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最強剣士、酒場でミルクを注文したら大爆笑されたのでミルクの素晴らしさを語り出す

 とある町の酒場――今日も荒くれ者たちが集まって賑わっていた。

 酒場の扉が開く。

 一人の剣士が入ってきた。


 黒髪で黒い瞳、全身を黒い鎧で包み、“黒ずくめの剣士”ともいうべき風貌の男だった。

 町の荒くれ連中でも中心的人物である髭男、ゴメスが酒瓶を片手につぶやく。


「なんだあいつは?」


「あ、あいつは……」


「知ってんのか?」


 ゴメスの子分であるお調子者の若者デンが、黒ずくめ剣士の素性に気づく。


「はい、奴はオルヴォ・ガスティといって、とんでもねえ剣士っすよ」


「どんぐらいとんでもねえんだ?」


「“最強剣士”“ドラゴンキラー”“歩く国家戦力”と奴を称える異名は数知れず。とにかくとてつもなく強いって話っす」


「マジかよ」


「それが本当ならとんでもないなんてもんじゃないね」


 やさぐれ女のミーネも話に加わってきた。眼光は鋭いが、美人といっていい顔立ちである。


「ええ、近寄らない方が身のためっすよ」


 周囲の視線など気にせず、黒ずくめの剣士ことオルヴォはカウンター席に座る。この男が醸し出す雰囲気に、荒事には慣れっこのマスターも緊張した面持ちで声をかける。


「お客さん……ご注文は?」


「ミルク」


「へ?」


「ミルクをくれ」


 これを聞いた途端、酒場の皆が大笑いした。

 酒場にも一応ミルクはある。ただし、それは例えば客が自分の子供を連れてきた時などに出すためのもので、大の大人に出すために用意されているものではない。

 とはいえ客商売。注文されたので、マスターはコップに入ったミルクを出すが、その表情には明らかな侮蔑が含まれていた。


「ギャハハハハ! マジかよミルクって!」

「ここをなんだと思ってんだ!? 牧場に見えるのか!?」

「ホントにいるんだな、酒場でミルク頼む奴!」


 笑い声は収まらない。

 ゴメスももちろん笑っていた。


「デン、どうやらおめえの情報は間違ってたみたいだな?」


「そうみたいっすね。俺も笑っちまったっす」


「酒場でミルク頼むような奴がそんなに強いわけないよ」ミーネも呆れている。


 ミルクを頼んだことで、オルヴォは「絡んではいけない強そうな剣士」から「酒場でミルクを注文するよく分からない余所者」に格下げされてしまった。「趣味は酒と喧嘩」と履歴書に書けるような荒くれ者たちから絡まれない理由がなくなった。


 ゴメスが右から、デンが左から、カウンターに座るオルヴォに近づく。

 この無慈悲な挟み撃ちを見て、酒場の客たちもクスクス笑っている。


「よう」


「……」


 ゴメスの挨拶も無視し、無表情でミルクを飲み続けるオルヴォ。ゴメスはさらに顔を近づける。


「おめえ、オルヴォとかいうらしいな」


「ああ」


 デンの見立ては正しかったようだ。


「“最強”だの“ドラゴンキラー”だの言われてんだって? だが、どうやら噂に尾ヒレどころか手足まで生えちまったようなもんだったらしいな」


「……」


「だってよ、ミルクなんて飲んでる奴が強くなれるわけねえもんな!」


 次の瞬間、オルヴォは凄まじい形相でゴメスを睨みつけた。睨みつけられたゴメスはもちろん、デンやマスターまで凍り付いてしまう迫力だった。


「な……なんだよ……!」


「どうやら貴様……いや、貴様らはミルクの素晴らしさを知らんようだな」


「知るかよ! ミルクなんてガキの飲み物じゃねえか!」

「そうっすよ! 俺なんてもう何年も飲んでないっす!」


 あからさまにため息をつくオルヴォ。


「いいだろう……ならば教えてやろう。牛の乳……ミルクの素晴らしさを!」


「なんだとォ!?」


 オルヴォはコップに入っていたミルクを一気に飲み干すと、ゆっくりと語り始めた。


「まず初めに……ミルクはカルシウムが豊富だ」


「カル……シウム……?」きょとんとするゴメス。


「うむ、骨の主成分である栄養素だ。ミルクを飲んでいればどんどん骨が丈夫になる」


「骨が……!」とゴメス。

「丈夫に……!?」とデン。


 息の合った驚きを見せる二人に、オルヴォがうなずく。


「毎日ミルクを飲んでいれば、いかなる魔物の攻撃にも耐えられる強靭な骨が身につく」


「マジかよ……」

「ミルク……すげえ……」

「俺こないだ骨折したんだけど、ミルク不足だったか……」


 ざわつく客たち。早くも黒ずくめ剣士のペースに巻き込まれている。

 オルヴォはさらに続ける。


「しかし、ミルクの凄さはこんなものではない」


「まだあるってのかい!?」


 声を荒げるミーネ。


「うむ、貴様らは“五大栄養素”というものを知っているか?」


「なんだそりゃ……」


「知ってるっす! たしか、タンパク質、脂質、炭水化物、ミネラル、ビタミンの総称っす!」


 ゴメスは知らなかったが、デンは知っていた。さすが町の情報通を気取っているだけのことはある。


「その通り。ミルクはその五大栄養素全てを含んでいる」


「マジかよ……!」とゴメス。


「震えが止まらないっす……」本当に震えているデン。


「全部だなんて、なんて欲張りなんだい!」思わず叫んでしまうミーネ。


 その声に反応し、オルヴォがミーネをちらりと見る。


「ちなみに……ミルクにはビタミンB2も豊富に含まれている。ビタミンB2は“美容のビタミン”とも言われているな」


「美容!?」


「貴様はなかなかの女だが、ミルクを飲めば……もっといい女になれるだろう」


「くっ……! 今日出会ったばかりの男にときめいちまったよ!」


 両手で胸を押さえるミーネ。


「最強の剣士は女の落とし方も最強ってわけかよ!」


 わななくゴメス。

 しかも、オルヴォはまだミルクについて語る気らしい。


「栄養だけではない……ミルクの利便性は計り知れない」


「どういうことだよ!?」


「例えばミルクは……加工すればチーズやバター、ヨーグルトなどに生まれ変わる」


 荒くれ者たちがざわつく。


「知らなかった……!」

「ミルクってすげえ……!」

「俺、毎日焼いたトーストにバター塗って食ってるよ……!」


 オルヴォは自分の腹を手でさすりながらつぶやく。


「ちなみに俺は毎朝のヨーグルトを欠かしていないおかげで、毎日快便だ」


 この言葉に悔しがるゴメス。


「ちくしょう、俺なんてここんとこ便秘だぜ!」


「ヨーグルト……始めようかな」


 ミーネもぼそりとつぶやいた。


「しかも、ミルクは料理における隠し味としても優秀だ。例えばみんな大好きカレーの隠し味にミルクを入れれば、驚くほどまろやかになる」


 この言葉にデンが驚く。


「そういえば俺の母ちゃん、カレーにミルク入れてたっすうううううう!」


 酒場のどよめきが止まらない。

 皆がオルヴォの解説に聞き入っている。

 これにいら立ったゴメスが怒鳴る。


「ふざけんじゃねえ! たかが牛の乳を搾っただけの液体が、そんなにすげえわけがねえ!」


 これにオルヴォはピクリと反応する。


「な、なんだよ?」


「たかが牛の乳を搾っただけの液体……? どうやら貴様はそれがどれだけ大変なことが分かっていないようだな」


 オルヴォは続ける。


「ならば酪農家の皆さんの一日を教えてやろう。これは俺の知り合いから聞いた話だが……酪農家の朝は早い。毎朝5時には起きている」


「マジかよ……!」


「早起きして牛の世話、餌やり、その後に搾乳。他にも牧草地を手入れしたり、仔牛に乳を飲ませたり……なにしろ生き物相手の仕事だからな。休む暇などないんだ。牛が体調を崩したら、一日その世話をしなければならないこともあるという。酪農家の方々のそういった努力があるから、我々はおいしいミルクを飲むことができるのだ」


「酪農家の皆さん……!」


 酪農家の方々の仕事ぶりを想像し、つい目に涙をにじませるゴメス。


 もはやミルクを認めるしかない――と思われたが。


「だがよ、こっちにだって意地はある!」


 オルヴォは黙っている。


「いくらミルクが凄いといっても、てめえがよく分からねえ余所者なことには変わりねえ! 俺らと勝負して、力でミルクの凄さを証明してみせな!」


「……いいだろう」


 ゴメスがデンと酒場の客たちに呼びかける。


「行くぞてめえらぁっ!!!」


 十数人が一斉に襲い掛かる。オルヴォはカウンターに座ったまま彼らを迎え撃った。



……



 勝負にすらならなかった。

 オルヴォは座ったまま、剣も使わずにゴメスたちを返り討ちにしてしまった。


「う、うぐぐ……」

「強いっす……強すぎるっす……」


 しかも全員、しばらく動けない程度のダメージである。

 驚きながらも褒めるミーネ。


「町の喧嘩自慢総出でこのざまとはね……大したもんだ」


「俺が強いわけじゃない。ミルクが凄かっただけの話だ」


 オルヴォは再びミルクを注文し、運動後の一杯とばかりに飲む。


「ドラゴンを倒した時も……そうだった。戦う前に飲んだ一杯のミルクが勝敗を分けた。飲んでいなければ俺が負けていただろう」


 “ドラゴンキラー”の称号も、彼にとってはミルクによって得たに過ぎない。


 ゴメスが体半分だけ起き上がる。


「あんたと戦ってやっと分かったぜ……ミルクの凄さが」


「分かってくれれば何も言う事はない」


「それと、あんたが黒い鎧を身につけてるのはもしかして……ミルクをこぼしたら、すぐ分かるようにするためか?」


「その通りだ。もし万が一鎧に白いミルクをこぼしてしまっても、黒い鎧ならばすぐに見つけることができる。そして、すぐチュルリと飲むことができる」


「なるほどな……ミルクを一滴を無駄にしないための心構え、か……」


 オルヴォの強さとミルク愛に触れ、ゴメスは荒くれ者代表として宣言する。


「俺の……俺たちの、負けだ……」



……



 酒場では、打って変わってミルクパーティーが開かれていた。

 オルヴォはもちろん、ゴメスもデンもミーネも、他の客もミルクを飲んでいる。


「うめえ!」

「うめえっす!」

「これであたしも美しくなれるかな……」


 しかし、中にはミルクを飲まない客もいた。ゴメスが理由を聞くと、


「おい、どうしてミルクを飲まねえ!?」


「いや俺、昔からミルク飲むとすぐ腹を壊しちゃうんで……」


「そんなの理由になるか! 飲みやがれ!」


 ミルクを強要するゴメスをオルヴォが睨みつける。


「よせ。アレルギーや乳糖不耐症でミルクを飲めない人もいる。どうしても味が馴染まない人だっているだろう。そんな人にミルクを強制するのはミルク飲みとして失格だ」


「す、すんません!」


 ミルクの素晴らしさを語っても他人に無理に飲ませはしないオルヴォの男気に、ゴメスは平謝りするばかりだった。

 今や酒場の全員がオルヴォという男の虜になっていた。


 和んできた空気を察して、マスターがオルヴォに言った。


「どうです。せっかくなんでオルヴォさんも一杯……」


「酒をか?」


「ええ、お代はいりません。ミルクの素晴らしさを教えてくれたあなたにご馳走したいんです」


「実は酒を飲んだことはないんだが……こんなにいい気分になったのは初めてだ。飲ませてもらおうか」


 微笑みつつ、酒の入ったコップに口をつけるオルヴォ。

 ゴメスたちはそんな彼に心からの掛け声を送った。



……



 酒場で大笑いするオルヴォ。


「ギャハハハハハハハッ!」


 最強の剣士はたった一杯の酒で泥酔していた。

 顔が真っ赤になり、口からはだらしなく舌が出てしまっている。

 オルヴォはミーネの胸のあたりを眺めつつ、


「ミーネちゃん、君のミルク飲みたいな~」


「いやらしい目で見るな!」


 ビンタされるオルヴォ。そのまま「ドラゴンの攻撃より効くぅ~」と情けなく倒れてしまう。


 これを見て、ゴメスとデンは呆れた様子で言った。


「まさかここまで酒に弱かったとは……」


「この人、もう二度と酒は飲まず、ミルクだけ飲んでた方がいいっすねえ……」






おわり

少しでも楽しんで頂けたら嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 短編野次馬ドキュメンタリーの方から続いて読みましたが 着眼点が他の人と違って新しくて面白いです もしかしてあなたは天才か…? 後ギャグが上手いですw 酒を飲まずミルク飲んでいる事を馬鹿にさ…
[一言] ミルクを欠かさなかった、現実の空の魔王さまも居ましたし。
[一言] 酒場でミルクと言えば、キャプテン・ハーロックとアーマーバロン。
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