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第11話 初陣

「⁉」


 ロックオン・アラート。「ロジーナⅣ」を第四世代エンハンサーたらしめている双方向外装神経接続システムが、レーダー警戒装置が連続照射(ロックオン)を検知したと、エーリッヒの思考に直接知らせたのだ。やられる――追っていた機体のことなど、一瞬で頭の中からも視界からも消えた。咄嗟の急旋回によって射線から逃れると同時にそこを光弾が通過した。


「新手……⁉」


 彼の後ろで見ていたオリガ機が逃げた敵機を容赦ない一撃で撃ち落とすのをデータリンクで確認しつつ、彼は攻撃を受けた方に機首を向けた。それと同時にレーダーを射撃モードから広域索敵モードに変更。ヴィジュアル・センサーも同様にスイッチさせた。しかし上空には何も見当たらない。精々、撃墜された機体と盾にされた支柱の残骸が、シリンダーの中心にある無重力地帯でプカプカ浮いているのを僅かに探知するぐらいだ。


「……何だ? どっから?」


「どうした『坊や』? 今の敵は見つけたか?」


 オリガがエーリッヒに様子がおかしいことに気がついたのか、そう声をかけてきた。彼は手短に返答する。


「敵機です、後ろから攻撃を――」


 その瞬間に、ロックオン・アラート。今度は正面から!


「受けてますッ!」


 ぐん、とエーリッヒはロールしてから機首を引き起こして、ぎゅうんと右へと逃れた。必殺の閃光がさっきまで胴体のあった辺りを通過し、背後の支柱にぶつかって爆ぜる。間違いない。ビームライフルによって狙撃されたのだ。


「見つけた!」


 しかしそれは、オリガはフリーな状態にあったということだった。彼女は発射点を特定すると反対にビームを連射した。レーダーと連動していないヴィジュアル・センサーのみでの手動射撃であるため、それらは正確とは言えず、全て手前か奥の建物に吸い込まれてしまい、勢いそのままに彼女は目標の推定位置を通り抜けてしまう。彼女は舌打ちをした。


「――坊や! 下だ! 敵は街の中にいる! いつまで旋回しているんだ!」


 そう言いながら彼女はデータリンクでさっき自分が撃った位置をエーリッヒに共有させた。すると外装神経接続によって彼女の得た射撃位置情報がパイロットには正確性のある感覚として伝わる。第三世代の単方向型ではできない芸当だ。この技術の登場により、戦場のテンポというものは著しく高まった――とエーリッヒは士官学校時代の座学で学んでいたことを体感した。


(とはいえ、狙撃手だというなら、この隙で移動してしまっただろうが……!)


 自分の未熟さを恥じながらも、エーリッヒは回避機動から立ち直ると、その地点に向かってビームライフルを連射した。オリガのときと違い敵の一次情報がないため、完全な当てずっぽうだ。ならば結果というのはただただ、街並みを破壊するだけに留まる。


「――見つかった⁉」


 しかしその光芒は、ユーリの目を眩ませるには充分すぎた。二度も射撃したにもかかわらず彼は移動していなかった。それもそうだ、結局のところ敵機の存在感に押されて、反射的に撃ってしまっただけなのだから。


 彼が認識したことというのは、自分とその下にあるシェルターが攻撃を再度受けたということであって、ロックオンなしの射撃が正確なはずはないということではなかった。


 当たらなかったのは運がよかっただけ――部分的に正しいその判断は恐れを生み、恐れは彼を文字通り浮足立たせた。彼の足はペダルを強く踏み込み、スラスターを全開にして機体を宙に舞い上がらせた。


 しかし、それは大いに間違った判断だった。


「⁉」


 飛び上がった瞬間、コックピットはアラート音で満たされた――接近警報だ! 立体音響での方向は左……⁉


「ウッ……⁉」


 その()()()()()()()()()()()をユーリが認識するのとほぼ同時に、彼はその画面に四方八方から頭を殴られた。何が起きた? ――回避後、低空飛行で接近していた()()()()と衝突したのだ。その結果警報音は何倍にも膨れ上がり、HUDにその意味が列記されていく。


 それに気づいたということは、彼が失っていた意識を取り戻したということだった。赤く表示されるメッセージを見るまでもなく、制御を失っていた機体は地面へ引きずられつつあった。考えるより早く、体は動いていた。やはりペダルを踏んでスラスターを全開。地面を削りつつも何とか機首を引き起こし、ロールして正しい飛行姿勢に直す。対地接近警報はもっと機首を上げるよう怒鳴っていたが、そんなことはできない。追われているときは無暗に機動しない方がいいというのが教官の教えだった。


「捉えた――そこォッ」


 しかし、それは敵機を見失っているのでなければ、の話だ。旋回してきたオリガにとっては敵機が何もせずに理想的な射撃位置を譲ってくれたようにすら感じられた。ならば、レーダーに連動させたビームライフルの射線は、今度こそ敵機の位置と軌道を捉える!


「うッ、グッ⁉」


 その自分のミスにユーリが警報音で気づいて回避機動を取るのと、機体が左に弾き飛ばされたのは同時だった。被弾したのだ! ユーリがHUDを見ると、機体表示の右腕とそこに保持していたビームライフルが肩のパーツから真っ赤に表示されている――それを破壊して拡散した荷電粒子がコックピットの隔壁をズフズフと焦がしている。あと少し角度と位置がズレていたらそれを突き破っていただろう。


 しかしまだ警報音は収まっていなかった。全周レーダーの同心円型インターフェースは正面に一つの反応を示していた。恐るべき相対速度で迫るそれはやはり彼をロックオンしていた。その小さな点から分離する、二つのより高速な物体――ミサイル!


「うぅぅぅッ――」


 ユーリは機首を引き起こして、進行方向を真逆にした。そうして着弾までの時間を稼ぐと同時にヘッドバルカンのトリガーを引く。するとレドームの下にあるハッチがパカリと開いてそこから覗く二〇ミリ口径の砲身が、レーダーで目標を捉えながら毎分六〇〇〇発のペースで荷電粒子弾を発射した。しかし現代の対装甲ミサイルはより狡猾だ。近接防御射撃の雨を蛇のようなロール機動でかわしながら迫ってくるのがユーリには見えた。しかしそれでも軌道の逸れたそれはカメラ一杯に迫って――激しい衝撃。鳴り響く警報音。


「――あああああッ⁉」


 今や機体のあらゆる領域に警報が出ていた。HUDの機体表示は、コックピットへの直撃は避けられたものの機体の左脚が吹き飛び、そこに搭載されている重力エンジンを片方喪失したという報告を出したっきり、ユーリの側に見る余裕がなくなった。対地接近警報。ロックオン警報。レーダーは完全に死んだらしい、インターフェースには「N/A」の冷たい表示。その手の何の役にも立たない情報ばかりを映すモニター正面に、ノイズ交じりの敵機がぬるりぬるりと近寄ってくるのが見える。ヴィジュアル・センサーが辛うじてそれを捉えたのだ。この距離なら画像認識で照準できる――ユーリは兎に角引き金を引いた。しかし何も発射されない。何度引いてもだ。


「な――」


 何で、という暇もなかった。その視界の片隅に写る機体表示は冷徹にレーダーと同時にヘッドバルカンも脱落したことを示していたのだが、ユーリの理性はそれを処理する余裕がなかった。そんな小さな表示より大きく、敵機がビームライフルを外側に折り畳み、手首のハードポイントからビームサーベルを取り出すのがメインモニターを埋め尽くしていたのだから。何となく、ミサイルを撃った方の敵機だ、と直感的に彼は理解していた。その時間を超越した感覚を死に際の走馬灯と呼ぶべきだとも。


 だから、彼にはゆっくりと、よく見えた。


 敵機がその輝く刀身を振り下ろすところも。


 それと共に圧縮された粒子が遠心力と共に飛び出し、その長さが胴体に届かんとしているということも。


 そして――何も起こらなかった。


「⁉」


 いや、文字通り「何も起こらなかった」と言えば嘘になる。


 より正確に表現するならば、彼の予期したことが起こらなかった、だけだった。刀身から発せられる光と熱に彼が焼かれるであろう瞬間、彼は強烈な浮遊感(マイナスG)に襲われた。慌てて対Gシステムが立て直すまでの僅かな間にレッドアウトした視界で、彼は敵機が急速に上昇していくのを見つけ――。


(――違う! これは、)


 こちらが、引っ張られている!


 それに気づいた瞬間、引きつけられている方へ向いたメインモニターに映ったのは爆炎だった。その死神の舌のように真っ赤なそれが、より不可思議で不可視な何者かの手によって切り裂かれたかと思うと、その先には地表――コロニーの大地を支える最小単位であるコンポーネント・タイル――バラバラになったそれが真空の暗黒を背景にクルクルと回転しながら、急速に視界を埋め尽くして、衝撃。


高評価、レビュー、お待ちしております。

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