【11】おっさん、呆れられる
「イザベル、大丈夫かとは、どういうこと? ロイドさんの体に、何か異変が?」
アイシャが一瞬にしてキリリと顔を引き締めて、イザベルに問う。
不思議に思うのは当の俺も同じだ。
別に体調が悪くなったりはしていないが、顔色でも悪く見えるのだろうか?
「んー? 何ていうの? 普通なら異変があるべきっていうかー?」
「さて……俺の体調は何ともないが?」
イザベルの言い様だと、むしろ俺の体調が悪くなっていないとおかしい、みたいに聞こえるな。
そしてそれは、聞き間違いなどではなかったらしい。
「あれだけの魔力を使って、何ともないの?」
珍しく――というほどの付き合いがあるわけではないが、イザベルがどことなく呆れたような顔で俺を見る。
おそらくだが、驚いているのだろう。
そして今の言葉で、彼女が何を気にしているのか分かった。
イザベルは「マジシャン」――つまりは魔術師系の第一クラス(クラスアップする前、一番最初に就いている天職のこと)であり、スキルや魔術で使われた魔力を感じることができるはずだ。
その彼女の感覚からして、今、俺が消費した魔力の量は、普通ならば魔力欠乏で体調を崩していないとおかしい――ということだろうな。
枯渇や欠乏にならないまでも、一度に大量の魔力を消費すれば、それだけで体調を崩す者も多い。
かく言う俺も、昔は全魔力の3分の1ほども一気に消費したら、しばらく目眩で動けなくなることはざらにあった。まあ、今ではすっかり慣れてしまったのか、それとも魔力消費に対する耐性でも出来てしまったのか、これくらいでは何ともないのだが。
「ああ……確かに、500ほどの魔力を消費したが、大丈夫だよ。魔力だけは多い方なんだ」
安心させるように説明すると、三人は三者三様に驚いた。
「ご、ごひゃく!?」
「うそ……! アタシの全魔力より多いわよ……ッ!?」
ちなみに今の言葉はアイシャ、イザベルの順番で、エイミーは「ほえー」とこちらを見上げて、それからなぜかうんうんと納得したように頷いた。
「さすが、ウチのギルマスがお高いポーションを用意したわけですー。上級の魔力回復ポーションなんて、普通の人なら必要ありませんもんねー。逆に魔力中毒で体調崩しちゃいますもん」
感心するポイントがずれている気もするが。
ともかく、俺はイザベルに微笑みながら心配ないと伝える。
「まあ、そういうわけで、俺は何ともないよ。心配してくれてありがとう」
「はあ!? べ、別に心配なんかしてないし!」
何か気に食わなかったのか、イザベルは怒ったようにそう言うと、踵を返して周囲の警戒に戻ってしまった。
「何か、怒らせてしまったかな……?」
不用意な発言はしていないはずだが、これが世代間格差ってやつだろうか。
若者との意思疎通は難しい――などと思っていると、くすっとアイシャが笑う。
「いえ、怒っているわけじゃないですよ。たぶん、照れてるんだと思います」
「照れてる?」
「はい。ロイドさんって、イザベルのお父さんに雰囲気が似てますから」
「お父さん、か……」
確かに、イザベルやアイシャくらいの娘がいてもおかしくない年齢だが、独身の俺としては何とも微妙な心境だ。
「それじゃあ、私も警戒に戻りますね」
そしてアイシャも踵を返して戻っていく。
俺は彼女たちを見送って、それからポーションを瓶に移し返る作業を始めたのだった。
●◯●
その後も冒険者たちはどんどんと素材を採取して持ち帰り始めた。
大量の素材の種類と数を記入して買取金額を算出しなければならないエイミーは急がしそうだったが、聞けば彼女は商人系クラスらしい。素材の鑑定や計算はお手の物で、次々と冒険者たちを捌いていく。
一方、俺の方も忙しくなり始め、とてもエイミーを手伝う余裕はないほどだった。
無事に素材を持ち帰る冒険者たちもいたが、素材採取の途中で仲間たちが毒になったため、一旦戻ってくる者たちも増え始め、先ほど作ったばかりの解毒ポーションで治療することが多くなる。
それだけならポーションを飲ませるだけなので良いが、流石に五十人規模の冒険者たちが素材採取だけに専念していることもあって、積み重なっていく素材の量は相当なものだ。
解毒ポーションだけは切らすわけにはいかない。
そこで先にもう一度、解毒ポーションを100本追加で作成したが、その後は治癒ポーションを100本作ることになった。
というのも、毒を喰らうと同時に大きな怪我をする冒険者たちも増えてきたのだ。
軽傷程度ならば放っておいてもそれほど問題にはならないが、出血が激しい場合や、骨折している場合もあった。
だが、流石に初級の治癒ポーションに骨折を即座に治すような効果はない。
そういう時は解毒ポーションを投与すると同時に、作成しておいた治癒ポーションに『魔力付与』をして与えた。
先日の一件で確信を深めたのだが、どうやら最大まで『魔力付与』をした初級ポーションは、その効果が一時的に中級ポーション並みに引き上げられるようなのだ。
骨折であっても中級治癒ポーションであれば、治すことが可能だ。
『アイテム魔力作成』に『魔力付与』、そしてポーション300本の作成と――ここまでが午前中の成果だった。
当然、俺の魔力でも足りないので、エイミーに言って上級の魔力回復ポーションを1本だけ使わせてもらった。
魔力回復ポーションは、飲めば決まった数値の魔力が回復する――というものではない。
ポーションの品質によって効果の度合いや持続時間は異なるが、時間経過で自然回復する魔力の量が一時的に増大する――というものだ。
今回、俺が使わせてもらったポーションだと、服用からだいたい一時間で俺の全魔力が回復する。
この効果に、俺は密かに感動してしまった。
何しろ上級の魔力回復ポーションなんて、俺も実際に使うのは初めてだったのだ。
初級の魔力回復ポーションだと、効果が切れるまで、精々「100」くらいしか回復しない。それも俺の魔力量では――という話で、魔力がそんなに多くない人だと「20」とか「30」、あるいはそれ以下という場合もあるだろう。
魔力回復ポーションは、定量回復ではなく、割合回復――とでも言うべき効果なのだ。
どんどんと魔力が回復していく感覚に、流石は高価な上級ポーションだと、俺の中の貧乏性が恐れ戦く。
それでも使うべき時に使わなければ意味がないので、遠慮なく使うのだが。
そして昼食を挟んで午後。
解毒ポーションの備蓄は幾らでも欲しいらしく、ザックからは可能な限り多めに作って欲しいと言われている。
なので午前と同様に作成しつつ、2本目の魔力回復ポーションを使わせてもらった。
午後も午前と同じく300本のポーション――ただし、全て解毒ポーションを作成しつつ、作り置きのポーションでは治療できない冒険者たちに、『魔力付与』をしたポーションで治療する。
今日だけで、毒の治療が必要だった冒険者は40人を超えているだろう。これは同じ人物が2回以上毒になった場合も含まれるが。
普段のミスティア大森林ならば考えられない被害だ。
あまりの人数の多さに、いったいあの森の中にはどんな魔物が潜んでいるのかと、元冒険者として微かに興味が湧く。
そんな俺の好奇心に引き寄せられたわけでもあるまいが、森を探索していた冒険者たちも徐々に街に帰り始め、さて俺たちも戻ろうかという段になって、アネモネの斥候役であるテオが、鋭い声で叫んだ。
「警戒ッ!! 森から魔物が出て来るッス!!」
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