第199話 オープン・ファイア
戦闘は、偵察艇撃墜の三時間後に始まった。泊地に取り付けられた対艦レーダーやヴィジュアル・センサーにぞろぞろと大軍が引っかかったかと思うと、すぐに消えた。
反応が、ではない。
レーダーサイトやヴィジュアル・センサーそのものが、である。
猛烈な艦砲射撃であった。オイゲンは一応余ったエンハンサー用の対艦ミサイルをレーダーに連携させて外縁部に設置させていたのだが、最初の一撃で通信が途絶えた。戦艦クラスらしい強烈な火力とそれが正確に観測されているところを見ると、レーダーに引っかかったのは先行した駆逐艦で、戦艦や重巡といった攻撃力の高い艦はその観測の下、更に後方から砲撃しているに違いなかった。
(恐らくは宙母もその辺りに待機しているのだろうが……)
オイゲンはそう推測したが、だからどうしたという話である。大まかな距離だけではなく、正確な位置を特定できなければ意味がない。
そして何より、これは準備砲撃に過ぎない。
本格的な航宙攻撃の、その前段階に過ぎない。
それに備えるために、エンハンサーは一機たりとも泊地から外に出すわけにはいかなかった。彼らは予め第一線よりは少し後ろに用意された陣地にて待機し、砲撃が止んだら前線に出て敵エンハンサーと戦うのである。
「…………」
その陣地にて、ユーリはじっと自分の両手を見つめていた。すぐ向こうでは激しい光の明滅が起こっている。ビームがデブリを貫いて粉々に吹き飛ばし、その破片がぶつかって機体は揺れた。前回にも起こったことだ。乗っている機体は違うが。
(違うのはそれだけじゃない)ユーリは、手を握った。地球製パイロット用宇宙服は薄いので、まるで素手のようだった。(僕自身も、全く違っている。前の僕は、この砲撃が今いるデブリを貫いて自分が吹き飛ぶんじゃないかと怯えていた。だが今の僕はそうじゃない――)
――そうじゃない?
違うな。「そうじゃない」というのが、そうじゃない。
(どうでもいいのだ、何もかもが――次の一瞬ビーム砲に貫かれようが死のうが消えようが、構わない。痛いのや苦しいのは少し嫌だが、それでこれから先に横たわる全ての苦痛がいっぺんに消え去ってしまうというのなら、対価として受け入れることだってあり得るだろう)
では、これはその反証にならないだろうか?
(反証?)
君の見つめる両手がプルプルと震え、その理由が寒さではないのは?
(違うな)ユーリの答えは決まっていた。(確かに、僕の手は震えている。それは僕が死に恐怖しているからだ。死ぬのは怖い。完全な無の世界へ堕ちることなんて、想像もできない――だが、それはそれとしてそうなる方がマシだというのが、今の僕なんだよ。『そうじゃない』というのがそうじゃない、というのはそういうわけだ。怯えた上で、それが来るなら抵抗しない)
なら、何で君は戦っているというの? 戦うという行為は、これから訪れる死にとっては過程でしかない。結果だけ求めるなら、今すぐそのヘルメットを取って、ハッチを開けて外に飛び出せばいいじゃないか。
(それしか僕にはできないからだ。皆がそう決めた。もう僕はユーリ・ルヴァンドフスキじゃない。『白い十一番』だ。人を殺す才能に目覚めて、その意味も分からずにそれを振るった阿呆さ。でも自分を殺す才能だけはなかったんだ。そんなことができる根性がないから、他人を殺すことも止められない)
じゃあ君は、君の最初の被害者は君だと思っているんだね。
(……何を言っているのか分からない。そもそもお前は誰だ? いつからそこにいる?)
だって、君はユーリ・ルヴァンドフスキだ。「白い十一番」に塗りつぶされてしまったけれど、その土台はユーリじゃないか。踏みつけにされてぺちゃんこになってしまった、それが君の主張なんだろう?
(だったら何だって言うんだ)
それに僕はこう言う――そんな誤魔化しはやめろ、人殺しのクズが。
(…………)
何が「白」く塗りつぶされてしまった、だ。よくもそんな恥ずかしいことが言えたな。皆が言うから僕は英雄の「白い十一番」なんだ、って? ふざけたことを抜かすなよ。
お前はユーリ・ルヴァンドフスキだ。
そして「白い十一番」というのは、その別名に過ぎない。
名前が変われば別人になるとでも言うつもりか? 「白い十一番」の名の下に殺された人々は、全てお前が背負うべき十字架だ。その重みから逃げたいから、英雄なんてものに縋って、それを作った他人のせいにしているんだ。
死んでも構わないっていうのも、お前の場合ただの逃げだ。償いたいという言葉と同義には結べない、消極的なものだからな。この世から自分が消えれば、罪も一緒に消えると思っている。
(だからどうした)
お前はこれから地獄に落ちる。
(生憎と死後の世界は存在しない)
誰が死なないと地獄に落ちれないと言った?
(何?)
お前はこれから、生きながらに地獄に落ちる。僕はそれを特等席で眺める。最高に楽しみだよ、ユーリ。
「お前……」
声はそのとき不意に消えた。気づけば、腹に染みこむような振動も、興亡の螺旋も消えている。砲撃は止んだ。とすれば――敵が来る。
ユーリはすぐさま待機陣地から防御陣地に取りついた。他の機もそれに続いてそれぞれの配置に着く。それからユーリは慎重に機体の上半身をデブリの端から覗かせる――「バレット」は照準器と砲身が分割されているその構造上、そうしなければ砲撃ができない――と、ヴィジュアル・センサーで敵の位置を探った。
「――!」
と、ほとんど同時に照準をつけて、撃った。と同時に、スラスターの逆噴射を駆使して仰け反るようにデブリの影に隠れた。
瞬間、さっきまで機体が存在していた空間と今隠れているデブリに向かって、猛烈な応射が浴びせられた。敵エンハンサーの射撃だ。彼らは砲撃に紛れてかなりの至近距離にまで詰め寄ってきていたのだ。そういうわけで、撃つ瞬間どころか、出た瞬間に位置がバレてしまったのである。それでも一瞬の照準で隊長機を落としたつもりだった――少なくとも至近弾の粒子片によって機体がバラバラになるのは見えた――が、連携が崩れたようには見えなかった。現に、他機からのデータリンクでは、統制の取れた攻撃をしているように見えた。
(連中、かなりの手練れだ。指揮系統を一瞬で立て直した。ジビャの生き残りらしいが……)
ジビャから転戦してきたとすれば、「サボテン野郎」もいるかもしれない。その可能性は充分にある――あくまでも、可能性の話だが。
(だが、注意しておく必要はある――奴がまだ僕に執着しているようなら、今の攻撃を見て遮二無二戦場を突っ切ってくるだろう)
レーダーの(頭の中での)表示範囲を戦場全体にしつつ、ユーリは機体を下がらせ――るためにスロットルを全開にした。次の瞬間、ビームの直撃弾がさっきまで盾にしていたデブリに当たってそれを粉砕してしまった。一瞬遅かったら、機体が圧し潰されていたことだろう。
「ち、艦砲射撃かッ」
答えをすぐに導き出しながら、爆発の結果できた突破口に飛び込んでくる敵機に振り返り様砲撃を浴びせた。FPSで言うところの角待ちショットガンめいた強烈な一撃に、その敵機は一たまりもなく粉微塵と化す。
そうして散らばった粒子片によって損傷することを敵機が警戒した瞬間に、ユーリは今度こそ彼らに背を向けて、スラスターを全開にした。近距離戦に持ち込まれた時点で、「バレット」の強みは対エンハンサー戦には過剰な火力と直線勝負なら振り切れる程度の機動力だけだ。わざわざ敵の好きなようにやられてやるつもりもなかった。丁度、撒き餌に丁度いい雑魚も近くにいたことだし。
その雑魚こと味方機のおかげで追跡がないのをユーリは知っていたが、それでも敢えてデブリの中を飛んで別の陣地へ移動しようとした。今はまだ陣前での攻防の段階だ。外縁部を通って陣地転換すれば、広く展開し突破口を探している敵に探知されて不意に襲われる可能性が高い。何より、どこに行くかによるが、球状に広がっている泊地の中を行き来するなら、外を通るより中を通った方が早い。
(問題は、どこに行くかだが――⁉)
そう考えて、データリンクされるレーダー情報に意識を傾けた瞬間、その中に随分近い赤点があるのに気がついた。デブリに隠れて距離を詰めてきていたに違いない。背中に冷たいものが走るのを覚えながら回避機動を取り、反対にビーム砲を撃った。敵機は気づかれたと見てデブリに隠れようとしたが、「バレット」の五インチ砲はあっさりそれを撃ち抜いてしまった。直撃には至らなかったが、手足がもげて胴から火を噴いているのが見えた。操縦不能だろう。
「!」
が、ユーリはそれが他のデブリにぶつかるところはついぞ見ていられなかった。次の瞬間、自分の機体を囲むように赤い点がいくつもレーダー上に浮かび上がってきたからだ。薄く広がっていたそれは段々と画面の中心に寄ってくる。中心には何がある? ――当然自機が存在している。
この敵編隊は、完全にユーリを探していたのだ! そして今証拠を掴み、包囲網を狭めた。
――そんなことをするのは。
強い予感に突き動かされて、ユーリはヴィジュアル・センサーでもその姿を捉える。全速力で、その先頭の機体には――不自然な突起が全身にある。
「やはり貴様かッ!」
ユーリが構えるより先に「サボテン野郎」はビームライフルを撃った。デブリの中を上手く縫っての射撃。だがロックオン警報が鳴った瞬間既にユーリはデブリの影へ移動していた。デブリの向こうで光が飛び散る。
だが、敵機は一機ではない。複数いる。その内の一機の射線に飛び出す格好になったことに、彼は機体を動かしてから気がついた。それも、理想的な後背の位置。焦りと共に振り返る――
「⁉」
が、敵機はライフルを向けてこそいたが、それを使おうとしていなかった。ロックオンもしない。戸惑いながらも砲身を向けると流石に回避機動を取ったのでその先を狙おうとしたが、その瞬間に、背後からロックオン。避けられないと読んで機体を振り返らせて正面装甲でその一撃を受けた。ボディーブローのような衝撃。だがもっと衝撃的だったのは、「サボテン野郎」が既にサーベルの距離にまで接近していたことだった。
「妙なことをォッ――」
サーベルで受けるのは間に合わない。そう判断したユーリは蹴りを放っていた。スラスターが増設されているそれはリーチも長くなっていたし、着艦時にはそこが衝撃を吸収する構造になっているから、頑丈なのだった。スラスターを全力で使って、ピッチ角を急変させ、強引に足を敵機に向ける。「サボテン野郎」は流石にその動きは予想外だったのか、避ける間もなく胴体に直撃を食らってよろめいた。
「――するなァッ!」
その反動を使ってもう半回転で回転を止めたユーリは、即座に目の前の「サボテン野郎」に照準を合わせて引き金を引いた。しかし敵機は衝撃で正気を失ったりなどしていなかったのか、すぐさま離脱しデブリの影に隠れる。運動性の高さに照準は置いていかれ、砲撃は命中しなかった、がそれでよかった、離脱の一瞬の隙をカバーするのが本来の目的だったのだから。ユーリは仕切り直すべく、スラスターを吹かして囲みを破らんとした。
「チッ、鮮やかな……」
エーリッヒは、それをデブリの影から睨んだ。完全に必殺の距離にまで詰め寄ったと思ったのに、一瞬で切り返されてしまった。鈍重に見えるし実際そうなのだが、判断が的確で常に最善手を打ってくるので、こちらが何かミスをした瞬間盤面をひっくり返されてしまうのだ。今までと同じ失敗である。
『中隊長殿、』慌てたように近づいてきたのはアーサー機だった。彼は心配して追撃に加わらなかったのだ。『ご無事ですか』
「ああ。だがあの『ブーツ』、思ったより頑丈だ。トンカチで殴られたのかと思ったよ」
『お怪我は』
「ない……と言いたいがこう狭くちゃ確認のしようがないな。とはいえ痛いところはない。機体の方は補助のスラスターとヴィジュアル・センサーがいくつか駄目になったがまだ替えが利く。替えが利かないのは僕の堪忍袋の緒だけだ」
『それは』アーサーはそのジョークが少しウケたらしい。ふ、と吐息が混じった。『自分たちとしては恐ろしいですな』
「いい加減『ミニットマン』のデカいあのケツは見飽きてるんだ。今日で見納めにしてやるぞ……!」
了解、とアーサーが言うのも待たずに、エーリッヒはスラスターを全開にした。データリンクで位置は分かっている。あとはそこに先回りして仕掛け、討ち取るだけだ。
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