第201話 決する勝敗
「『ルクセンブルク』が……⁉」
さしものユーリも、眼下に広がる光景には驚きを隠せなかった。火災が起きているのか、もうもうと煙が上がって――どこを見ている?
「!」
そう言われたような気がしたと同時に、ユーリは機体を横滑りさせた。それはまるで、敵機の声のようだった。その証拠にさっきまで機体が位置していた空間をその三連射が通過する。左右に切り返すと、もう一度三連射。一発掠めて、じゅううと装甲の焼ける音がする。間違いない、次は当たる!
「ッ、そう思うか⁉」
ユーリはデブリの横を通過する瞬間に、着艦フックを片方だけ、それも一瞬だけ引っかけた。それでも機体は急激に針路を変え、敵の一撃をかわす。それでいて速度を大きく失ったりしない。
そうして飛び込んだのは、しかし、デブリのない広い空洞。泊地化するにあたって、艦船が通りやすいよう整備したものだ。緩やかなカーブのかかった回廊。速度勝負に持ち込むには丁度いいが、敵弾をかわすのには不向き。
そしてこの距離は、既に必中の間合いである。
「そうさ! だからこそ僕はここにお前を誘い込んだんだッ」
エーリッヒは思わずそう叫んでいた。分散して包囲している味方機からの情報で、ここに回廊があることは一分前に分かった。彼はすぐさまそれに「白い十一番」を追い込むべく味方機のフォーメーションを変更した。わざと包囲網を崩し、火力と機動力によって突破しやすいように――そしてその先に、この回廊をセットした。結果として味方機は置き去りになったが、目標は完璧に達成された。
今「白い十一番」に残されている選択肢は二つ。
デブリによってできている壁の隙間に飛び込むか、加速力に賭けてスロットルを思いっきり開くか。
しかし前者ならまた大型のスラスターを活かしきれない追いかけっこが始まるだけだし、仮に後者を選んでもそれはこちらに背を向けることになる――その背中を撃つのは容易い。
勝った――とほくそ笑んだ、その瞬間だった。
「!」
敵機が、ミサイルを一斉発射したのである。一瞬慌てたが、ロックオンはされていない――少しでも荷物を軽くしたかったのか? それとも、単にそうし忘れたのか?
――違う。奴がそんな単純なタマなわけがない。
その直感が確信に変わったのは、ミサイルがエーリッヒ機に向かわず、回廊の外縁に沿って広く展開したときだった。あのミサイルたちは全てLOALモードで発射されていて、シーカーも既に起動している。あとは探知範囲に入るだけだ。
その真の狙いは、予めその探知範囲の網の中に穴を用意しておくことだ――距離を考えれば、そこに飛び込むことは「N/A」の性能を以てすれば容易い。しかしその安易な選択肢を選んだところに待っているのは、そこに予めセットされた大砲の照準である。
(つまり奴はこちらの動きを絞り込むために、今まで温存してきたミサイルを全てベットした。大したギャンブラーだが……!)
手品の種は割れている。ならその対策も容易だ。エーリッヒは敢えてミサイル群の真正面に突っ込んだ。そこでバルカンとビームライフルを駆使して、それを撃ち落とした。
否、それらを撃ち落とした。
複数、である。
「⁉」
ユーリの目論見が外れたのは、実際にはそのときだった。彼は、敵がミサイル網の穴程度のことは見抜いてくると判断していた。それはそれで狙った上で、ミサイルを迎撃することを選んだときには、それにより生じた爆煙で敵の視界が隠れた瞬間そこに向かって撃ちこむことで、撃墜を図ろうとしたのである。
が、今爆発は三つ起きた。内一つはビームライフルの弾道が見えたからブラフとして、残り二つは全く同時に起きていて見分けがつかない。しかも隣接していないから、その辺に照準をある程度合わせておいて、見えた瞬間に調整して撃つということができない。一つを狙えば、一つは狙いから外す必要がある。
二者択一――どちらを選ぶべきか。
外せば、代償は命。
(別に、それはどうだっていい。奴の命さえ、最早どうだっていい。)しかしアンナの顔が思い浮かぶ。それを塗り潰すように黒い衝動が彼の心を支配する。(だが、決着はつける――!)
ユーリは、決断した。
そして、全装備を、パージした。
「……⁉」
だから爆炎から抜けたエーリッヒが見たのは、大砲を含めた大小さまざまな敵機の追加パーツが自分に向かって近づいてくる光景だった。恐らく機密保護のためか、それらは緊急パージされた瞬間に部品レベルにまで解体されるらしい。まるで散弾のように散らばって、視界上でもレーダー上でも無数の光点を作った。
しかし何のために?
足止め?
避けさせて距離を取り、そこを物陰から狙撃しようという魂胆か?
――いや、それなら大砲も捨てるはずがない。
逃げる気だ。
エーリッヒは、その金属の雲の中を突っ切る判断をした。ここまでで一瞬。彼に迫ってくる一際大きいブースターをビームライフルで撃ち落とし、その爆炎を抜ける。
そしてその瞬間、その爆炎の向こうから敵機は襲い掛かってきた。
左手にビームサーベルを持って。
「何ッ⁉」
エーリッヒは、しかし冷静だった。持ち替えるのは間に合わない。ライフルを犠牲に捧げてそのサーベルの切っ先を鈍らせながら、同じく左手でサーベルを抜いて光る刀身をかち合わせると、その接点をあちら側へ滑らせるようにして敵の手首を切り払った。くっと切り返してそのまま胴体を狙うが、その前に敵機はすれ違ってしまう。
だが、結論は変わらないだろう。敵機は最後の抵抗のつもりだったのだろうが、それに手酷く失敗し、反撃のチャンスを今度こそ失った。右手にサーベルがないことは前の戦いで知っているし、バルカンでは「ロジーナ」の装甲は破れない。エーリッヒは「白い十一番」を追い詰めてサーベルを振るうだけでいい。
(……何だ?)
いいはずなのだが、すれ違った瞬間、彼は言い表しようのない違和感を覚えた。敵機が笑ったような感覚。その奇妙なズレを感じながら、彼は機体を振り返らせつつ減速・反転させ、追撃を図る。気になったのは敵機の姿勢だ。ライフルもないのに右手を突き出して、一体何の――。
エーリッヒは、そのとき敵機のそこにあるウェポンベイが開いているのに気がついた。
「ロジーナ」にはない装置。
そこにあったのは――ミサイル。
ロックオン警報が、鳴る!
「⁉」
これが、ユーリの用意していた「奥の手」だった。お互いにサーベルのみの状態になったとき、「N/A」に運動性では一枚劣る「ミニットマン」では、仮に「バレット」をパージしていたとしても太刀打ちできない。ならば、その「サーベルしかない」という先入観を逆に利用してやればいい――逆に言えば、そこにしか勝ち目はない。
(ジビャの戦いのときには距離が近すぎて使えなかったが、)ユーリは、トリガーを引いた。(すれ違って相対速度がある今ならば、いける!)
瞬間、至近距離からミサイルは敵機の右腕から放たれた。至近距離と言っても、安全距離よりは遠く。命中すれば信管は作動するだろう。こうなると反転しようとしていたのが仇となった。距離が詰まったことによって、対処可能時間は極端に短くなった。バルカンを咄嗟に使うが、まるで当たらない。プディーツァ製迎撃システムより地球製ミサイルの回避プログラムの方が一枚上手だった。
「ブリット――」エーリッヒの脳裏にはもういない恋人の姿が走馬灯のように浮かぶ。もうこっちに来たのか、と言っているような気がした。「すまないッ」
だが、その問いに、エーリッヒはNOを返した。彼は迎撃失敗を悟るや否や脱出ハンドルを思いっきり引いた。爆薬がコックピットシートのシリンダーとロックを粉砕すると、ロケットモーターが逆噴射をかけてシートごとパイロットを排出する。
こうしてエーリッヒが吐き出され、「白い十一番」とすれ違った瞬間、ミサイルの成形炸薬弾頭のメタルジェットは「N/A」の胴体正面装甲を貫通し、中に入っているコンピューターやセンサーや配線を滅茶苦茶に切断した。
完全に制御を失った機体は交通事故に遭った子供の肉体のように宙を舞ってデブリに接触。ボロボロの骨組みはそれに耐えきれず砕けてあちこちに飛び散った。
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