【27】おっさん、クランハウスに行く
『パーフェクトリペア』の秘密を墓場まで持っていくと決意してから数日、スキルの入れ換えサービスを開始してからは、珍しくもなくなったお客が来店した。
「ロイドさん、こんにちわ」
「よう」
「おお、アレックスじゃないか。スカーレットも、いらっしゃい」
店に入って来たのは、カウンティア唯一のA級クランを率いるアレックスとスカーレットの二人だ。
カウンティアでもトップレベルの冒険者の登場に、店内にいた他の冒険者――といっても三人しかいないが――は、目を丸くしてアレックスたちを眺めている。
対する二人は、そういった反応には慣れているのか、気にする様子もなくこちらへ近づいてきた。
ウチの店はアレックスたちが必要とするような上級のアイテムは取り扱っていない。しかし、スキルの入れ換えサービスは他ではやっていないため、今では高位の冒険者たちがやって来ることは珍しくなくなっている。
その中でも、彼らは一番の常連だった。
流石はA級クランと言うべきか、スキル付きの武器や防具やアイテムを、アレックスたちは多く所有しているためだ。
なのでスキルの入れ換えを頼まれるのも、一度や二度ではなかった。
「確か、【魔女の塔】に行ってたんだろう? 調子はどうだった?」
【魔女の塔】はカウンティア辺境領で唯一のSランク迷宮だ。
アレックスたちのクランは、その迷宮を探索することができる、数少ないクランでもある。
「もちろん、調子は上々です……と、言いたいところなんですけど……」
と、アレックスは苦笑した。
彼らが今回の探索に向かう前、俺は依頼されて多くの装備品のスキルを入れ換えていた。
呪物ではないスキル付きのアイテムと言っても、一概に有用なスキルだけが付いているわけではない。
鍛冶師が打った武器も、迷宮で入手できるアイテムも、付いているスキルの多くはランダムだからだ。
腕の良い鍛冶師ならば、ある程度狙ったスキルが発生するように武器を打つこともできるという話だが、その場合はオーダーメイドになるし、値段もかなり跳ね上がる。
手間も難易度も、ただ単に自分用の武器を打ってもらうのとは桁違いなのだ。
いくらアレックスたちがトップレベルの冒険者とはいえ、パーティー全員の装備をそれで揃えるのは無理がある。
そのため、例えば剣士の装備に『魔力上昇』のスキルが付いていたり、魔術師の装備に『剛力』のスキルが付いていたりと、自分のクラスに噛み合わないスキルが付いていることもある。
そういったスキルを、クラスごとに適合するスキルへと入れ換えるのが俺の仕事だ。
今回、アレックスたちが迷宮探索に向かう前にも、俺が装備品のスキル入れ換えを行っていた。
「何か、装備に不具合でもあったか?」
まさか、何か問題でも起きたのかと問う。
言うまでもなく冒険者の戦いは命がけであり、自分が手を加えた装備で命を落とされたりすれば、後悔するどころの話ではない。
「あ、いえ。装備に問題があったわけじゃないですよ」
だが、幸いにして、そういうわけではなかったようだ。
「むしろ、そっちの方は性能が良すぎてちょっと恐いくらいですね。いつもはそこそこ苦戦する魔物相手にも楽に勝てるようになりましたし。道中の戦闘は、かなり負担が減りました」
「そうか……。そいつは良かった。じゃあ、何が問題だったんだ?」
戦闘が楽になったにしては、アレックスの顔は浮かない表情だった。
「新しい問題が起きた、というわけではないんです。戦闘が楽になったからこそ、前々からの問題が煩わしくなり始めたっていうか……」
「んん? どういうことだ?」
アレックスの回答は要領を得ないものだった。
「その話も含めて、ロイドさんに相談したいことがあるんです」
「相談? それは別に構わないが」
頷くと、アレックスはどこかほっとした顔になった。
「では、ちょっと長い話になりそうなので、ロイドさん、今度店が休みの時に、ウチのクランハウスに来てもらえませんか?」
「クランハウスにか……? ああ、良いよ」
「ありがとうございます!」
俺は唐突な話に面食らいながらも、断る理由はないので了承した。
●◯●
そして次の定休日。
俺はアレックスたちのクランハウスに足を運んだ。
特に案内してもらう必要はなく、クランハウスの場所は把握している。何と言ってもアレックスたちのクランは、カウンティアでは一際有名だ。
カウンティア辺境領で唯一のA級クランであり、規模も最大。所属している構成人数は49人で、【ドラゴンスレイヤーズ】には及ばないものの、クランの規模としては大きい部類だろう。
そのクランハウスは、彼らが主に探索している【迷いの森】や【魔女の塔】へ向かう利便性を考えてか、東門のほど近くに居を構えている。
「ロ」の形をした背の高い三階建ての建物で、訓練も行える中庭を備えているらしい。
ちなみにアレックスたちのクラン名は【ブラッド・メイカーズ】という。
「鮮血職人」とはなかなかに物騒な名称だが、これはアレックスとスカーレットが二人だけでパーティーを組んでいた時の二つ名に由来するらしい。
彼らの戦いぶりが戦場を真っ赤に染め上げるほど苛烈なことから、そう呼ばれ始めた――というのは、ザックから聞いた話だ。
ともかく。
【ブラッド・メイカーズ】のクランハウスに到着した俺は、正面入り口から中に入った。
広い玄関ホールにはちょうど良く人がいて、どこかへ行こうとしていたその男性に声をかける。
「こんにちわ」
「ん? ああ、店主さんじゃないですか」
こちらに向き直った男性の顔を見て、俺も気づいた。
アレックスたち同様、ウチの店でスキルの入れ換えをしたお客さんの一人だ。
相手が顔見知りであったことに、どこかほっとしつつ、用件を告げる。
「実はアレックスに呼ばれて来たんだが……」
「ああ、マスターから聞いてますよ。どうぞこちらへ。マスターのところへ案内します」
「ありがとう、助かるよ」
急ぐ用事でもなかったのか、彼はそのまま俺を案内してくれた。
玄関ホールから続く階段を上っていき、三階へ。そして廊下を少し進んだところで、目的の場所に到着したらしい。
他の部屋よりも少しだけ重厚な扉が備え付けられた部屋の前に立ち、扉をノックする。
「――入って良いよ」
中からそんな声が聞こえ、彼は扉を開けた。
「マスター、よろず屋の店主さんがいらっしゃってますが」
「ん? ここまで来てるのかい?」
「はい」
「ああ、なら入ってもらってくれ」
そんな会話の後に、男性に促されて中へ入ると、アレックスが立ち上がって出迎えてくれた。その横で、ソファに座っているスカーレットが「よう」という感じに手を挙げている。
「ご足労いただいてすみません、ロイドさん」
「やあ、お邪魔するよ」
中にはアレックスたち以外、人はいないようだ。
「では、私はこれで」
「ああ、案内ありがとう」
俺をここまで案内してくれた男性は、すぐに部屋を出ていった。
扉が閉まったところで、アレックスが俺に座るように促す。
室内には応接用のテーブルとソファが一セット置かれていた。
アレックスたちが座っているのとは反対のソファに俺も腰を下ろし、それを見届けて立ち上がって出迎えてくれたアレックスも着席する。
「それで、相談っていうのは?」
今日ここに呼ばれた理由。
俺はさっそくそのことについて質問した。
アレックスは「できれば、で構わないのですが」と前置きして、
「ロイドさんの力で、【迷いの森】を簡単に抜けられるようなアイテムを作れませんか?」
そんなことを言ってきたのだ。
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