【30】おっさん、呪いのアイテムを作る
「だいたい確認し終わったな。……で、使えそうなのは、これくらいか」
作業を開始してから三時間ほどが経過した。
この間、俺がやった事と言えば、ひたすらにスキル付きのアイテムを鑑定したくらいだ。
とはいっても、この作業だけでもなかなかに骨が折れた。確認するべきアイテムの数だけでも膨大だし、『アイテム鑑定』のスキルには魔力も消費する。
以前ギルドで鑑定した魔道具のように『鑑定阻害』が掛けられているアイテムが皆無なことだけが救いだが、そんな曰くありそうなアイテムなど、そもそもここには並べないだろう。
それでも何百回と『アイテム鑑定』を行使すれば、消費する魔力も馬鹿にならない。
俺は初級の魔力回復ポーションに『魔力付与』を施して、魔力を回復させながら作業を行った。
おかげで魔力はまだ潤沢に残っている。この後の作業にも支障はないだろう。
「じゃあ、さっさとスキルを抜いてしまうか」
俺は集めたアイテムから次々とスキルを抜き出し、スキル結晶にしていく。
『スキル抽出』で消費する魔力は、一回で「50」だ。
いまや俺の総魔力は「1600」以上あるとはいえ、集めたアイテム全てのスキルを抽出するには足りなかった。
またしても初級の魔力回復ポーションに『魔力付与』を使ってから飲み、魔力を回復させつつの作業になった。そのため、全てのスキルをスキル結晶へ変える頃にはとっぷりと日が暮れていた。
魔力も底をついたし、さすがに今日中に作業をこれ以上進めることはできない。
俺はアレックスたちに明日もまた来ることを伝えてから、家に戻った。
――で。
翌日。
店を臨時休業にした俺は、朝も早くから【ブラッド・メイカーズ】のクランハウスにやって来ると、昨日と同じ物置小屋の室内で机の上を見下ろしながら、腕を組んで考え込んでいた。
机の上には所狭しと並べられたスキル結晶がある。
その数はざっと50近いが、スキルの種類としてはたった三つしかない。
俺が抜き出したスキル結晶の種類と効果は以下の通り。
「魔術師殺しのスキル結晶」
効果は大気中の魔力を無差別に吸収すること。放出系の魔術の場合、この効果によって威力は減衰される。下級の魔術だと術を構成する魔力が吸われて術自体が消えることもある。パーティーメンバーに魔術師がいると、まず使えないスキルだろう。
「鬼火のスキル結晶」
効果は青い鬼火を発生させること。それ以外の効果は皆無だが、鬼火の光は青く、嫌に目につく。
「忌避結界のスキル結晶」
効果は魔物が忌避する波長の魔力を放ち、魔物が近づかない領域を作り出すこと。ただし、常に魔力を消費する上に、効果範囲は半径3メートルが限度になる。
最初の二つのスキルは、呪いのアイテムから抜き出したスキルになる。
『魔術師殺し』は俺も持っているが、呪いのスキルとしてはかなり強力な部類で、数も少ない。『鬼火』は呪いスキルでも悪戯の域を出ないスキルで、効果も弱い代わりに数だけは揃っている。
『忌避結界』は聖職者系の一部のクラスで、アイテムを祝福することで付与できるスキルだと聞いている。ただし消費する魔力が馬鹿にならないため、ここぞという場面で使用するのが普通だ。たとえば旅の途中や危険な場所を探索する時などに、常に使いながら移動する――というようなことは難しいだろう。
これら三種類のスキルを使えば、【迷いの森】に「正道」を開拓することが可能なんじゃないかと思う。
ただし、それには二つの大きな問題がある。
一つは、
「スキルを三つ付与できるアイテムか……あるかな?」
これらのスキル三つとも、同一のアイテムに付与しなければならないということ。
しかも一つだけというわけにはいかない。最低でも十個、あるいはそれ以上に必要だ。とにかく数が揃うほどに良い。
そしてもう一つの問題。
三つのスキルを一つのアイテムに付与したとして、果たして俺の想像通りに作動するのか、ということ。
これはもう、実際にアイテムを作ってみて【迷いの森】で試してもらう他ないだろう。
「なら、とりあえず一個だけ作って、アレックスたちに試してもらうか」
そう決めて、物置部屋の中から良さそうなアイテムを探す。
必要なのは使われている素材の質が良いアイテムだ。これまで『スキル付与』をしてきた経験からすると、宝石や金、ミスリルなどの高価な素材が使われているアイテムほどより多くのスキルを付与できる。
「……これで、良いか」
とりあえず見つけたのは、儀礼用の短剣だ。
柄頭には大きめの宝石が象嵌されており、剣身には金で装飾が施されている、とても高そうな逸品だ。呪いスキルが付与されていた武器だったが、今はスキルを抜いたのでただの短剣になっている。
はっきり言って、これから作るアイテムの用途を考えると「本当に使って良いのか?」と気後れするほど高価な代物だが、これくらいのアイテムじゃないと三つもスキルを付与できないのだから仕方ない。
俺は若干、緊張に手を震わせながら『スキル付与』を行使した。
幸いにして、短剣には三つのスキルを問題なく付与することができた。
【名称】鬼火宿せし魔物忌避する魔術師殺しの短剣
【種別】武器/呪物
【効果】大気中の魔力を吸収し、魔術の構成を脆弱化させる短剣。吸収した魔力で忌避結界を展開し、鬼火を発生させる。必要魔力が不足している場合、使用者が魔力を注ぐ必要がある。
【スキル】『鬼火』『忌避結界』『魔術師殺し』
【耐久値】100/100
呪いスキルが二つ付いているためか、当然のように【種別】は呪物に変化したようだ。
【耐久値】が「100」なのは、この後の使い道を考えて、念のために『リペア』で回復させたためである。
それで、最も重要な【効果】の説明を見る限りでは、やはり俺が想像した通りの効果を発揮してくれそうに思える。
というのも、『魔術師殺し』は大気中から魔力を吸収するというスキルだが、吸収した魔力をアイテムに蓄えるという性質を持っている。
そして『魔術師殺し』以外に別のスキルが付いている場合、吸収した魔力を使って「勝手に」スキルを発動させるのだ。
アイテムに付いているスキルには、パッシブとアクティブなものがある。
一例を挙げれば『毛根死滅』や『斬撃強化』などがパッシブなスキル。アイテムに含まれる微量な魔力によって、常に効果が発揮される。ちなみに魔力は外的要因がない環境化では濃度勾配に従って平均化される性質があるので、消費された微量な魔力は時間経過で勝手に補充される。
そして『忌避結界』や『炎熱付与』などがアクティブなスキル。効果を発揮させるのに大量の魔力などが必要で、使用者が魔力または気力を供給しなければならない。
一方、『衰弱』や『魔術師殺し』のような効果は少々特殊で、使用に魔力が必要となることはなく、むしろそれらを吸収する効果がある。もちろん、効果は永続的だ。
ともかく、今回作ったやたらと名称が長いアイテムならば、『魔術師殺し』で吸収した魔力を使って、『鬼火』と『忌避結界』を永続的に発動してくれる――はずだ。
ただし、テーブルの上に置いた短剣は『忌避結界』を今は発動させていない。
嫌に目につく青い光の玉は、短剣の上1メートルくらいに出現しているのだが。
たぶん、『忌避結界』を発動させるには、吸収する魔力が足りていないのだろう。
「とりあえず、あとはこれを【迷いの森】で試してもらうまで、何もできないか」
俺は『魔術師殺し』の効果と鬼火の光を消すために、魔力遮断効果のある革(特定種類の魔物の皮に、そのような効果がある)で短剣を包み、アレックスのところへ持って行くことにした。
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