【13】おっさん、ついに開店する
大勢の冒険者たちが魔女の森で素材を採集した翌日。
俺は今日もアネモネの面々に護衛されながら、森の外でポーションを作り、冒険者たちの毒や外傷の治療に当たっていた。
というのも、元々1日で必要な素材が集まるわけもなく、昨日を含めて3日間は同じことをする契約だったのだ。
昨日の時点で解毒ポーションは相当数作成していた。
だから極論すれば、俺が今日もここでポーションを作る必要はない。冒険者たちに解毒ポーションを持たせて送り出せば、それで済む話でもある。
しかし、カウンティアの素材不足は深刻であり、ギルドとしても自分達の備蓄用にポーションを確保しつつ、付き合いのある関係各所にポーションを流しておきたいらしい。それもなるべく早く。
昨日持ち帰った大量の素材をアルケミストたちに卸してはいるが、作成にはそれなりに時間が掛かる。
ゆえに今日明日ですぐにポーション不足が解消されるというわけにもいかず、品質はともかく数を作ることができる俺に、まだまだポーションを作って欲しいらしい。
同時に、俺がここにいれば不足の事態にも対処できる――という思惑がザックにはあるようだ。
不足の事態とは、俺がここに来ない場合に冒険者たちに持たせたポーションが足りなくなることや、初級ポーションでは癒せない怪我の治療だ。
俺は治癒術師ではなくアイテムマスターなのだが。
何だかザックに便利に使われている感は拭えない。
しかし、俺としても自分の店を開くために、諸々の素材をギルドから卸して欲しいという理由もある。俺がここに来ることで彼らの素材採集の効率が少しでも上がるなら、望むところでもあった。
そんなわけでさらに2日間、俺はポーション作成と治癒術師の真似事に勤しむことになった。
ギルドから会計役に派遣されているのはエイミーで、護衛も変わらずアネモネの面々だ。
さすがに彼女らを3日間も拘束するのは気が引けるので、今日も俺の護衛で良いのかと聞いてみた。何だったらザックに直訴して、別に護衛役を見繕ってもらうことも考えていたのだが――、
「そんなこと気にしないでください。私たちの方から護衛役に立候補したんですから」
と、アイシャが言い、テオが冗談めかして、
「そうっスよ。それに、この依頼はギルドからの評価が高いっスからね。さらに上を目指してる俺らとしては、今は金より評価の方が重要っスから!」
と言ったので、ありがたく護衛を続けてもらうことにした。
それに、テオの顔は確かに冗談めかしていたが、その口調にはどこか真剣な響きも感じられた。少なくとも、アネモネが向上心のある冒険者パーティーというのは、間違いがなさそうだ。
それからさらに2日間が経過するわけだが、アネモネの実力は昨日見た通りであり、何度か魔物が森の外に出てきたが、あえて特筆すべき問題も起こることなく、順調に日程を消化することができた。
森を探索していた冒険者たちにしても、毒と負傷は数あれど、幸いにして死者は出なかったようだ。
というのも、大勢の冒険者が近くで活動しているのである。互いに上手くフォローし合って、危機的な状況に陥れば笛の音などで助けを求める体制を整えていたらしい。
そしてこの3日間で、俺はおおよそ二千本近くのポーションを作成した。
ザックがどこにポーションを流しているのかは分からないが、これでしばらくは大丈夫だろうと確信できる数だ。
このまま冒険者たちの活動が活発化すれば、素材の不足も直に解消されるだろうし、変遷で移動してきた魔物たちも駆逐されていくだろう。
そこまでいけば、E級以下の立ち入り制限も解かれるはずだ。
そんな俺の予想は当たり、俺がギルドからの依頼を終えた二週間後には、魔女の森への立ち入り制限は解除されることになる。
それとほぼ同時に、俺はついにアイテムショップ「ロイドよろず店」を正式にオープンすることになった。
●◯●
俺が店を開くために用意したアイテムは、各種初級ポーション、各種生活用魔道具、何の「スキル」も付いていない武器に防具、それから冒険に役立つちょっとした雑貨などだ。
雑貨だけは『アイテム作成』の適用範囲外のために直接工房から仕入れたりもしたが、それ以外の物は全て俺が作成した物である。
素材の採取を冒険者ギルドに依頼したり、商会から卸してもらったりして素材をかき集め、毎日ちょくちょくと作り溜めたのだ。
本来なら幾らかの素材は自分で採取に向かおうと思っていたが、肝心の魔女の森があの状態ということもあり、全ての素材を外注することにした。
不幸中の幸いというべきか、ギルドに大量のポーションを納入したことで懐もだいぶ温かかったしな。
そうして店として恥ずかしくない程度の商品を確保し、今日、ようやく店を開くことができた。
カウンティアへ帰郷してきた当初は、ひっそりと開店して徐々に固定の客がついてくれたら良い――くらいにのんびりと構えていたのだが、開店初日、その予定は嬉しいことにあっさりと覆ってしまった。
息を吐く間もないほど忙しい――というわけではないが、客足が途絶えないくらいには繁盛していたのである。
その理由というのも――、
「よう、ロイド! なかなか繁盛してるみてぇじゃねぇか!」
「よう、ザック! お陰様でな」
店に入ってきたザックに苦笑しながら返す。
「しかし、ギルドの方は良いのか、ギルマス」
カウンティア冒険者ギルドのマスターが、こんな昼間からギルドを空けて大丈夫なのかと聞けば、
「一日や二日、俺がいなかったところで問題なんかねぇさ」
と、それはどうなのかという答えが返ってくる。
「それはそうと、ウチのギルドの奴らが多いな」
「ああ、魔女の森の一件で知り合った冒険者たちに、宣伝しておいたのさ」
「そいつぁ商魂逞しいこって」
ザックが店内を見渡して言うのに答える。
そう、俺の店が繁盛している最大の理由は、冒険者たちが客として来てくれているからだ。
魔女の森での一件で、治療した冒険者たちとはそこそこ打ち解けることができたと思う。
少なくとも各種素材の採取依頼の関係でギルドへ向かった時(素材の引き取りや、新しい依頼を出すためだ)、顔を合わせれば会話するくらいの仲になった冒険者たちは多い。
そんな彼ら彼女らに、アイテムショップを開くことを事前に宣伝しておいたのである。
駆け出しや中堅に至ったばかりの冒険者たちにとっては、初級アイテムの需要はまだまだ多いからな。
そんな初級アイテムを、アイテムクリエイターのほぼ唯一の長所として、数だけは大量に用意することができるから、他と比べてもウチの商品は値段が安めなのだ。
それらの理由もあって、売り上げはなかなか好調だった。
「で、今日はどうしたんだ? 開店の祝いにでも来てくれたのか?」
冗談めかしてそんなふうに聞く。
ザックとは一回りくらい年齢が違うが、不思議と馬が合うのか、こうして軽口を叩けるくらいには仲が良い。不思議と会った当初から、へりくだった態度で接しようと思わなかったのは、ザックの人徳(?)というやつだろうか。
それに今でも俺は冒険者ギルドに依頼をしているし、この二週間の間にも結構な頻度で会っているしな。
今ではお互い気安いといっても過言ではない関係だった。
「おう、おめぇには何だかんだで世話になったからな。店を閉めたら飲みにでも行こうぜ。今日は奢ってやるよ」
「へぇ、そいつは良いな。んじゃあ、ありがたくご馳走になるか」
と、そんなことを話していると店のドアが開いて、また新たに客がやって来た。
「こんにちわ、ロイドさん」
「やあ、アイシャ。それに皆も」
入って来たのはアイシャを筆頭にアネモネの面々だった。
「ロイド殿、開店おめでとうでござる!」
「おめでとうっス!」
「……って、ギルマスも来てたのねー?」
店内はにわかに騒がしくなってきた。
そんな光景を前に、俺は妙に嬉しい気持ちになる。
「おめぇらも来たのか」
「ギルマス、エイミーたちが探してましたよ?」
「何? おかしいな? ちゃんと書き置きは残してきたんだが」
「書き置きしか残していないからじゃないですか?」
【ドラゴンスレイヤーズ】をクビになった時はどうなることかと思ったが、こういう日々なら悪くない――。
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