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第14話 俺の中の俺


 彼は驚きでまず叫んで、それからそれの意味合いに気がついて今度は歓喜で大声を上げた。


「そう……だ、生きているぞォッ! ここだッ」


 コックピットの中だということも忘れて手を振ろうとして、脱出レバーにぶつけることすらした。急激に自分が狭いところに閉じ込められている現状を思い出した彼にとっては通信の相手が誰であろうと救い出してくれるなら構わなかった。


「……?」しかし、その()()()()の返答は奇妙だった。「聞こえていないのか……? それとも既に……?」


 ――何ッ?


 彼はハッとしてすぐにその原因に思い当たった。その閃きのままに彼はメインモニターを再起動して、そこに機体の各種ステータスを表示させた。赤と黄と緑が踊り狂うその文字の雑踏の中から彼は無線の欄を選び出して……そして頭を抱えたくなった。どうして気づかなかったのか⁉ 彼が見たところ、その受信能力は低下こそすれまだ正常な部類だったのに対して、送信能力の方は赤文字で「喪失」と書かれているではないか!


『クソッ、プディーツァの連中め』


 無線の向こう側の声がそう悪態を吐いた。しかしそれは彼こそ言いたいことだった。きっと今のは捨て台詞に違いない。彼の頭の中では救援艇は踵を返して帰還しようとしているところだった。


「待てッ、待ってくれッ」


 どうにかして知らせなければならない。彼は縋るようにメインモニターを睨んだ。操縦桿の小さなスイッチを親指でグルグルと回して……そうだ、操縦桿だ! 彼は機体のダメージ表示を見直すより早く左手のそれを握り直すと今度は根元からグルグルと滅茶苦茶に動かした。生き残っている外装神経がそれを伝って彼の脳から信号を伝達し、左腕を派手に動かしてみせた。


 しかし、それは悪手だった。


『⁉ 何だ……?』


 確かに無線の主は気づいてくれてそんな声を上げたようだったが、彼はそれどころではなくなった。左腕を除く四肢全てを失っている機体にとって、唯一残ったそれというのは平時よりも相対的に質量が大きい。まして設定次第ではそういった不意なモーメントを打ち消してくれるスラスターの大半もなく、コックピットの重力制御も損傷のせいか不安定な状況下では、まるで彼はシェーカーの中のリキュールだった。コックピット内にプロテクターがなかったら、きっとそれだけで彼は意識か命、あるいはその両方を失っていたかもしれない。


 しかし、その不規則な回転挙動は不意に制止された。激しい衝突音が彼の頭を更に打ってその活動を鈍らせる。何かが機体に引っかかっていて、その遠心力で大質量物にぶつかってしまった? ……少なくともそれを考えつくということは気絶はしなかったということらしかった、その代わり反作用の逆回転によって胃の不快感が加速度的に増大していくのを感じさせられたが。


『……ッ、おい⁉』


 すると声に続いて、機体の装甲から接触音。それと同時に何かを巻き取るモーターと姿勢制御スラスターの駆動音がしばらくしたかと思うと、今度こそ機体の不愉快な揺動は落ち着き、彼の胃も吐しゃ物を噴射するスレスレで踏み止まった。


『もしかして無線が死んでいるのか? 送信が……そういうことなんだな?』


 その静止が素早いことから察するに、エンハンサーにしては質量が大きい。恐らく相手は哨戒艇か何かだろう……しかし三半規管からの警告は、彼の意識すら奪いかねない劇物レベルに成長していた。返事する気力も――これは声でではなくジェスチャーでという意味――失って、彼は自身とメインモニターとの間に浮かぶ赤い点々をぼやける視界で見るのが精一杯だった。最初彼はそれをモニターの故障か何かとすら思ったのだ。


『……恐らく聞こえてはいるんだろうが……外から見る限りでもその機体はもうダメだ。ハッチが開かないというならこっちから開けるが?』


 しかし、その無線の声で彼の意識は氷を背中にでも入れられたかのごとく覚醒した。瞬間的に彼はさっきと同じように操縦桿を派手に動かした。声の主が驚くのと同時に、彼はまた不愉快な慣性状態に苛まれ――ない。


『脅かしやがって……!』


 いつの間にか機体はワイヤーか何かで完全に結び付けられているようだった。さっき制止したときだろう。暴れる機体をワイヤーガンで絡めとったに違いない。だから哨戒艇にとってはそれほど大きな動きでもなかったはずだが……しかしそれでも今ユーリの行動は声の主の機嫌を損ねたようだった。その証拠に、彼の声は今度こそ荒立っていた。ユーリは息を呑んだ。声の主が怒りに任せて強引にハッチをこじ開けてくる妄想すらした。


『とにかく……開けるのはダメなんだな? ヘルメットが割れたか何かで……? もしそうなら、人差し指だけ動かせ』


 しかし同時に、実のところ、彼はユーリの行動の意図を理解しもしていたらしかった。ユーリは一瞬ボヤッとしていたが、すぐさまその指示に従って、人差し指だけをガクンと内側に動かした。


『なるほどな……不安だったろうが、しかしやり方というのがあると分かってもらいたいな。こっちが早とちりして外に出てたら、仲良く宇宙の藻屑だったんだぞ?』


 声の主がそう言うと、機体の正面に何か特に軽いものが接触する音が聞こえた。言葉を聞いてなおユーリはすわこじ開けられるかと身構えたが、(当然)そうではないらしく、絡まったワイヤーを正しくかけ直そうとしているようだった。曳航中に解けてしまったら、接触からやり直す羽目になるからだ。


『J‐11……待てよ?』しかし、そうして近づいて左肩の刻印を見たらしい。『もしかしてノーラか?』


 ……ノーラ?


 ユーリには聞き慣れない女性名だった。どういうことだ? 彼は本当に困惑して、一人で勝手に盛り上がる声の主を訝しんだ。


『お前ノーラだろ? 確かこの番号の機体だったはずだ。ははっ、撃墜されるなんて随分ドジな真似をしたらしいが……それでヘルメットでも割ったか? 怪我はしていないんだろうな?』


 その声と共にメインモニターに端末がアクセスしたとの表示。整備のために機外に取り付けられている接続ポートに有線で繋いだのだろう。これがあることによりわざわざコックピットに行かずとも自己診断プログラムを走らせて損傷部位を特定したり、機体の一部機能を動かすことができる――つまり。


 コックピット内のカメラを動かすことも、また可能なのである。


「――!」


 それに気づいたユーリの目に真っ先に入ったのはメインモニターのフレームだった。その下段の真ん中辺りのレンズ。整備兵とのやり取り用に置かれているそれを彼は咄嗟に塞ごうとした、が、どうやって? 咄嗟に出たのは手だったが、コックピットに自分が閉じ込められていることをその瞬間彼は忘れていたらしい。


 だから、ガン、という音で両手首に鈍痛が走ると同時に鳴った電子音は、冷酷無比だった。


『お前……誰だ?』


 回線の向こうの男の声と同じぐらいに。


高評価、レビュー、お待ちしております。

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