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第159話 集結、のち前進

 「ルクセンブルク」が護衛艦隊と合流して分艦隊としてマトモに機能する形になったのは、ジビャ到着の数日後のことであった。


「これで」ヴィクトルはその数日来着続けている宇宙服の匂いを気にしながら、言った。「ようやく一息つけますね」


 宙母というのは、最強の軍艦とも呼ばれるがその実、単艦で運用されることはない。勿論、単独でいるからといって艦載機がまるで機能しなくなることはないし、そもそも艦載機を使うまでもなく、個艦用でならある程度の迎撃能力は有している、というのは前述した通りだ。


 では、単艦でも問題ないではないか、艦載機の航続距離が射程となるからには――と思われがちだが、戦争とはそう単純なものではない。


 いわば戦力というのは、カードゲームの役のようなものである。カードには性質が伴うと同時に固有の強さがある。そして数が多ければ多いほど複雑になる代わりにそれらは強さを増す。確かに宙母は一枚という単純さの割には強い役ではあるかもしれないが、より複雑な役には勝てない。ことに、宙母を含んだ役には。


 つまり、その手の中にカードが増えたからには、オイゲンにとってもそれは安心できる材料ではあるはずなのだが――ヴィクトルが横目で見た彼は渋い顔をしていた。


「そう思えるか」


「でしょうが? 現に艦隊は損害もなく十全な形。そして今や後方で補給も受け、整備も万全。何も問題ないように思えますが?」


「それは……確かに幸運だろうがな」そこで、オイゲンは溜め息を吐いた。「だが幸運の後には必ず不運が待っているものだ。禍福は糾える縄の如しって言うだろう」


「それは言うでしょうが――というと?」


「だから、俺たちが合流できたということは、それだけ敵戦力が元気に抵抗しているってことだ――一個連合艦隊が突っ込んで、たったこれだけの宙域しか取り戻せていないんだぞ?」


 なるほど、ドニェルツポリ軍は一個連合艦隊をジビャ周辺宙域に投入した。これはジビャを目標とする艦隊を主攻として、隣接する星系に対する攻撃を行う艦隊を助攻とするものであり、一個連合艦隊の使い方としては教科書通りな――そして、実際の戦場で教科書通りにできるのなら、それが最もいい――のだ。


 が、本来なら、それだけの大戦力による攻勢を受けたのならば、敵はたちどころに後退するか崩壊するかするはずであり、少なくとも他戦線ならそうなっていたことだろう。


 しかし現実にはそうなっていない。僅かな占領宙域の増加と引き換えに、かなりの艦艇が失われた。


 それどころか、こうして後方で合流するだけの時間の余裕まである――というのが、オイゲンの言いたいことだった。


「もちろん、敵も同じだけの戦力を投入している、ということはあるだろう」と、オイゲンは頬杖を突いて言う。「だが、だとしてこうまで手こずるか、普通? 敵の守りが堅いにしろ、ジビャが守りやすいにしろ、いくら何でも時間をかけすぎだ」


 交通結節点には、戦力が集中しやすい。つまりジビャは敵にとって守るべき対象であると同時に、それだけ守りを厚くしやすい宙域ということでもある。


「しかし司令部とて、無能ではないでしょう。何も考えずに全面攻勢に移ったのでは、損害が大きくなります。それを懸念したのでは?」


「懸念するのが問題なんだよ。俺たちレンドリース艦隊まで投入しておいて、そこで日和見するのがよくない。これでは奇襲効果も何もあったものじゃあない。ただダラダラと犠牲を増やすだけだ」


 ドニェルツポリ軍は、確かに大戦力を投入した。先述したように、ジビャの戦いにおいてこれだけの戦力が作戦に参加したのは、後にも先にもこのときしかない。


 しかし、そのやり方は、オイゲンの言うように緩慢だった。艦隊には内部でのローテーションの実行による戦力温存を命令し、虎の子のレンドリース艦隊は予備として後方に残置した(ただし、取り残された敵やすり抜けてきた敵艦隊の掃討という任務はあった、それが先の戦闘である)。一気呵成に攻撃するのではなく、じわじわと前進していく、バイト・アンド・ホールド戦略を取ったのである。


 それも一つの選択肢ではあるのだろう。特にそれは、待ち構えている敵に対しては有効な手である。


 だが、攻勢の有利の一つを手放すことになる――奇襲効果だ。


「確かに、ジビャはある種の要塞だ。敵は次から次へと出て来るだろう。だから敵をものともせず突破できる有力部隊を先頭にした突撃部隊で一気に中枢を落とす以外に道はないというのに、司令部は何を考えているんだ?」


「実際にそれをやるとしたら艦長は愚痴を言うでしょうが」


「ヴィクトル。それは言うに決まっているだろう。激戦となるのが明らかなんだから。言うは易く行うは難しだ。だから俺は常に言う立場の人間でありたい。こんな艦長という前線で戦う職ではなく、艦隊司令官としてもっといい椅子にふんぞり返っていたい。分かるか?」


 傍から見たら人格破綻者ですね、とヴィクトルは言いかかったが、口を噤んだ。


「それで艦長」代わりに、用事を彼は思い出した。端末を操作し、その命令書を提示する。「その艦隊司令部から、新たな命令書です」


「何だ?」


「はい――『明日ドニェルツポリ標準時〇五〇〇より第一新編艦隊はジビャを目標とした攻勢に参加。そのため今日中に以下の指定宙域まで前進せよ』……です」


 それを聞いたオイゲンは、頬杖を突くのを止めた。それから信じられないような目をしながら副官から端末を分捕ると、その内容を上から下までじっくりと眺めてから、それをヴィクトルに突っ返して頬杖を突いてふんぞり返る。


「よかったではないですか、夢が叶いましたよ」


「馬鹿か」オイゲンの顔はその皮肉に真っ赤になった。「呆れて物も言えん! 今更我々を投入するというのか! 奇襲効果も失われているというのに、敵の待ち構えた宙域にわざわざ正面から突撃しろと命令するのか! これではただ我々を損耗させるだけだ! 遅いわ、やることが!」


「一応、予備の投入ということになっています。全艦隊からも戦力を抽出して……その大戦力で一気に敵の防御を破綻させようという魂胆でしょうか。あるいは、前衛艦隊が道を開いたのかも」


「そんなこと、噂ですら聞いたことがない。貴様だってそうだろう? 寧ろ損害に耐え切れず、その埋め合わせに無傷の我々を投入しようということだろう⁉ これでは我々は死にに行くようなものだぞ!」


「ですが、命令は命令です。順守を」


「分かっている! ――分艦隊は前進用意! 三〇分後に現宙域から離脱し、集結ポイントに移動する! 各艦の航海長は軌道を入念に打ち合わせるように! いいな!」


 そう檄を飛ばすと、艦の中の人員はそれに従って動き始める。それが階級のもたらす効果であり、軍人の悲しいサガだった。

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