【4】おっさん、解毒する
「おい、あんた、これは何個くらい作れるんだ?」
壮年の男は信じがたい物を見るように、俺の手の上に生まれた解毒ポーションを見つめていたが――やがて我に返ったように頭を振ると、そう質問してきた。
どうやら俺の言葉を信じることにしたらしい。
あるいは、藁にも縋りたいほどに切羽詰まっているのかもしれないが。
「だいたい50個くらいだな」
俺は頭の中で魔力残量を計算し、そう答えた。
実際には50個作るには少し魔力が足りないが、それくらいだったら手持ちの魔力回復ポーションを飲めば不足を補うことができる。
無理をすればもう少しだけ多く作ることができるだろう。
「十分過ぎるぜ。とりあえず、ついて来てもらえるか?」
「分かった」
頷き、こちらに背を向けて歩き出した男の後をついて行く。
案内された先は、先ほどから慌ただしく人々が出入りしている廊下の先で、ギルド付属の治療室のようだ。各町のギルド支部の規模にもよるが、それなりに大きなギルドでは常駐で治癒術師を雇っていることがある。
カウンティアは辺境と言っても領都なので、ギルドの規模もそれなり以上に大きいから、こういった施設を用意する余裕があるのだろう。
「ここだ」
壮年の男に治療室へ通される。
中に入った俺は、思わず目を見開いた。
それほど広くない治療室の中には、現在、ざっと20人近くの人々が横たわっていた。
本来ならベッドやら机やらが置かれていたのだろうが、それらは全て運び出され、無理矢理空けた場所に大勢の冒険者らしき者たちが、床に敷かれたシーツの上に寝かせられていた。
室内には血の臭いが充満している。
だが、臭いに反して大量に出血するような怪我を負っている者は、いないように見えた。
そんな俺の疑問を察したわけではないだろうが、壮年の男が現在の状況を端的に説明した。
「ここに運び込まれて来た時にはひでぇ怪我を負っている奴らもいたが、とりあえずデカイ外傷は優先して治癒してある。ここにいるのは全員、魔物の毒を喰らっちまった奴らだ。ただ、今は事情があって都市全体で解毒ポーションが不足してんだ。解毒ができる治癒術師もいるが……患者の多さに対して数が少ねぇからな。今はあのザマだ」
と、部屋の隅を指差す。
見れば、そこには治癒術師らしき男性二人と女性一人が、今にも死にそうな蒼い顔で横たわっていた。
おそらくは魔力枯渇による症状だろう。
彼らの傍には空の小瓶が何個か転がっている。魔力回復ポーションだと思うが、短時間に何個も服用すれば効果は薄まり、魔力は回復しなくなる。
ポーションとはいえ、回復できる魔力には限りがあるのだ。
彼らの様子を見る限り、自分の限界以上に頑張ったのであろうことは、一目瞭然だった。
治癒術師は基本、外傷を癒すことに特化している。
毒や病を治すのはアルケミストの作るポーションの役割だ。それでも高位の治癒術師であれば解毒もできるようになるが、それができる者は限られるだろう。
「患者の数は?」
「21人だ」
つまり、さっき作った分を合わせて残り20個の解毒ポーションを作れば良い。
必要な魔力は600。
余裕だが……不安な点もある。
しかし俺は不安を隠して頷いた。
「分かった。今すぐ作る。手分けして飲ませてくれ」
「助かる。頼む」
俺は次々に解毒ポーションをスキルで作成していった。
何もないところから解毒ポーションが現れる光景に、室内にいた人々からどよめきが漏れるが、俺は努めて気にせず、作った端から室内で冒険者たちを看護していた人たちに渡していく。
壮年の男も率先してポーションを受け取り、冒険者たちに飲ませていった。
そして程なく、全員に解毒ポーションが行き渡る。
「どうだ……?」
壮年の男が看護していた人たち――たぶん、解毒ができない若い治癒術師とギルドの職員たちだ――へ聞くと、そこかしこで安堵したような声があがった。
「良かった……! どうやらポーションが効いたみたいです! 症状が回復していきます!」
「こちらもです!」
「おお、そうか!」
室内に喝采が飛び交う。
だが――、
「だ、ダメです……ッ! 回復しません……!」
「こっちもです!」
次の瞬間、悲鳴のような報告があがった。
「何だと!? どういうことだッ!?」
「おそらく、症状が進行しすぎて初級ポーションでは効き目が薄いのかと……!」
治癒術師の報告を聞いて、壮年の男が獣のように唸った。
「くそッ! 中級の解毒ポーションはもうねぇぞ!!」
悪態を吐き、それからこちらを縋るように見てくる。
「なあ、おいあんた、中級のポーションは作れねぇのか?」
「いや、中級は……無理だ」
悔しさに歯噛みしながら、正直に答える。
中級のポーションなんて作れれば、俺が今ここにいることはなかっただろう。
自分ではどうにもできない問題に直面した時ほど、自分の無力を実感することはない。
これまで幾度も味わってきた苦渋だ。
そしてそれは、25年もの歳月をかけてクラスアップしても変わることがない――と、そこまで考えて。
「……いや」
「お、おい?」
俺はポーションが効かなかった冒険者の傍に行き、その横にしゃがみ込んだ。
まだ、できることはあると思い出したのだ。
スキル――『魔力付与』
クラスアップしたことで新たに手に入れたスキルだ。
その能力は「アイテムに魔力を付与し、その効果を一時的に上げる」というもの。
スキルを検証してみた時は普通の――つまり時間制限で消えることのない正規のアイテムに使用していたが、もしかしたら魔力で作成したアイテムにも効果があるんじゃないか?
ぐだぐだと悩むよりは試してみるべきだろう。
俺はさっそく初級の解毒ポーションを「作成」すると、右手に握り込んだそれにスキルを発動して魔力を流し込んでいく。
そうして作成したのと同等の魔力――おおよそ「30」の魔力を付与したところで、それ以上魔力を付与できなくなった。
おそらくはこれが付与できる魔力の限界ということだろう。
「おい、そ、それ……」
壮年の男が俺の右手を指差して呟く。
手の中のポーションは、瓶の中の液体が微かに光り輝いていた。
『魔力付与』による効果の上昇が、どれくらいになるのか、まだ解毒ポーションでは試したことがない。だが、スキルの手応えは俺に大丈夫だと告げていた。
「……」
毒に侵されぐったりとしている冒険者――今気づいたが、黒髪の年若い少女だった――に、蓋を外してポーションを飲ませる。
頼む、と念じる俺の前で、少女は力なくポーションを嚥下した。
そして、しばらく待つ。
ポーションは速効性の高い錬金液を溶剤に作られた薬品であり、すぐに薬効は発揮されるはずだ。
数十秒も待つと、効果はすぐに現れた。
「ぅ……ここ、は……?」
少女は微かに呻いたかと思うと、次の瞬間、すうっと穏やかな表情に変わり、目を開けて周囲を見渡した。
起きぬけの幼子みたいなあどけない表情には、もはや毒による苦痛は見受けられない。
「やった……! 効いたみたいです!」
傍で見守っていた治癒術師が、ほっとした声音で告げた。
俺も思わず胸を撫で下ろす。
どうやら、「30」の魔力を付与した初級解毒ポーションは、中級に匹敵する効果を発揮してくれるらしい。
「もう大丈夫だ。……良し。あと、毒が抜けてないのは何人だ?」
俺はぼんやりと見上げてくる少女に頷くと、残りの治療に取り掛かった。
残っていたのは少女を抜いて四人。
魔力は余裕で足りた。
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