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【31】おっさん、新たなる問題に直面する


 やたらと名称の長い短剣を作った日から、三日が経過した。


 あの短剣が【迷いの森】で俺が考えた通りに作動するか、アレックスたちに検証を頼んでいたのだが、その結果が出たというので、俺は【ブラッド・メイカーズ】のクランハウスに再びお邪魔していた。


 場所はいつぞやのクランマスター室。


 応接用のソファに座ると、対面でアレックスが興奮した様子で口を開いた。


「ロイドさん、成功しましたよ! あらかじめ説明のあった通りに、全てのスキルが起動したのを確認できました!」

「そうか。そいつは良かった」


 俺は安堵しつつ頷いた。


 あれでダメだったら、また一から考え直さないといけなかったからな。


 いや、まだ確認するべきことはあるのだが。実際にアレックスたちが確認してみて、あれで森を突破できそうかどうか。それが一番重要だ。


「それで、あれを設置して【迷いの森】は抜けられそうか?」

「そうですね……鬼火は霧の中でもかなり目立ちましたし、それなりに遠くからでも視認できました。それに一日様子を見ても、短剣が無くなることもありませんでした。なので間違いなく目印には使えると思います」


【迷いの森】は一年中晴れることのない濃霧に覆われた迷宮だ。


 その霧は人の方向感覚も方位磁石も狂わせ、おまけに視界を著しく制限する。この霧があるために冒険者たちは森の中を真っ直ぐに進むこともできずに、延々と迷ってしまうのだ。


 過去、【迷いの森】を簡単に抜けるための方策として、何か目印になるような物を設置しようと多くの冒険者たちが考えた。


 明るい光を灯す魔道具や、森の中の木々に目印となる傷を刻むなど、実に色々と試されたのだ。


 だが、何かを設置すれば森の魔物たちによって壊され、あるいは運び去られ、木々に傷を刻んでも、それは数時間で跡形もなく消えてしまう。


【迷いの森】は単なる森ではなく、迷宮化した森だから。


 迷宮化した場所では、その環境を維持するための力が働く。たとえば遺跡型の迷宮であれば、それがどんなに古い遺跡であっても風雨に侵食されることがなく、壊そうと思っても壊せないほど強固になるか、壊しても元に戻る性質がある。


 なので傷を刻んでも無駄だし、一方で何かを設置しても魔物によって片付けられてしまう。


 中には、とんでもなく長い糸を用意して、それを木々に結びつけながら移動の痕跡を残そうとした者もいたが、この場合、霧で見えなくなった端から糸が何者か――おそらく魔物――によって撤去されてしまったそうだ。


 傷を刻んで道中の目印にする方法は使えない。


 何かを設置して目印にすれば、魔物によって撤去される。


 ならば、魔物が触れない物を目印として設置すれば良い。そう考えて作ったのが、あの短剣だ。


 正確には設置したというか、地面に埋めてもらったのだが――これはどちらかと言うと、魔物よりも他の冒険者などに持ち去られないための対策だ。『忌避結界』が問題なく起動すれば、魔物には短剣を触ることはできないはずだからである。


 ともかく――普通の環境下ならば、『魔術師殺し』のスキルで大気中から吸収できる魔力の量が少なく、『忌避結界』を発動することができない。


 しかし、【迷いの森】であれば話は別だ。あの霧は【認識阻害】に似た魔術がこめられた霧であるため、大量の魔力を含んでいる。


 その魔力を『魔術師殺し』で吸収できれば、『忌避結界』ですら常時発動できるのではないかと考えたのだ。少なくとも、発動さえできれば最大である半径3メートルもの結界は必要なく、ほんの1メートルでも発動できれば、魔物が撤去するのは難しいはずだ。


 まあ、『魔術師殺し』で霧を無効化できれば一番だったのだが、これはアレックスも試したことがあるらしく、結論としては無意味だった。


『魔術師殺し』で吸収できる魔力量には限度があり、霧を完全に無効化できるほどではなかったという。


 対して、俺が今回作ったアイテムであれば、目印としては使えるという御墨付きをアレックスからいただいた。


 俺としてはもう一仕事終えた気分だったが……まだ、何個必要なのか、という問題がある。


 そう。あの短剣……というかアイテムは、一つだけではほとんど意味がない。【迷いの森】の出口まで、目印となるように点々と森の中に設置することで、初めて意味を持つのだから。


「それで、何個くらいあれば、問題なく【迷いの森】を抜けられるかな?」

「そうですね……」


 正直に聞いてみたところ、アレックスはしばし考え込んだ。頭の中で必要な個数を計上しているのだろう。そうして程なく、俺の問いに答える。


「同じ物が30個もあれば、斥候職がパーティーにいるという条件で、問題なく森を抜けられると思います」

「30個か……」


 全然足りないじゃないか。


 思わず、眉間に皺が寄る。


 あの物置部屋で集めることができたスキル結晶は全部で54個だった。その内、『鬼火』のスキル結晶だけが複数個多いため、作れるとしても12個が限度だ。


 スキル結晶の不足だけは、どうすることもできない。


 こちらの表情から、そんな内心を読み取ったのか、アレックスが問う。


「作れませんか?」

「すまないが、スキル結晶が全然足りないな。12個が限度だ」


 申し訳なく思いながら告げる俺に、しかし、アレックスは間髪入れずに問うた。


「スキル結晶があれば作れますか?」

「え? ……まあ、スキル結晶があれば、もちろん作れるが」

「分かりました。じゃあ、必要なスキルの付いたアイテムを集めましょう」


 実に簡単そうに、アレックスが言う。


 しかし、如何にA級クランと言えど、残り18個分のスキル付きアイテムを集めるなど、かなり時間が掛かるのではなかろうか。


 唖然としてアレックスを見つめる俺に、彼は自信に満ちた微笑みを浮かべながら言った。


「お忘れですか、ロイドさん。今回の依頼は領主様直々の依頼なんですよ? 言えば、必要なアイテムを買い集める資金くらいポンと出してくれるはずです。幸いにして、『忌避結界』は教会に行けば付与してくれるはずですからね。必要な数を集めるのは、資金さえあればそう難しいことじゃありません。お布施がだいぶ高くなりそうですけど」


 ……なるほど。


 確かに、お高いスキル付きアイテムとは言っても、領主様からしてみれば何てことはないだろうな。


 それに幸いなのは、今回のアイテムに必要なスキルが、全て人の手によって付与できることだ。スキルによっては古代の遺物などに付いている、今は付与できる者が存在しないスキルとか、迷宮が生み出したアイテムに付いている、これまた付与できる者が存在しないスキルなどもある。


 ゆえに、今回必要なスキル付きアイテムならば、お金さえあれば短期間で集めることも不可能ではない。


 そして、そういうことなら、俺にも協力できそうだ。


「分かった。なら、俺は『鬼火』と『魔術師殺し』を買えないか、伝手を当たってみるよ」


 金さえ積めば、ちょっとした無茶も聞いてくれそうな人物には心当たりがあった。



お読みくださりありがとうございます(*´ω`*)

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