【18】おっさん、不穏な話を聞く
「いやぁ~、マジで助かったぜ、ロイド。これで領主様から叱られずに済む……」
奇妙な魔道具を鑑定した後、上級の魔力回復ポーションを飲んで両目を閉じ、魔力欠乏の辛さを耐えている俺の横で、ザックが心底安堵した、といった様子で言った。
「叱られるって……まあ、お前の立場だとそうなんだろうが……」
まだ体調不良は治っていないが、目を開けてザックを見る。
こいつはこんなんでもギルドマスターだからな。如何に政治には関与せず、国家の枠組みを超えた独立組織で、なおかつ戦争には参加しないと表明している冒険者ギルドとはいえ、各地の領主や国からの干渉や影響を完全にはね除けられるわけではない。
そもそも今回の件はカウンティア領内で起きた変遷の原因究明であり、領主様に報告する義務がある。故意に隠したりしたら確実に罰されるだろうが……領主様と直接会うこともあるザックにしてみれば、隠さなくても原因究明が遅れているだけで、色々言われることがあるのだろう。
「分かるか、ロイド? この歳になって、本気で叱られる辛さが? 何だか、悲しくなってくるんだぜ……?」
遠い目をして呟くザック。
まあ、言っていることは分からんでもない。
歳をとってから本気で怒られると、反省したり逆上したりするより……ただただ悲しくなる。
「そいつは……辛いな」
同情しながらうんうんと頷いていると、
「おっさんども、話を脇道に逸らすなよ」
どこか呆れた様子で、対面に座るスカーレットが話を戻す。
俺としたことが、現実逃避したくてどうでも良い話題に興じてしまった。
「さて……だいたい予想はついてるが……こいつはどっから持って来たんだ?」
気を取り直して、話を本筋に戻すために問う。
この魔道具を、どこから持って来たのかと。
「魔女の森の奥地、ですね。正確には、【迷いの森】となっている領域のすぐ手前です」
答えたのはアレックスで、その答え自体も想像通りだった。
「変遷の原因を探っている内に、魔物が寄りつかない地帯があることに気づいたんです。そこは以前ならば普通に魔物が棲息している場所でした」
魔物が寄りつかない?
少し疑問に思ったが、すぐに氷解する。
あの魔道具の効果ならば、確かに影響を受けた魔物がその場に留まっている、ということは少ないだろう。
「違和感を覚えてそこを中心に探索を進めると、上に雑草が生え始めていましたが、一度地面が掘られてから、埋め直されたような場所を見つけたんです。それで、そこを掘り返すと、出てきたのがこの魔道具でした」
「なるほどな。……っていうか、良く見つけたな、そんなの」
調査に時間が掛かるのも納得だし、そもそも見つけられたのが驚きだ。
「はは、そこはウチの優秀なスカウトやシーフ、ハンターたちのお陰ですかね」
アレックスたちのクランは、ずいぶんと人材が豊富なようだ。
俺が解毒ポーションで治した冒険者がいるってことは、調査以外にもカウンティアに残って活動していた者たちがいるってことだろうし、人数の多いクランなのだろう。
「しかし、原因は分かったが、犯人は分からねぇな……」
忌々しげにザックが呟く。
犯人。
今回の変遷の原因が、目の前の魔道具であることはほぼ確実だろう。しかし、だとしたら、この魔道具をわざわざ地面に埋めて発動した人物がいるはずだ。
その人物の目的が変遷か、はたまたスタンピードを引き起こしたかったのか、あるいは魔道具の効果を実験してみたかったのか、何が目的だったのかは分からない。
だが、今回の変遷が人為的に引き起こされた、というのは間違いがない。
「ずいぶんときな臭い話だが……よろず屋のおっさんが出る幕は、これ以上はないようだな」
俺が考えてみたところで分かるはずもないし、犯人探しは俺どころか冒険者の仕事ですらない。おそらくは領主様が配下を使って調査なされるだろう。
俺がここに呼ばれたのは、話を聞かせるためというよりは、魔道具を鑑定させるためだろうしな。
俺としても、自分の馬鹿みたいに多い魔力が、こんなふうに役立つなんて考えてもいなかったが。
「まあ、また何かあったら頼むぜ、ロイド」
「いや、だから厄介事には巻き込むなと……」
「まあまあ、また奢るからよ。可愛いお姉ちゃんがいる店があるんだ」
「はあ……あのな」
俺はザックに言ってやった。
「荒事以外で頼むぞ」
「おうよ!」
力強く協力を約束した俺たちを胡乱な眼差しで眺めながら、スカーレットが呟いた。
「おっさんになると皆こうなるのか?」
「さ、さあ……? 僕には何とも……」
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