第16話 鉄腕ルドルフ
「……?」
普段は見ない備え付けの宇宙服を着ていてかつバイザーで顔が見えないからか、ユーリにはその「彼」が何者なのかぱっとは分からなかったが、どうにも見覚えのある背格好のように思えた。しかし、それが誰なのか分かるほどじっくり見る前に、後頭部を強く下に押し付けられた。
「……見るな、床だけ見てろ」
ぎろりと睨み返そうにも、力の差は歴然であった。そのせいで、彼にできたことというのは自分の隣の兵が自動小銃を握り直しながら誰何するところだった。
「列に戻れ! 指示に従わない場合には、発砲も辞さない!」
分かりやすい脅しだった。まだ銃口は男の方に向けてこそいないが、相手は丸腰であり、それだけでユーリのような一般人には充分すぎるほど威圧的な声だった。
「もう一度だけ言う! 列に戻り、指示に従って避難を――」
「……指示に、だと?」しかし、その男には通じないようだった。「貴様のごとき雑兵が、この私に指示など出す権利があると思うのか? 宇宙軍伍長風情が命令を?」
むしろ逆効果ですらあった。声色が瞬時に鋭くなったのをユーリは感じた。
そしてその変化に、彼は覚えがあった。
「ただの民間人をただの状況証拠からスパイ呼ばわりした挙句、まして銃を撃つときに構えもしなければ安全装置も外さない、更には目標の後ろの状況を考えないようなド素人が――この私に命令を下せると思っているのか⁉」
同時に、ダン、と足音が鳴った――と思った瞬間、ユーリの体は宙に浮いていた。艦船特有の弱い人工重力があまりの衝撃に彼を手放してしまったのだ。
しかしそうなることで状況を彼は文字通り俯瞰することができた。慣性のままにクルクル縦回転する視界の中で、自動小銃を持っていた兵士は銃を奪われユーリ同様宙に浮いている。男はその銃を鈍器として使って他の兵士を全て打ち倒していた――ユーリの後ろにいた兵士を含めて。その格闘の衝撃が、ユーリを飛ばしてしまったのだろう。
「災難だったな、ユーリ・ルヴァンドフスキ生徒」
その一騎当千めいた光景から、男が彼の方を見ながらそう言った。名前を知っている? ……しかし、その男が彼の思い描く人物だとするならば、それに何一つ違和感は存在しない。
すると視線を水平に戻し、男は兜面を上げるように宇宙服のバイザーを上げて、兵士たちを見下ろした。
「自分はドニェルツポリ軍海兵隊元少佐のルドルフ・ハインリヒ・ゴルツである! 現在は退役して学園で教官を務めている身ではあるが至急艦隊司令部に案内してもらいたい!」
そして、その特徴的なカイゼル髭が顔を覗かせた――それがユーリにとっては何よりの身分証明だった。馬鹿馬鹿しいほど古式ゆかしいそれは、間違いなく彼の軍事教練の教官であるルドルフに違いなかった。
(しかし――少佐? それも海兵隊の?)
彼の名乗りと目の前で披露した技術は、与太話に過ぎないと考えていたことがどうやら事実だったらしいということの証明だった。それも、名乗っただけで職業軍人には伝わる程度には、本当に有名人だったらしい。その証拠に倒れていた兵士たちは階級章も確認せずに全員立ち上がってルドルフに向かって敬礼して何かしら説明をしているらしかった。
しかし、その内容までは聞き取れない。跳ね飛ばされたまま慣性のままに縦回転を繰り返す彼はそうするにはあまりに遠すぎるところまで来てしまった。天井、というよりはもう一方の床と言うべきそれが段々と迫ってきて、彼は思わず目を瞑っ――たが、何も起きなかった。
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