【2】おっさん、考える
クランハウスを後にしたその日、俺は街中に借りていた部屋の契約を解除すると(よくある集合住宅の一室だ)、帝都ノイデンを出発した。
我ながらなかなか慌ただしいことだと思うが、長いこと冒険者ギルドには顔を出していないし、特に挨拶しておくべき知り合いもいない。
先代のクランマスターや冒険者としての先輩方も、今は一線を退いてそれぞれ別の場所で暮らしているしな。それは俺の同期である元冒険者たちも同様だ。
そんなわけで、22年ばかりを過ごした帝都ノイデンを後にした。
各都市の乗り合い馬車を乗り継いで、俺の故郷であるカウンティアまでは、だいたい二週間ほどの旅になる。
その間、暇だったからだろうか?
俺は自分の冒険者カードを見ながら考え込む時間が多かった。
冒険者カードには、持ち主の「ステータス」を表示してくれる機能がある。
「ステータス」とは、その人が持つ「クラス」や「レベル」「スキル」それから「魔力」か「気力」のどちらか――クラスによって保有するのはどちらか一方になる――を数値にして表したものだ。
さらにカードを発行するギルドによって違うが、冒険者であれば冒険者としてのランクも表示してくれる。
ちなみに、現在の俺のステータスは以下の通りだ。
【名前】ロイド
【天職】アイテムマスター
【レベル】3
【魔力】1482/1482
【スキル】『アイテム鑑定』『リペア』『アイテム作成』『アイテム分解』『魔力補完作成』『魔力付与』『アイテム魔力作成』
【冒険者ランク】D
これが俺のステータス。
【天職】というのは、いわゆる「クラス」のことで、これは12歳の誕生日を迎えると自然と発生する。
クラスは自分で選ぶことはできなく、基本的に最初に発生したクラスから変わることはない。唯一変わる可能性があるのは、レベルを上げることで発生する「クラスアップ」の時だけだ。
俺が発生したクラスは「アイテムクリエイター」だった。
このクラスは他の生産系職業である「スミス」や「アルケミスト」「マジックアイテムクリエイター」などが作成することのできる、初級――つまりはろくにスキルが揃っていない者でも作成可能な品――を、文字通り「一瞬」で作成することができる。
スキルはレベルを上げることで増えていくのだが、スキルが揃っていない状態では、大した品は作れないのだ。
その点、俺のクラスは特殊だった。
最初から作成可能な物は多岐にわたるが、しかし、その代わりとでも言うように増えることがない。
材料さえ揃っていれば、全てのアイテムを「一瞬」で生み出すことができるという利点はあるが、逆に言えばそれは、作成の過程で改良する余地も工夫する余地もない――ということを意味する。
おまけに、手間も苦労もない作り方が影響するのか、このクラスはレベルが非常に上がりにくいことでも有名だった。
クラスレベルを上げるには、そのクラスに応じた経験が必要とされる。
この経験のことを「経験値」と呼ぶが、アイテムクリエイターの場合、アイテムの作成で得られる経験値が極少なのだ。
だから、アイテムクリエイターがアイテムクリエイターとして活躍することは、ほとんどない。
天から与えられた職能だからといって、全員が全員、クラス通りの職に就くわけではないのだ。特にアイテムクリエイターの場合、「生産職の下位互換」と呼ばれることが多く、多くの者が別の職業に就いてしまう。
ゆえに、アイテムクリエイターをクラスアップさせた者はいない。
いや、いなかった。
俺は冒険者に憧れて冒険者になった。
しかし、自分に冒険者としての才能がないことは、すぐに分かった。
それでも憧れを捨て去ることは辛く、冒険者で居続ける道を選んだ。
そんな俺に居場所を与えてくれたのが、【ドラゴンスレイヤーズ】だ。
だから俺はクランのために我武者羅に働いた。
クランに所属する大勢の冒険者たちが使用する消耗品や訓練用の武器、野外や迷宮でも使える生活用魔道具や、駆け出しの冒険者たちなら問題なく使えるレベルの武器や防具などなど――来る日も来る日も、それらを作り続けた。
アイテムクリエイターは、苦労も手間もなくアイテムを作り出せるが、それも程度による。
何度もスキルを使い続ければ、当然のことながら魔力は枯渇し、魔力の欠乏によって苦しむことになる。
その苦しみを自分で作った初級の魔力回復薬で誤魔化しながら、さらにアイテムを作る。
俺の魔力の「1482」という数値だが、これは生産職としても、あるいは魔術師系のクラスと比べても、結構高い数値だ。
生産職で魔力が「1000」を超える奴はほとんどいないし、魔術師系のクラスでも同様だろう。おそらく上位職でもレベルの高い一握りの者だけだ。
俺の魔力が多い理由は、何度も魔力枯渇を繰り返したことによる。
魔力はレベルアップの他に、魔力の大量消費でしか増えることがないからだ。
ここまで魔力が増えるほど、何度も魔力枯渇を繰り返し、アイテムを作り続けること22年。
クラスが発現してからで言えば、25年だ。
つい一月前、俺はクラスレベル「50」に達し、クラスアップした。
そのクラスが、「アイテムマスター」という職だ。
クラスアップした瞬間、俺は歓喜した。
これでもっと、クランのために役に立つことができると思ったから。
何しろ、俺の知る限り前代未聞の職業だ。
少なくとも現在、ノーザード帝国内においては、アイテムマスターというクラスを発現した者は、俺の他にはいないはずである。
今よりもずっと若い頃、クラスアップ先に希望を託して、何度も何度も調べたのだ。だからたぶん、間違いはないだろう。
そんな未知なる職業ならば、何か素晴らしい力があると思った。
だが、その喜びの感情も、すぐに消えることになる。
俺がクラスアップして新たに覚えたスキルは『魔力付与』と『アイテム魔力作成』の二つ。
『魔力付与』は「アイテムに魔力を付与し、一時的に効果を上げる」というスキル。
『アイテム魔力作成』は「全ての素材を魔力で代用し、アイテムを作成する。ただし作成物は30分で消滅する」という効果のスキルだ。
残念ながら、作れるアイテムの種類も、その品質も上がることはなかった。
確かに特異なスキルではあるが、それだけだ。
だから俺は、クラウスにクランを除名されることになっても、クラスアップしたことを告げなかった。
結局、専門の生産職ほどには役に立てないと分かってしまったからだ。
ならば大人しく身を引いた方が良い。
そう思ってそう決意したはずなのに、こうして暇な時間ができると、本当にまだできることはなかったのかと考えている自分がいた。
レベルが上がって新たなスキルを覚えれば、もしかしたら――と。
「……我ながら、女々しいな」
それが何時になるのかも、そうなる保証もないのに、だ。
もう終わったことだと言い聞かせて、俺はカードをアイテム袋の中に仕舞った。
お読みくださりありがとうございます(o^-^o)