【3】おっさん、帰郷する
帝都を出発してから二週間と少しばかり。
長旅の果てに、俺はようやく目的地に辿り着いていた。
帝都ノイデンから南にある辺境の領地。
そこに俺の故郷であるカウンティアはある。
辺境という言葉の響きから想像するよりは、ずっと大きな都市だが、それも当然だ。カウンティアはカウンティア辺境伯領の領都だから、そこそこに大きい規模と、都市を護る立派な防壁を備えている。
そんな懐かしき我が故郷、カウンティアに辿り着いた俺は、都市の中に入ると一直線にとある場所へと向かった。
そこは今は誰も住んでいない家で、大通りからも外れた少し奥まった場所に建っている。
路地に面した側にはドアと採光のための大きな窓があって、一般的な住宅とは趣が違う建物だ。
というのも、今は閉店してしまっているが、俺の生家となるこの家は、かつて雑貨屋を営んでいたのだ。
親父は十年前に、お袋は三年前に他界してしまっているから空き家になっていたが、別に売りに出したわけでもない。所有権は唯一の息子である俺が相続し、三年前にお袋の葬儀のために訪れて以来、帰って来るのはこれが初めてだった。
「ただいま」
正面の店舗側に通じるドアを開けて、中に入る。
薄暗い店内はガランとしていて、埃っぽい空気が充満していた。
もちろん声は返ってこない。
思えばろくに親孝行もできなかった。家を継がずに冒険者なんてやっていたのだから、間違いなく親不孝な息子だったはずだ。
それでも、こうして雑貨屋ではないが、冒険者をターゲットにしたアイテムショップを、ここで開こうとしているのだから、なかなかに因果なものである。
何となくノスタルジックな気分に浸りつつ、俺はズカズカと中に進み――手始めに、家中の窓という窓を全開にした。
まずは掃除。
それから商業ギルドに登録して、開業届を出さないとな。
ああ、いや――その前に冒険者ギルドに行って、冒険者登録の解除と、依頼を出すのが先だろうか。売り物は全て俺がスキルで作成するつもりだが、作成するための素材を仕入れる必要がある。どこかの商会から仕入れるよりも、直接冒険者に依頼した方が幾らか安上がりだし、節約のために自分で集められる物は自分で集めた方が良いだろう。
あと、久しぶりに親父とお袋の墓参りもしとかないと、あの世に逝った時にどやされそうだから、それも忘れないようにしないとな。
やるべきことは色々ある。
忙しくなってきた。
俺は考え事をするのは止め、とにかく体を動かすことにした。
●◯●
住居兼店舗内を換気し、溜まった埃を掃き出して雑巾で水拭きする。
幸いにして最低限の家具やらは残していたから、生活するだけなら困らない。
それでも掃除には丸二日かかった。
店舗側の窓はガラスが割られたりしないように板材を壁に取り付けて覆っていたから、それも剥がさなきゃならなかったしな。
他にも近所に挨拶へ出向くなど、細々とした用事を済ませた。
とはいえ、俺は15歳でカウンティアを出てから、ほとんど帰って来ることはなかったから、俺を知っている人間は昔からここらに住んでいる人だけだ。
それも深い付き合いのある知人は居らず、微かな記憶にある人たちだけ。
そんな人たちに軽く挨拶をして、ようやく掃除も一段落した頃、俺はカウンティアの冒険者ギルドへ向かうことにした。
先にも言ったように、冒険者登録を解除するのと、冒険者たちへの依頼を出すためだ。
必要となる素材がすべてギルドで手に入るはずもないから、やはり、どこかの商会から仕入れる必要はあるが。
ともかく。
細い路地を進んで大通りに出る。
そこから外壁側へ進んで行けば、すぐに冒険者ギルドは見つかった。
隣に解体場と倉庫を兼ねた大きな建物が建ち、ギルド自体も三階建ての大きな造りだ。質実剛健というよりは無骨な印象の建物。
俺は正面の扉から中に入った。
すると――、
「おい! もう残りのポーションはないのかッ!?」
「ダメです! 備蓄どころか販売用の物もさっきので最後ですぅ!」
「くそッ! なら治療院に行って治癒と解毒が使える奴もっと連れて来いッ!」
「ふぇえええんっ! ダメですよぉおッ! 治癒はともかく解毒ができる人は、みんな奥の治療室で倒れてるじゃないですかぁ!?」
「魔力回復ポーションで回復させろ!」
「もう何回も飲ませてます! 限界です! 魔力枯渇から回復しません!」
「なら薬屋に行ってポーション買ってこい!」
「そもそも材料が尽きたから困ってるんじゃないですかぁ!! 残ってるわけないですよぉ!!」
……何やらお取り込み中のようだった。
冒険者たちやギルドの職員たちが、奥の部屋へ続く廊下をバタバタと行ったり来たりしている。
その中でも声を張り上げて叫んでいるのが、筋骨隆々とした髭面の壮年の男と、まだ若い職員らしき少女だ。
他にも見れば、依頼を探す時間帯でも、依頼を終えて帰って来る時間帯でもない、そんな中途半端な時間だというのに、中には冒険者たちの姿が多くあった。
しかもその多くがどこか窶れたような顔で疲労困憊しており、そんな状態でも人々が往き来する廊下の奥を心配そうに見つめている。
俺は邪魔にならないように壁際に寄って、しばらく様子を見ていたが、壮年男性と少女の会話から、どうやら解毒ポーションが必要らしいことだけは分かった。
それもかなり切迫した状況らしい。
俺は意を決して、周りにあれこれと指示を飛ばしている男に声をかけた。
「なあ、あんた」
「あん!? なんだ!? 今は取り込み中だ! 見て分かんねぇのかッ!?」
怒鳴られてしまった。
かなり切羽詰まっているようだ。
それでも人命がかかっているなら、ここで引き下がるべきじゃない。
「解毒ポーションが必要なのか?」
「――なにッ!? もしかして持ってるのかッ!?」
目を見開いた男がいきなり距離を詰め、俺の両肩に手を置いた。
厳つい髭面が至近距離に近づいて来るのに顔を逸らしながらも答える。
「手持ちには初級の解毒ポーションが2本しかない」
「なんだよ……いやでも、その2本だけでも良い、売ってくれ!」
「それは構わんが、もっと必要なんだろう? 初級で良ければ作れるが」
「あん? あんたアルケミストか? せっかくの申し出だが、今、材料がねぇんだ。……いや? もしかして材料も持ってるのか?」
「いや、すまん。俺も材料はない」
「そうか……」
がっくりと項垂れる男に、「だが」と俺は続ける。
「材料がなくても、初級ポーションなら作れるぞ」
「はあ? 材料がないのに作れるわけねぇだろ! 今は下らん冗談に構ってる場合じゃあ…………ぁあ、あ?」
怒気を含んだ男の声が、徐々に戸惑いから驚きに変わっていく。
その原因は、男の体を引き剥がして目の前に差し出した、俺の右手だ。
材料がなくてもポーションを作れる――など、確かに意味不明だろう。下らん冗談と言われても仕方ない。
だが、俺は冗談を言っているつもりはないし、嘘でもない。
百聞は一見に如かず――というわけで、俺は実際に男の目の前でポーションを生み出して見せたのだ。
スキル――『アイテム魔力作成』
男の前に差し出した俺の手のひらの上で、光が凝集し形を作っていく。
それは小さな小瓶に納められた、薄緑色の液体――初級解毒ポーションだ。
これ1つ生み出すだけで「30」の魔力を消費した。攻撃魔術なら上位のものすら発動できるほどの魔力消費だ。
おまけに三十分後には消滅するときている。仮初めに存在しているだけの、不安定なアイテム。
それでも、消える前に使ってしまえば効果は同じだ――ということは、すでに俺自身で確認済みだった。
「なんっだ、こりゃあ……」
男は愕然とポーションを見つめ、呟いた。
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