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第15話 捕縛


 小さなビープ音と共にコックピットがゆっくりと下がっていくと、ユーリの瞳を格納庫の照明がコックピットの暗さとのコントラストでちくりと刺した。耐えかねてウッと咄嗟に目を逸らすと、その拍子に機械油らしいアクセントの利いた人工空気の匂いがすりりと鼻腔に忍び込む。


「……両手を挙げてコックピットから出ろ! 操縦桿に触るな!」


 それから自分の足元に彼は目を向けた。格納庫の床に寝かされたような姿勢の機体の足元には、軍事教練で見かけたドニェルツポリ宇宙軍の制服を着た兵士がずらりと並んでアサルトライフルや拳銃をこちらに向けていた。


「グズグズするな、貴様は今、スパイの容疑者なのだぞ!」


 ――節穴をこうもズラリと並べておいて、よくもそんなことを言える! 自分は民間人なんだぞ?


 その兵士の横柄な言い方に彼は一瞬反駁しかかったが、しかし戦列歩兵めいた数の圧力には負けることにした。彼は一丁の拳銃すら隠し持ってはいなかったし、たとえ一対一でもプロの軍人相手に勝てるような自信は持ち合わせていなかった。だから指示に彼が従うと、兵士の中でも一番屈強な者がすぐさまその後ろを取った。一瞬それを不愉快に感じた次の瞬間、彼は突然床に組み伏せられていた。


「グッ……⁉」


 後ろの兵士は、無警戒に掲げられた腕関節を極めることによってそうしたらしかった。おかげで彼は床に顔から接する羽目になった。それでも顔を逸らすだけの余裕はあったから、歯が折れたりはしなかった……が、そのせいでやってきた頬の鈍痛には耐える必要があった。身体検査のどこかねっとりとした手つきにも、だ。


「……身分証は? どこにもないぞ」


 背後の兵がふとそう言った。ユーリは内心自らの不準備にハッとしながらも床に押し付けられたまま答えた。


「ありませんよ、そんなの持ち出す時間はなかった」


「つまり、名無しの権瓶かい……」


 尋問役らしい正面の兵のその馬鹿にしたような発音は、ユーリを苛立たせた。


「違う! 僕にはユーリ・ルヴァンドフスキという名前がある! 学生だ、学園のデータベースに照合してもらえば分かる」


「嘘の身分が、だろう? 第一、そんなことをしている余裕はない。俺たち兵隊にそこまでの権限もないしな」


「余裕がなくてもやれば分かるんだ! こんなに人数がいるなら、一人ぐらい学園なり上官なりに掛け合えばいいじゃないか! それを蠅みたいに寄ってたかって……!」


「なら、」ユーリのあまりの物言いに、兵も少し苛立ったようだった。「只の学生が、どうして軍用のエンハンサーなんかに乗っている? 軍事教練で乗ったことがあったとしても、機会ってもんがあるだろう」


「それは……」嘘を吐くか、正直者になって馬鹿を見るかの選択で、彼は後者を選んだ。「目の前に機体が墜落してきて、それのコックピットを開けて乗り込んだんです。フライトデータレコーダーにもそう記録されているはず」


「そんなの、分かるものかよ!」


 食い気味に兵士が返答したかと思うと、彼はユーリの視界を横切るようにしてコックピットに跳ねた。ユーリがついつい目で追うと、それを彼は睨み返してから、コックピットのどこかに端末を繋いでそれに視線を移した。


「フライトデータレコーダーもボイスレコーダーも、あくまで機体が起動している間だけの記録だ。コックピットが開いている間は当然記録が止まるし、一定時間経つと上書きされちまう……ほら、見ての通り、もうコイツの中にはお前がノビてるところしか映ってない」


 それから、くるりと端末を翻して、そこに映っているものをユーリに見せた。遠い上に早送りだったが、コックピットの中にいるのは確かにユーリ本人だったし、それ以外の映像はないようだった。彼は一瞬だけ反論に困ったが、何とかした。


「……乗り替わったパイロットがいる! シェルターに逃げる人に託したから、その人に聞けば分かる!」


「お前一人のために避難民一人一人に聞けってかよ。そもそもそいつが生きているかも分かんねーんだ。やるとしても、お前を軍事法廷に送ってからだな――やれ」


「な……」


 冗談じゃない、と言おうとした瞬間、開いたユーリの口に猿ぐつわが巻かれた。彼が反射的に頭を振りながらえずく隙に、床に押さえつけていた兵隊は彼の両手首を掴むや否や、それぞれの親指を揃えて拘束用のバンドを巻き付ける。それに彼が気づいたときにはもう遅い。拘束役の兵士に引き立てられて、彼は無理やり立ち上がらせられた。


 すると彼は格納庫の様子をようやく広い視野で見ることができた。コンテナが沢山並んでいる間を縫って小型の哨戒艇や連絡艇が止められていて、軍用宇宙服を着た兵隊がそこから降りてきたらしい着の身着のままの民間人を整列させている。その列は働きアリの要領で巣穴……もとい、船室のある気密ハッチの方へ続いていた。


(……これだけ?)


 しかし、それを見たユーリの抱いた感想はそういったものだった。並んでいる様こそ「多数の避難民」というキャプションを想像させるが、だとすればあまりに少ない。一般論として、たとえコロニー一基当たりの人口だけでも地球型惑星の地方都市のそれに匹敵する。それだけの人数を艦隊に避難させたとするならば、格納庫全てを大航海時代の奴隷船よろしく埋め尽くしてもまだ足らないはずなのだ……。


(そうだ、)そこで彼はその事態の更なる異常さに気づいた。(何故他のシリンダーに避難させない? 軍艦に避難させるなんて、どう考えても非効率じゃないか……?)


 猛烈な違和感。一つ気がついてしまうと、彼の頭は、今度はそれ一色になった。こんなことが今までの避難訓練で一度でもあっただろうか? 大抵の場合、それらはシェルターに避難すればそれで終わりだった。精々、備え付けの宇宙服と食料の位置を確認するぐらいで……だとすれば、何かとんでもないことが起きているに違いなかった。


 今までの考え方では想像もつかないような……しかし、そこでユーリはその列から一人外れて、こちらに近づいてくるのが見えた。


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