第103話 らしくない
ユーリが格納庫に帰還したのはそれから三十分後、全ての機体が発艦した後だった。エレベーターから降ろされ、機体がハンガーに着くころには、ユーリは何とか泣き止んで、ヘルメットの中の涙を全てコックピットの中で拡散させていた。そうすると、機内の空調システムは余分な水分を検知し、空気の流れを作ってそれをフィルターに吸い込んでいく。宇宙服の平滑な表面では、涙を拭くことすらできないのだ。
そして、それから、ユーリはシート排出ペダルを踏んだ。
「ルヴァンドフスキ中尉……!」
真っ先に話しかけてきたのは、アンナだった。彼女はヘルメットの上からでも分かるほど必死な表情で、開いたばかりのシートの上に乗り込んできた。
「ご無事なんですか? 整備不良でこうなったんです? だとしたら、すみません、私のせいで……」
なるほど、彼女は予想外の発艦中止を気に病んでいたらしい。しかし、ユーリはそう言われてなおのこと申し訳なくなった。何しろそれは彼女にとって濡れ衣だったからだ。
「違います。アナタのせいではない。全部、全部、僕が悪いんです。僕が情けない人間だから、こうなってしまったんだ。だからアナタは悪くない」
「? ……どういうことですか?」
「それは……」
しかし、それ以上のことは言えるわけはなかった。今更、人を殺すのが嫌になったなんて、言えるわけがない。それは、アンナに対して以外にも、言えそうにないことなのだった。
「――すみません、今は、一人にしてください。お願いします」
そう言うのが精いっぱいで、ユーリはアンナを押しのけてコックピットシートから降りた。そうしなければまた泣き出してしまいそうになっていることに気づかれてしまうからだ。
「待って――」
だが、その誤魔化しの態度こそ、アンナには異常事態を知らせるアラートになった。ユーリもユーリで、律儀にその声に立ち止まってしまう。
「言わなくちゃ分かりませんよ。何があったんです?」
「言えないって、そう言ったでしょう」
「そんなの、変ですよ。ユーリさんらしくもない」
らしくもない。
その言葉に、ユーリは一瞬反応しかけたが、何とか思いとどまった。振り返るだけで、何とか堪えたのだった。
「らしくないって、何です? 僕らしいなら、どうするんです?」
「少なくとも、そんな言い方はしないですよ。ユーリさんは、もっとこう、カラッとした人じゃないですか」
「じめっとしてちゃいけないって言うんですか? 僕は落ち込むことを許されない?」
「何があったのかは分かりかねますけど、だからってそんな言い方しなくたっていいじゃないですか。そんなことする人じゃあなかったでしょう、アナタは」
「それはアナタが僕のことを知らないだけだ。僕の情けなさも、しょうもなさも、何も知らないで綺麗なところだけ見ているから、そんなことが言える……!」
「そんなの、知りませんよ」
「知らないなら――」ユーリの顔はカッと熱くなった。アンナでなければ殴りかかっているところだった。それぐらいの怒りがフッと腹から湧き上がったのだ。「知らないなら、何も言うな! アナタが僕を好きなのは結構だ。だけどそうやって表面的なとこだけで知った風な口を叩かれたのでは、僕は……僕には冗談じゃあないんだッ」
そう叫んだ声は、無線に乗って辺り一面に響き渡ったに違いない。周囲の整備兵が皆手を止めて彼の方を見た。その怪訝そうな視線に当てられてか、急激な血圧の上昇のせいか、ユーリは眩暈すらした。頭がふわふわとして、息が切れて、現実味がないような、そんな感覚がした。
「だけど」しかし、対するアンナは毅然とした顔を崩さずに言った。「そんなの、『白い十一番』らしくない!」
「……!」
その一言は、今度こそユーリを激発させた。彼は即座にアンナの下へ走ると、今度こそその宇宙服の肩のところへ掴みかかった。
「アナタに僕の何が分かる……! 僕が望んでそんなものになったと思っているのか⁉ 僕は気づいたらそうなってしまっていて、元に戻りようもなくて、だからこうして、戦争をしているっていうのに、よくもそんなことを言う⁉」
それを見ていた整備兵たちが、流石にマズいと思ったのかすぐさまユーリを羽交い絞めにしてアンナから引き離した。ユーリは離せと抵抗したが、筋骨隆々の整備兵たちとガチンコ勝負ではどうしたって分が悪い。
「……ほら、」そこにジッと、真っ直ぐに言葉が飛んで、ユーリはたじろいだ。「やっぱりアナタは『白い十一番』じゃないですか! 口ではどう言っていても、そこからは逃れられていない! 本当はそう言われて嬉しかった癖に、知らんぷりをして!」
「何をッ」
「アナタは自分のプライドの高さに気づいていないだけでしょう⁉ 成り行きだけでこうなったというなら、どうして『白い十一番』の塗装を剥がそうともしないんです? ……それが戦う理由になっているから、そうじゃないんですか⁉」
ユーリは思わず目を見開いた。そんなことは……と口も開いたが、その先に続くべき言葉は思い浮かばなかった。
「だったら、」だから、彼はそう切り返した。「だったら、どうしろというんですか? 僕にどうしろと?」
「名乗ったのなら、最後まで名乗り通しなさい。私が言いたいのはそれだけです」
「そんなの――」ユーリは全身から力を抜いた――否、力が抜けた。それを見て、整備兵たちも拘束を解いた。「できると思いますか、僕に」
「できるかどうかじゃないでしょう。やるんですよ、ユーリ・ルヴァンドフスキ――『白い十一番』が」
――その名を以て、人を殺せ。
「僕は――」
ユーリはその後に何も言わなかった。その代わりに、人波をかき分けて、エアロックへと逃げ出した。その姿を見ても、アンナは追おうとはしなかった。
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