これは、比喩ではない――単純な原理として、真空の宇宙空間で銃声が伝わるとすれば、無線による味方のそれを聞くしかないのだ。怒号と悲鳴。その両方。きっとこの瞬間にも何人かが死んだことだろう。


 が、今の彼らがそれを振り返ることはできない。してはいけない。するつもりがない。


 既に目標対象物は目の前に近づいていたからだ。


「ユーリ」


 最後の障害物の後ろに辿り着くと、サンテは腰のポーチから一つの記録媒体を手渡した。何のことはない、地球時代から使われ続けているUSBメモリーである。


「何ですこれ」


「機体のIFFやら何やらをこっちのもんに切り替えるキーだ。渡すのを忘れていた」


「…………」


「そんな目で見るな、忙しかっただろ?」


「それは、」ユーリは、じっとりとした視線を向けた後、それを受け取った。「そうでしょうが……」


「とにかく、こいつをコックピットのどこかのポートに差し込めば、全部書き換わる。あとはこっちのもんだ。指定座標に向かって飛び続けろ。俺たちの母艦がある」


「指定座標は、」


「インプットしてある。尤も、母艦がパトロールとかに見つかっていなければの話だがな……他に質問は」


「…………」ユーリは静かに俯くと、すぐ顔を上げた。「ないではないです」


「それはあるっていうんだ。何だ?」


「今の説明だと、このUSBには随分あれこれ入っているようですけど、誰がそんなプログラム作ったんですか?」


「そりゃ、クライアントから渡されたもんだ。俺が知るかよ」


「……じゃあ、そのクライアントって何者なんです? 最新鋭機のプログラムを知っているって……」


「そりゃ、」サンテは、後頭部に手をやってから、何かに気づく。「――まさか」


 その瞬間だった、彼のヘルメットのバイザーが撃ち抜かれたのは。


「!」


 ユーリは、撃ち返すか迷わずすぐさまいる位置を変えて銃撃の来た背後から身を隠した。それを狙った第二射がサンテの胴を直撃し、力なく浮き上がらせる。


「サンテ・デ・ミリョン! 生きているんですか⁉」


 返事はない。代わりに障害物に着弾する音が宇宙服を介して全身を震えさせる。否、そうではない。震えているのは、たった今、自分が死にかけていたという恐怖故だ。あと十センチ着弾がズレていたら、彼の後頭部が撃ち抜かれていたのである――否、否。


 それすら正確ではない。


 そのようなドライな計算は、彼にできなかった。


 さっきまで生きていた人が、もう何も言わずにそこに浮いているというシンプルな事実。


 それが、彼を震え上がらせたのである――怒りで。


「……クソッ」彼は、遮蔽物から身を乗り出した。「クソォっ」


 そして見えた人影に数発射撃する。その反撃は当たりこそしなかったが、相手は、まさか反撃されると思っていなかったのか、狼狽した様子で近くの遮蔽物に身を隠した。


「……馬鹿な⁉」が、相手――エーリッヒがそうしたのは、そういう理由ではない。「あの男はッ?」


 「白い十一番」――に、見えた。


 最後に見た、抜け殻同然の様子からはかなり違っていたが――しかし、見間違うはずはない。何しろエーリッヒは彼を戦場で追い続けてきたのだ。


 それがどうしてここにいる?


 テロリストに身をやつして、矛を交えることになっている?


 彼は――戦いに疲れたはずじゃなかったのか?


「ユーリ、」その怒りに任せて、エーリッヒは飛び出した。「ルヴァンドフスキ、ッ⁉」


 その出鼻を、ぬっと影が包む。敵は距離を詰めてきていたのだ。咄嗟に銃撃。三発。こちらに向かってきていた影はその反動で真反対に行きつつ――回転する。


 溺れている?


 否、意識がないかのように、だ。


(死体――か⁉)


 先ほど射殺した仲間のそれを投げつけて囮としたのだ――そう気づいたエーリッヒは瞬間、銃口の気配を察した。目視するより早く、咄嗟に身をよじりながら遮蔽物に戻ろうとしたが、胸に圧力が走った。


「当たった――」


 ユーリは、目の前で浮き上がるその姿を見て、勝利を確信した。サンテには申し訳なかったが、そうするよりほかにプロの軍人を出し抜く方法はないと思ったのだ。その上で仇を討ったのだから、文句は地獄で聞くこととした。


 それより――。


 ユーリは、もう数百メートルの距離に迫った「ロジーナⅤ」へと走った。辿り着いて着座すると同時に、「ロジーナⅢ」と同じく足の間にある整備用インターフェースのポートへメモリーを差し込む。そこにあるモニターがちかちかと明滅して、最終的に通常のOSの画面になったようだ。それを確認してからペダルを踏みこむと、コックピットが上に動き出して、ユーリは機体に吸い込まれる。


「よし――」


 チェックリストがオートでコンプリート。流石に最新鋭なだけあってその速度は桁違いに速い。武装はまだサーベルのみ。だが隣にある機体を破壊するのには充分だ。


(――――)


 しかしそのとき一瞬だけ、サンテのことが頭を過った。もし、彼がまだ生きていたら? ――あり得ない過程だが、それに導かれてユーリはこの機体と彼とを同一視してしまった。この機体を破壊することは、彼にとどめを刺すようなもののように感じられた。


(――馬鹿なことを! 死体をああ使っておいて、よくもまだそんなことを⁉)


 ユーリは首を横に振った。逡巡を振り切って、機体内部のラックから飛び出したサーベルを振りかぶる――その瞬間、ユーリは視界の端に煌めきを見た!


「!」


 咄嗟にサーベルを盾に使いながら、サイドキック。そうしてかわした空間に、敵機の突きが通り抜けていく。


「時間をかけすぎたか……!」


 近くの駐機場にいた「ロジーナⅣ」が動き出したのだ。だとすれば第二撃も突きだった。射撃では周辺の設備に当たると考えたのかもしれない。だが、ユーリは引き金を引けた。下段に潜る切っ先をサーベルを回して逸らしながら頭部バルカンを発射、敵機のセンサー類を潰していく。


「接近戦だろうと!」


 一瞬敵がたじろいだ瞬間にユーリは機体を懐へ潜り込ませた。下段に構えた敵の更に下から切り上げると、正面装甲が切り裂かれてそこから血糊のように火花が散った。


「まだだ!」


 ユーリはその勢いのまま跳び込んで、敵機の残骸と位置を入れ替えるようにした。なりふり構わぬ射撃が残骸へ当たるが貫けはしない。が、長くは持たない。そう感じたユーリは残骸を前に放り投げるとそれをかわすようにスラスターを吹かして一気に距離を詰めようとした。


「ウッ……⁉」


 いや、ようとした、のではない。


 距離は詰まった。踏み込んだ瞬間に。


 そう思えるほど、鮮烈な加速。従来の重いアクチュエーターを持たないからこそ為せる業。ユーリはそれに翻弄されたのだ。


 が、それはこの場合どういう形で表出するかと言えば――空振り。敵機を行き過ぎたところでサーベルが振られる。


(――――!)


 が、動きが速いということは修正も早かった。サーベルに切り替える途中の敵機が動きに追いつけない内に素早く反転すると、側面から胴体を掻っ捌く。更には撃破され崩れる機体から転げ落ちたライフル――「ドラグノフ」マークスマンライフル――すら拾って、右腕に装備させていた。一瞬照準関係データのダウンロードが挟まるが、その程度の処理は従来機でもすぐ終わる。


 そして、それが終わると同時に、飛翔――そう表現するのが正しいと思える推力重量比。ジンスクの引力はもちろん基地の人工重力を振り切って、戦場を俯瞰する。基地での撃ちあいなどほとんど些事のようですらあった。


『今のはユーリとかいう奴か⁉』が、下からすればそれは真逆だ。『作戦は成功なんだな⁉』


 ようやくユーリの精神は基地上の味方と同一の高さにまで落ち着いた。同時に高度を幾分か落とし、バルカンとライフルで甲板の上を掃射する。起こった混乱の隙に小さいアリのように見える味方がわらわらと汎用艇に向かって下がっていく。


『……一機だけか⁉』その内の一人がふと見上げて言った。『サンテは⁉』


「ッ、」ユーリは返答に一瞬詰まったが、答えることはできた。「彼は戦死しました。目の前で……」


『そうか、』


 まだ何か言いたそうな間を残したが、通信相手は何も言わなくなった。それどころではないというのもあるだろうが、思わぬ犠牲に何も言えなくなったのかもしれない。あるいはその瞬間に射殺されたのか、それは定かではなかった。


『こちら機長、』すぐに、その沈黙も終わる。『生存者全員の搭乗を確認。もう一掃射してくれ、その隙に離脱する』


 ユーリはその求めに従ってもう一度降下すると、反撃に転じた敵をビームの一撃で粉微塵に変えていった。そうしてまたも敵が下がった瞬間に汎用艇はメインスラスターを逆噴射して後進すると、そのまま反転して離陸した。対空砲がいくらか撃ちだしていたが、ユーリはその都度射撃してそれを潰した。


 基地司令は思わず切歯扼腕したが、最早どうすることもできなかった。レーダーで捉えられたそれも、段々遠くなっていき、それが範囲外に出れば消えてしまうだろう。そうなればもう追うことは不可能だ。他の駐機場から追手は出すよう指示したものの、滑らかな動きで二機を撃墜してみせた手練れ相手にどこまで通用するか……これはほとんど反語表現の域であった。


 しかし、なるほどそれは軍事的成功のサインであったかもしれないが、それは作戦の完全な成功を意味しなかった。


 何故なら、そこには二つ誤算がある。


 「ロジーナⅤ」が一機健在であったことと。


「ン……」


 エーリッヒがまだ死んでいなかったことである。

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