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第131話 鈍感なれど

「……ということがあったんですが」と、食堂でユーリは言った。「どう思います?」


「……あのだな」ただし、マルコに。「何でそれを僕に言うんだ?」


「だって、僚機じゃないですか。真面目に聞いてくれそうですし」


「そういう話題は、サンテの方が向いているだろう。何でそっちに行かない?」


「? 何でサンテさんの名前が出て来るんです? ただの相談事ですよ?」


「……そこからかぁ……」


 名前しか知らないが、シャーロットとかいう女史の苦労が偲ばれる、とマルコは思ったが口にしたところでユーリの首の角度が増すだけだと思ったので、黙っていた。


「第一、サンテさんには何を相談したところでからかわれるんですから、絶対に嫌です」


「いや、この場合ユーリはからかわれた方がいいと思うぞ……割とマジで」


「何でですか、面白がっているんなら勘弁してください」


「いやこういうのは面白がらないとやっていられない。酒でも引っ掛けながらでないとな」


「そんな酒飲みみたいな理屈……」


「そもそもだ、君、カニンガム中尉がいるだろう。餅は餅屋、女は女で、彼女に相談すべきではないのか?」


「相談ならもうしましたよ。でも『ふーん、好きにしたらいいんじゃないですか。お好きにどうぞ』って、取り付く島もない感じで……」


「何ッ⁉」


 がた、とマルコは椅子を蹴立てて立ち上がった。瞬間、食堂中の視線が彼を咎めて、徐に彼を座席に戻した。


「何ですマルコさん。さっきから変ですよ」


「いや……何でもない。気にするな。僕が変なのは今に始まった話ではないだろう」


「何で急に自虐……まあいいですけど、でもそれだけですよ。そういうわけで、アナタに聞きに来たんでしょ?」


「来たんでしょって、言われてもだな……変だとは思わなかったのか? ほら、カニンガム中尉の態度とか……」


「忙しい人でしょうしね、今や小隊長なんですから。個人のことに一々目を光らせていられないんでしょう」


 ……それで済ませるか、この男は!


 とマルコは頭をぼりぼりと掻いた。どこから説明したものか、分からない。傍から聞く限りでも、アンナはユーリに想いを寄せているし、ノーラですら、この年下の男にヤキモチを焼いているのである。その二人の女性からの情念をぶつけられているのにも関わらず、ユーリと来たら、まるで気づいていないらしい。


「食事中に行儀が悪いですよ、それ」


「やかましい、食い散らかすような真似をする男よりマシだ」


「? 綺麗に食べてますけど……」


「そういう意味ではない……!」


 はあ、とため息を吐きながら、マルコはくし切りされているトマトを口の中に放り込んだ。水分を多く含んだ新鮮な味。少し未熟な酸っぱさがあるのが減点か。とはいえそれを口に出すのは野暮というものだ。


「単刀直入に言うが、」だから、その前置きとは裏腹に、その言葉は迂遠だった。「君の好意対象者は女性でいいのだろうな?」


「何でそんなことを急に聞くのか分かりませんけど、その通りですよ」


「それなら、女性の言動の機微ぐらい、分かってやれ。何でも人に聞かず、自分で考えてみろ」


「考えてますよ! 考えても、答えが出ないから困っているんじゃないですか」


「ほう?」にやり、とどこかサンテを宿したような表情でマルコは笑った。「困るのか? どうして?」


「そりゃ、ディスコミュニケーションは誰だって困るでしょう」


「そういうことを言っているんではない。ユーリはアンナに立ち去られたのが嫌だったんだろう?」


「細かく分類すると、そうなりますがね。でもそれが何だって言うんです?」


「裏を返せば、それは、長く彼女と話したかったわけじゃないか。それが何を意味するか分からない君ではあるまい?」


「! そんなこと……!」


 今度は、ユーリが驚いて立ち上がる番だった。自分が、アンナを好いていることに気づいてしまったからだった。それは青天の霹靂とでもいうべきことだった。そう思うと、あのポニーテールの揺れもそこそこの大きさの乳房も、うざったい絡み方さえ、愛おしく思えてきたのだ。


 そして同時に、あの子犬のような瞳の訳も彼には分かってしまったのだ。あれは、今の彼のように、自分の中にある渦巻いているものを分かってほしかったが故にそうしたのだろう、そうなったのだろう。だとすれば、彼女の心境というのは理解ができてしまう。


 しかし。


「……そんなこと、あるわけないじゃないですか。いやいやいや……」


 次にしたことといえば、そう言って座ったことぐらいだった。アンナが自分を? いやいや、それは信仰心の類であって恋愛対象としての話ではあるまい。


 子犬は子犬でも、あざとくおやつを貰いに来るタイプのそれだろう。


 あり得ない。


「しかし、素直になった方がいいと思うが?」


「僕が素直になっても、気持ちが悪いだけでしょう。苦笑いされて、それでおしまいです。第一、年齢差ってものがあるでしょう」


「歳の差はどっちの場合でも同じだと思うがな」


「どっち? 何の話ですか? シャーロットのことなら同い年ですよ?」


「いや、こっちの話だ。気にするな」


「? まあいいですけど……でも、厳然たる事実じゃないですか、歳の差は。彼女は僕のことなんか弟分ぐらいにしか思っていないでしょう」


「愛に歳の差は関係ない。大事なのは気持ちだ。それはあるのだろう?」


「それは、まあ……認めざるを得ないというか……」


 そう言いながら、ユーリもまた、トマトをかじる。向こうも酸っぱかったようで、一瞬顔をしかめるのをマルコは見た。


「だとするなら、だ。」と、マルコは言った。「尚更、はっきりした方がいい。否、はっきりさせた方がいい。そうでなければ、どちらも手を差し伸べあぐねている間に、気持ちが離れてしまうことだってある」


「……でも、怖いですよ? 人の気持ちって、分からないんですから」


 ユーリがそう言うと、マルコは一瞬目を丸くしたあと大笑いし始めた。今度もまた視線が集中したが、それも気にせずに彼は呵呵大笑した。


「わ、笑うことないじゃないですか。こっちは真剣に……!」


「ひひひ、い、いやいや、敵をも恐れぬ天下の『白い十一番』が、たった一人の女を怖がるなんて、お、面白くて……!」


 そのサンテを思わせる態度に何か暴言を吐こうとしたユーリは口を開いたが、そんな彼を見向きもせずマルコが顔を机に突っ伏して笑っているので、代わりにチキンのソテーを一切れ口の中に入れた。


「むぐむぐ……人の気持ちを何だと……これなら、サンテさんの方がよっぽどマシです」


「まあでも、早い方がいいのは事実だ。忘れているのかもしれないが、今は戦時なのだぞ? あれやこれやしている間に、気づいたらどっちかが死んでいたなんてことも起こりかねない。それは嫌なんだろう?」


「…………」


 ユーリは無言のまま頷いた。妙にしおらしかったのは、一瞬でも彼女が死ぬことを想像したからかもしれない。あまり接点のないマルコですら、それはあまりに酷いことのように思われたから、彼女の想っている彼にしてみればそれは悪夢に等しいだろう。


「なら、のんびり飯を食っている場合じゃあないだろう。サンテには黙っておいてやるから、早く行け」


「……了解です」


 ユーリはそう言って、軍隊生活に慣れた手付きで自分のプレートの上にある食事を素早く平らげた。それから立ち上がり、プレートを下げようとした。目指すは格納庫だ――そこで待っていれば、彼女はやってくる、そう考えながら、彼は返却口まで歩き始めた。


 そして気づかなかった。


「…………」


 その道程の途上に、ノーラがいることに。

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