【10】おっさん、作成しまくる
「たっ、助けてくれ~ッ!!」
ロイドよろず店出張支店。
開店一番の客は、毒を喰らったらしい仲間を背負って森からまろび出てきた二人組の冒険者だった。
彼らは残念ながら素材を採取してきておらず、解毒ポーションは『アイテム魔力作成』で作ることになった。
半分眠ってヨダレを垂らしていた顔を瞬時にシャッキリと覚醒させ、エイミーが使用したポーションの種類を記録用紙に記す。
俺は作成した解毒ポーションをぐったりとした青年に飲ませてやりながら、微かに違和感を覚えていた。
「お、おお……! 毒が消えた!」
「おっちゃん! ありがとな!」
回復したことで途端に元気になった青年たちが手を振って森に戻って行くのに、「おう、気をつけてな!」とこちらも手を振って見送る。
その後、素材無しの解毒ポーションは3本作ることになった。
採取もできずに毒を喰らって戻って来る冒険者たちが、それだけいたということだ。
加えて、同じく素材無しの初級治癒ポーションも2本。爪か牙で攻撃された後に、毒が回った冒険者がいたのだ。
毒は解毒ポーションで、傷は治癒ポーションで癒すことになる。
ちなみにだが、今回の依頼で使用する治癒ポーションもギルド側が費用を負担してくれることになっている。
「今日来てるのは全員、D級以上の冒険者たちなんだよな?」
治療を終えて冒険者たちを見送った後に、エイミーに確認してみる。
E級以下の立ち入り禁止は、まだ解除されていないはずだからだ。
「ええ、そうですよ」
「なのにこの人数か……」
D級冒険者は、冒険者の中でも一人前と認められるランクだ。
それだけの経験を積んだ者たちであり、ほとんどは戦闘系のクラスを持っているはずだから、単純な戦闘能力なら俺よりもずっと上のはず。
現在のミスティア大森林が、そんな者たちでさえ素材も採取できずにこれだけ毒を喰らうような魔境と化しているのだとすれば、それは確かに都市一つで解毒ポーションが枯渇する事態にもなるだろう。
元々カウンティア周辺には、毒を持つ魔物というのは多くなかったはずであり、解毒ポーションの備蓄もそれなりの量でしかなかったはずだからだ。
加えて――、
「毒を持つ魔物ってのは、一種類じゃないのか?」
今更ではあるが、エイミーに確認してみる。
ここまで四人、治療した冒険者たちは、爪で引き裂かれたような裂傷から毒が回っている者もいれば、体に傷はないのに毒に侵されている者もいた。最初に治療した冒険者が後者のタイプで、魔物から毒を受けたにしては珍しい状態なので違和感を覚えたのだ。
「そうです。何でも四種類くらいの毒を持つ魔物が、変遷で移動してきたみたいですよ?」
「……四種類か、多いな」
毒を持つ魔物が多いのも問題だが、それ以上に危険なのは、外傷を与えずに冒険者を毒にできる魔物がいるってことだろう。
おそらくはガスなどの揮発性の高い毒物を散布する魔物だと思うが、これは気づかない内にパーティー全員が毒に侵され、逃げることも困難になる場合がある。
スカウトやシーフなどの索敵能力や危険察知能力の高いクラスがパーティーにいれば、全滅というのは避けられると思うが……。
「ロイドさん、どうやら第一陣が戻ってきたみたいですよ!」
だが、どうやら考え込む時間はなくなったらしい。
「おーい!」と手を振りながら、意気揚々と森から戻ってきた冒険者パーティーが現れたのだ。
毒を喰らっている様子もなく、素材を入れているらしい背負い袋が大きく膨らんでいる。
「採取してきたぜぇ!」
「はいはーい! じゃあ皆さん、順番に並んでくださーい!」
そしてエイミーが、冒険者たちが次々と背負い袋から取り出す素材を、猛烈な勢いで仕分けし、種類と数を記入し始めた。
しかし、一人で行うには時間が掛かる作業だ。
まだ忙しいというわけでもないし、俺も仕分けを手伝うことにした。
「あ、ロイドさん! ありがとうございます!」
「いや、暇だからな」
そうして二人で手分けして、諸々の処理を終わらせてしまう。
最後にエイミーは冒険者たちが持ってきた素材の合計金額を小さな紙に書き留め、その横にポンッと判を押した。
冒険者たちはこの紙をギルドに持っていけば、記された金額を受け取ることができる――という仕組みだ。
ただし、偽造防止のために換金可能な期間には限りがあるので、注意が必要でもある。
「おしッ! んじゃあ、もうひと頑張りしてくるかぁ!」
「「おおー!」」
書かれた金額が彼らのやる気を引き出したのか、気勢をあげて森へ戻っていく冒険者たち。
それを見送って、俺も自分の仕事に取りかかることにした。
よほど腕の良い冒険者たちだったのか、持ってきた素材の量はかなりのものだ。おまけに解毒ポーションの素材を重点的に採取してきたのか、一度に纏まった分量を作れるくらいの素材がある。
俺は馬車から5リットル入りの小樽を取り出すと、その中に解毒ポーションの素材となる薬草「キュアリーフ」と、魔物素材の代表的な物である「魔石」を、必要量に気をつけながらポンポンと投入していく。
特に魔石は取れる魔物によって品質が異なり、分量が変わってくるから注意が必要だ。
樽の中には予め、蒸留水が4リットル分入っているから、これで準備は完了である。
そこまで終えたところで、俺は横に立つ二人分の人影に気づいた。
「ん? どうかしたか?」
「あ、いえ。すみません。何をしているのか気になって……」
「ロイドさん、見ていても良いですかー?」
アイシャが気まずそうに言い、エイミーが好奇心に瞳を輝かせながら問う。
確かにアイテムマスターの――というか、アイテムクリエイターの作成手順は特殊だから、アイシャたちが物珍しげに寄って来るのも分からないではなかった。
普通、樽の中に素材を何の処理もせずにポンポンと投げ入れていたら、何をしているのかと不思議に思うのも当然だろう。
「まあ、見ていて面白いものでもないと思うが、構わないよ」
俺は苦笑しつつ答えて、目の前の樽に向き直った。
『アイテム作成』ではポーションそのものだけではなく、その容器となる小瓶も同時に作成することができる。ただし、その場合は瓶の材料も必要になるし、消費する魔力も増えてしまう。
なので量を作りたい時には、容器は別に用意しておくのが普通だ。
そして今回作るのは、解毒ポーションを5リットル分となる。
解毒ポーション一つの分量が50ミリリットルだから、100個分だ。
容器を別途用意している場合、一つの解毒ポーション作成にかかる魔力は「5」になる。
100個分だと「500」だな。
俺は樽の上に手を翳して、スキル『アイテム作成』を発動した。
すると、樽の中に大量の魔力が流れ込み、キラキラと光り出す。しかしそれも、そう長い時間ではない。
次の瞬間、光は弾けるように消え――樽の中では薄緑色の解毒ポーションが出来上がっていた。
「すごい……!」
「うわぁーっ! あっという間にできちゃいましたよぉ!?」
一瞬でポーションが完成するという不可思議な光景に、二人は目を丸くして驚いた。
他の職人連中から嫌われていることもあって、人前でアイテムを作るのはずいぶんと久しぶりだ。二人の素直な歓声には、思わず気分を良くしてしまう。
ともかく、後は樽の中のポーションを用意しておいた小瓶に、柄杓で掬って溢さないように漏斗で移し変えるだけだ。
さっそくその作業に取りかかろうとしたところで、
「おじさん、大丈夫ー?」
大丈夫かと聞いている割には、大して心配そうでもない間延びした声がかけられた。
見れば、アネモネの魔術師であるイザベルが、近くに寄って俺の顔を覗き込んでいた。
お読みくださりありがとうございます(o^-^o)