【1】おっさん、職を失う
まあ、薄々は気づいていたけどな。
だから驚きはなかった。
「ロイドさん、あなたをクランから除名することになりました。今後、あなたの仕事は新しく雇った生産職の者たちが引き継ぎますので、ご安心を」
「……そうか」
事前に相談の類いはなかった。
俺がクランを除名になると聞かされたのは、これが初めてだ。
だけど、俺には必要ないはずの「スミス」やら「アルケミスト」のための部屋や設備が準備されたりすれば、嫌でも気づこうってもんだ。
つまり、ちゃんとした専門の生産職を、クランとして雇うことに決めた、ということを。
そうなれば、俺の出る幕などありはしない。
役立たずの「アイテムクリエイター」など、用済みというわけだ。
「……聞かないんですか?」
ここは帝都に居を構える冒険者クラン――【ドラゴンスレイヤーズ】のクランハウス。
そのクランマスターの執務室だ。
そして俺と机を挟んで椅子に座り、こちらに冷ややかな眼差しを向けているのが、現クランマスターであるクラウスだった。
クラウスは現在25歳。
37歳のおっさんである俺からすれば、まだまだ若い。
それでも、その能力は優秀で、冒険者としてもクランの経営者としても、超一流の才能を持ち、努力も惜しまない男だ。
そんな男がクランのために俺を「いらない」と決めたのだから、何も聞くことなどない。
文句を言うのも御門違いというもんだ。
だがまあ、それでも寂しいと思う感情はある。
俺は冒険者になって二年目に、先代のクランマスターに拾われて【ドラゴンスレイヤーズ】に運良く入ることができた。だが、冒険者としては才能がなかった俺は、クランのために「アイテムクリエイター」というクラスで出来る限りの貢献をするべく、がむしゃらに生産に従事してきた。
若い頃は「冒険者として大成する」という夢を捨てられず、先代に無理言って依頼やら迷宮探索に同行させてもらってもいたが、もうここ10年くらいはマトモに冒険者をしていない。
だから聞きたいことがあるか、というクラウスの問いに返すとしたら、「何で俺がクビなんだッ!?」という恨み言ではなく、「俺はこのクランに貢献できたか?」という問いが一番だろう。
「……いや、聞くことなんてないさ」
まあ、結局、聞くことはなかったんだが。
「そうですか……。では、すみませんが、ロイドさんが使っていた生産部屋は、今後倉庫として使用することになりますので、二日以内に荷物を纏めて明け渡してもらえますか?」
「ああ、分かった」
「……ロイドさん」
そこで、クラウスの雰囲気が僅かに変わる。
「これから、どうするつもりですか?」
珍しく心配でもしてくれるのだろうか。
クラウスも冒険者になった頃は人懐っこい性格だった。今では信じられないかもしれないが、俺にも懐いてくれていたんだぜ?
だが、帝都ノイデンでも指折りのS級クランの中で地位が上がり、責任が増えてくると、次第に今の、何事にも感情を動かさない無表情な人間になっていった。
逆に俺としては、クラウスの方こそ心配なんだがな。
今は可愛げの欠片もないが、昔は可愛い後輩だったんだ。
「ああ……そうだな。田舎に帰って、店でも開こうかと思ってる。細々とアイテムでも売って暮らしていくさ」
「そうですか、それは良かった」
クラウスは俺の返答に、なぜか満足そうに頷いた。
「ロイドさん、あなたに冒険者としての才能はないし、それにもう結構な年齢だ。冒険者なんて、さっさと辞めるのが正解ですよ」
「……だろうな」
この会話以降、クランハウスを出ていく時も、クラウスと再び話すことはなかった。
俺がクラウスと再開するのは、だいぶ後のことになる。
●◯●
クランハウスで使っていた生産部屋の片付けは、ほんの一日で済んだ。
というのも、室内にあるのはほとんどがクランのための備品や消耗品であり、俺の私物など微々たるものだったからだ。
その数少ない私物も、アイテム袋に入れてしまえば済む。
俺のアイテム袋は低級の代物で、容量は大したことがない。それでも全て収納できるくらいには、俺の私物は少なかった。
最後に長年過ごしてきた生産部屋をぐるりと見渡す。
壁面の収納棚に所狭しと並べられた、ポーションや魔道具、そして矢や修繕を依頼された武器防具、さらには訓練用の木剣や刃引きされた武器まで――その全てが俺の作ったアイテムたちだ。
とはいえ、全部専門のクラスならば新人でも作れるような初級の代物ばかりだが。
確かに、クランがデカくなってS級という地位に就いた今となっては、全ての分野のアイテムを作れる代わりに、初級の物しか作れないアイテムクリエイターなど、無用の長物なのだろうと、納得せざるを得ない。
それでも20年を共にしてきたこの部屋を離れるのは、寂しい心地がした。
「――お世話になりました」
誰も見ていないのを良いことに、俺は部屋へ向かって頭を下げた。
世話になったのは本心だし、何となく、そうしたいと思っただけだ。
ともかく――生産部屋を後にし、クラウスへ最後の挨拶をするために、クランハウスの上階へ向かう。
しかし、結局クラウスに会うことはできなかった。
途中で出会ったクラン幹部の冒険者に、鬱陶しそうに追い払われてしまったからだ。
「マスターは忙しいんだ。大した用もないのに簡単に会わせられるか!」
「そうか……最後に挨拶したかったんだが」
「そんなことで時間を取らせるな。邪魔だ!」
まあ、こんな感じでクラウスの部屋へ行くこともできなかったのだ。
仕方ないのでクラウスに挨拶するのは諦めよう。確かに今のあいつにとっては迷惑かもしれないしな。
そんなわけで身一つで、20年を共にしたクランハウスを後にしたわけだが……残念ながら見送りの類いは何もなかった。
そのことに寂しさを覚えなかったと言えば嘘になるだろうが、今更気にしたところで仕方ないことでもある。
だが、さっさと帰るかとクランハウスの敷地から通りへ出たところで――俺に声をかけて来る奴がいた。
「おっ! おっちゃん、珍しいな! どっか行くのか?」
見れば、冒険者らしい装備に身を包んだ四人組の若者たちが、こちらに歩いてきているところだった。
彼らは【ドラゴンスレイヤー】所属の冒険者で、若いが新進気鋭として知られる「アイネブリーゼ」というパーティーだ。
声をかけて来たのは先頭を歩いていたジェイミーという冒険者。男っぽい喋り口調で名前も男っぽいし、髪も短くてボーイッシュだが、女性である。
彼らはまだ若手ゆえに、俺と直接関わることが多く、こうして会えば話をするくらいの仲だった。というのも、若手ゆえに俺の作る消耗品や武器、消耗した装備品の修理などを俺に頼ることが多かったのだ。俺に頼めば金は掛からないからな。
一方でクランでも中堅以上になると、初級のアイテムや武器の出番などなくなる。そのため、それぞれの専門職である「スミス」や「アルケミスト」「マジックアイテムクリエイター」などに仕事を頼んでいたから、俺と関わることは自然と少なくなる。
「お、久しぶりだな。護衛依頼から戻ってたのか?」
確かアイネブリーゼは護衛依頼で帝都を離れていたはずだ。出発前に彼ら自身がそう言っていたから、間違いない。
「ああ、そうだぜ。今帰って来たばかりなんだ」
「そうか。お疲れ」
「おう! ……んで、おっちゃんはどっか行くのか? クランハウスを離れるなんて、珍しいな」
そんなジェイミーの言葉に、俺は苦い笑みを浮かべた。
しばらくクランハウスを離れていたためか、俺がクビになったのを把握していないらしい。
「いや、クランを辞めることになってな。生産部屋を明け渡して、今、出ていくところだったんだ」
「え!? そうなのか!?」
「おっちゃん、何かやっちゃったのか!?」
「あれだったら俺たちも一緒に謝ってやるけど?」
俺の返答を聞いて、ジェイミー以外のメンバーも騒ぎ出す。
どうやら俺が何か失態を犯したからクビになったと勘違いしているようだ。だが、こちらを心配してくれているのも伝わってきて、俺は自然と笑みで返した。
「落ち着け。何かやったわけじゃない。ただ、俺ももう歳だからな。田舎に帰ることにしたのさ」
「そう、なのか……。寂しくなるな」
呟くように言われたジェイミーの言葉に、何か報われたような気がした。
口さがない奴らは俺のことを「雑用係」と罵りの意味を込めて口にすることもあるが、ジェイミーたちが「寂しく」思ってくれる程度には、ちゃんと役に立てていたのだと思えて。
「えー、ってか、おっちゃんいなくなったらポーションとかどうすんだよ」
「今回の依頼で装備もだいぶヘタってきたから、おっちゃんに直してもらおうと思ったんだけど」
「安心しろ。俺の代わりに専属で生産職を雇ったみたいだからな。後でそっちに行ってみると良い」
心配する彼らに教えてやると、「そうなのか」と目を白黒しながら頷いた。
新しい生産職がいることも知らなかったのだろう。
「まあ、そういうわけだ。俺はカウンティアで店を出すつもりだから、もしも依頼で来ることがあったら、顔を出してみてくれ。その時はサービスしてやるよ」
「分かった! いつか絶対行くからな!」
「おっちゃん、元気でな!」
「ああ、お前らもな。良い冒険者になれよ」
最後にジェイミーたちと話をできたのは良かった。
俺は意外にも晴れやかな気分で、クランハウスを後にした。
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