【12】おっさん、戦いを眺める
スカウトのテオが警戒を促した直後、魔女の森から魔物たちが飛び出してきた。
その数は三匹。
体はそれほど大きくはない。俺が両腕で抱えられる程度の大きさで、形は半分潰れた球体。
正体はスライムだ。
あまりにもシンプルな姿形と、ぷるぷると震える様子からは脅威を感じにくいが、しかし、この場に目の前のスライムたちを侮るような者はいなかった。
「なるほど、ポイズン・スライムか……」
変遷で森の浅い場所に移動してきた四種の毒持つ魔物たち。
他の三種が何なのかは分からないが、毒々しい薄紫色の体を持つ目の前のポイズン・スライムを見るだけで、異常なほど毒に侵される冒険者たちが多かった理由を察した。
ポイズン・スライムは本来、駆け出しの冒険者たちが活動するような場所に出現して良い魔物ではないのだ。
その適正討伐ランクは単体でD級――つまり、今のように複数が相手ならばアイシャたちアネモネの面々が戦うような脅威度で、無理をすればD級の冒険者パーティーでも勝てる、といったところか。
確かにE級以下の冒険者が相手をするのは危険だろうな。
いくら冒険者の生死が自己責任とはいえ、ギルド側としてもいたずらに死者を増やすわけにはいかないのだし。
ともかく――それほどの魔物だ。
その理由としては――、
「イザベル!」
「分かってる!」
アイシャの鋭い声に、イザベルが緊迫した声で返す。
ぽよんぽよんと何処か暢気な動きでこちらへ近づいて来ていたスライムたちが、その体をブルブルと震わせた。
その直後、スライムの全身からボワッと紫色の煙が放出され、周囲一帯へ拡散される。
ポイズン・スライムは爪も牙も持たない。
その代わり、全身から体内で合成した毒ガスを放出する魔物だった。
毒々しい紫色のガスは、すぐに大気に拡散し希釈されていく。視界を遮るほどの紫色も消えていくが、目に見えなくなったからと言って毒性がなくなったわけではない。
風の通りや場所――つまりその場の環境にもよるが、たった数呼吸で戦闘が困難になるほどの毒性が、周囲数メートルに1分ほども残留することがある。
森の中という視界の悪い環境で、しかも下生えの中に潜んでいたとしたら、駆け出し冒険者では存在に気づくのが遅れてしまうだろう。奇襲されて対処できる者は少ないはずだ。
だが、アネモネの面々と森の外という開けた場所で対峙したのが、スライムたちの間違いだった。
「――『ブラスト・ウインド』!!」
杖を構えたイザベルが、魔力を練り上げ幾つものスキルを使って術式を構築する。
そうして放たれた魔術に詠唱というものは存在しなかった。
素晴らしい速度で発動した魔術によりスライムたちへ突風が吹き荒れ、周囲へ滞留していた不可視のガスは吹き飛ばされる。
そして安全となった間合いに、アイシャが駆け込んだ。
接近するアイシャにポイズン・スライムたちは再び毒ガスを放出せんと体を震わせるが、
「『ウォーリアー・ハウル』!! でござる!」
盾を構えたレオンが、大きな声で叫んだ。
『ウォーリアー・ハウル』は敵対する者の注意を引き寄せるスキルであり、アイシャからレオンへと注意を移したスライムたちは、その行動に一瞬の遅延を余儀なくされる。
その瞬間を狙い澄ましたように、テオが何かを投擲した。
「『スタン・ニードル』っス!!」
放たれたのは細い針だ。
だが、針が突き立った瞬間、スライムたちはビクリッと体を震わせて、その動きを止めた。
そしてそれだけの時間があれば、アイシャが間合いを踏破するのは余裕だった。
疾走の勢いのままに、アイシャは抜き身の剣を軽々と振るう――その直前、イザベルから二つ目の魔術が放たれる。
「『フレイム・エンチャント』!」
「『フェザー・ソード』!」
アイシャの振るう剣線が陽炎のように揺らめく。
イザベルの付与によって長剣に宿った膨大な熱量が、剣の通り過ぎた場所の空気を熱し、光の屈折を歪めたのだ。
スライムたちの間を駆け抜けながら、アイシャは軽やかに一閃、二閃、三閃と剣を振り抜いた。
付与の効果もあり、軽く振るわれたようにも見える剣撃は一撃でスライムたちを戦闘不能にしていく。
彼女が足を止めた時には、戦闘は終了していた。
おそらくは核を両断されて形を保てなくなったスライムの体が、ドロリと溶けるように崩れていく。
その後には魔石と二つに断たれたスライムの核だけが残っていた。
「流石だな……」
俺は感嘆しながら彼女らの様子を眺めていた。
まったく危うげのない戦いだった。今更ながら、俺の護衛のために彼女らを占有していても良いのだろうかと心配してしまう。
はっきり言って、俺の護衛なんぞをするよりも、森へ入って魔物を狩った方が遥かに儲けることができるだろうに。
まあ、帰る直前になって言っても、もはや詮ないことだが。
――ともかく、その日はアイシャたちの戦いを最後に都市へ帰還することになった。
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