小さな魔法医エリカ外伝 ~ミラーナ王女は治めない~
人口3000人程の中規模の街、ロザミア。
ここは『ハンターの街』の異名を持つ程にハンターが多い。
街の住人の半数以上がハンターという街だ。
様々な薬草が豊富に採れ、獣や魔物が多数生息している『ニュールンブリンクの大森林(ロザミアでの通称:西の大森林)』に程近く、ハンター達は薬草採取や討伐で稼いでいる。
王族の直轄地である為、税率でも優遇されている。
他の貴族達が治める領地の税率は、概ね5割前後だが、ロザミアの税率は2割に抑えられている。
そんな街なら大勢の人間が押し寄せて人口が増えそうに思えるが、そうはならない。
どの街でも他の街へ行くには申請・許可が必要で、街を出る理由・目的・街に戻るおよその日取りを明記した書類を書き込んで許可証を発行して貰わなければならない。
そして、他の街への引っ越しが目的なら、税収が減る事を危惧する貴族達が簡単に許可しないのは明白である。
そんなロザミアは王族の直轄地というだけで正式な領主は居なかったのだが、この度王族から成人を迎えた第1王女が正式な領主として赴任しにやって来ると言う。
ロザミアの住人達は…
「綺麗な女性かな?」
「優しい領主様なら良いがなぁ…」
と口々に噂しあい、王女の到着に不安と期待を寄せていた。
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そして王女の赴任当日。
ロザミアの中央部、領主邸の在る円形広場には、王女の姿を一目見ようと大勢の人が集まっていた。
領主邸の前には執事・侍従・侍女・メイド達が列を成して待っている。
そんな中を1台の馬車と、それを囲む騎士達がやって来た。
ざわめく人達。
馬車が領主邸の前で停まり、侍従の1人が馬車の扉を開ける。
中から王女が出て来るが、馬車の陰に隠れて民衆から姿は見えない。
侍従長が挨拶し、王女と共に領主邸の中へと入る。
執事の1人が民衆に声を掛ける。
「これより、イルモア王国第1王女『ミラーナ』様より、ロザミア領主赴任の御言葉を戴きます! 皆様、どうぞ御静粛に願います!」
その場に居る全員が、玄関上に在る小さなバルコニーに目を向ける。
しばらくすると奥の扉が開き、淡いブルーのドレスを着たミラーナがバルコニー最前部まで歩み出る。
肩までのプラチナ・ブロンドが緩やかに揺れている。
「では、どうぞ」
やや斜め後ろに控えた侍従長が促す。
ミラーナはコクリと頷き…
「アタシが今日からロザミアの領主になったミラーナだ! 最初にハッキリと言っておくが、アタシの事を領主だと思う必要は無い! アタシを呼ぶ時も、ミラーナ様だの、王女様だの、領主様だのと呼ぶ必要も無い! て言うか、むしろ呼ぶな! そして税率だが、今の2割から0.5割に引き下げる! また、ギルドに登録しているハンター達の税は免除する! その代わり、ギルドの登録には最低限の実力を示す事を義務付ける! 示せない者は、示せるまで登録不可だ! 現在登録しているハンターも、単に登録しているだけで実力が伴わない者は、ギルドマスターの判断で登録抹消して構わん! 細かい話は直接するから、ギルドマスター及び商店街・食堂街等の代表者達は、この後執務室まで来ると良い! 勿論、今の話に文句がある連中も同様だ! 以上!」
と、大声で一気に捲し立てると、踵を返して領主邸の中に戻って行った。
とても王女様とは思えない言葉遣いと態度に、その場に居る全員が固まっていた。
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最初に執務室を訪れたのは侍従長だった。
60歳近い真面目な男だ。
交代で派遣されて来る、王族の代理でロザミアを治めている貴族達の信頼も篤い。
「ミ… ミラーナ様! 何なのですか、あの御挨拶は!?」
ミラーナは侍従長をギロリと睨む。
「ミラーナ様だと?」
しかしベテランの侍従長は怯まない。
「私は立場上、ミラーナ様とお呼び致さなければなりません。ご理解下さいませ」
「チッ…」
ミラーナの舌打ちに眉をしかめる侍従長。
「…ミラーナ様… 舌打ちなど、王女様とも在ろう方のする事ではありませんぞ…」
その頬に汗が一筋流れている。
「そんな事はどうでも良い。それよりも言いたい事があるならサッサと言え」
ぶっきらぼうに言うミラーナ。
「なんと言っても税制にございます! いくらなんでもあの様な低い税率に加え、ハンターの税を免除してしまっては、王都に税を納めたら幾らも残りませんぞ! この邸宅の維持・管理費に加え、ここで働く者達の給金は如何なさるおつもりでございますか!?」
侍従長の言い分は尤もだった。
しかし、そんな侍従長の懸念を無視するかの様にミラーナは言う。
「それについては心配要らん。既に手は打ってある。お前達は今まで通りに勤めていれば良い」
「は… はぁ、そうでございますか…」
(本当に大丈夫なんだろうか?)
侍従長の不安は拭えない。
その後ろの扉がノックされる。
「入れ」
「失礼致します。ギルドマスターと街の代表者の方々がお見えになられました」
侍女の1人が扉を開け、入室を促す。
「お初にお目に掛かります。私はギルドマスターのマークと申します。こちらは向かって右から…」
「挨拶は要らないよ。まぁ、皆そこに座って楽にしてくれ」
先程までとはガラッと態度を変え、にこやかに対応するミラーナ。
そんなミラーナの態度に不満そうな侍従長。
自分の時にはあんなに厳しかったのに、とでも言いたげだ。
そんな彼の思いも、次のマークの一言で理由が判明する。
「先程、王女様は…」
瞬間、ミラーナの眼光が鋭くなる。
「王女様と呼ぶなと言った筈だが、聞いて無かったのか?」
あまりの迫力に、全員の表情が強張る。
(挨拶の時に呼ぶなと言っていたのに、自分がミラーナ様と呼んでいたのが原因か…)
侍従長は納得した。
(立場上、仕方無い事は理解して欲しかったが… しかし、今後も自分は立場上ミラーナ様と呼ばなければならないし、そう呼ぶ度に睨まれるんだろうなぁ…)
とも思ってはいたが、それを口にするのは止めておいた。
「そ… それでは何とお呼びすれば…?」
恐る恐る聞くマーク。
するとミラーナは柔和な表情に戻る。
「そうだなぁ… 思い付かないなら、ミラーナさんとでも呼んでくれたら良いよ♪ 出来れば堅っ苦しい敬語も止めて欲しいなぁ♪」
慌てる侍従長。
「ミ… ミラーナ様! いくらなんでも…」
言い掛けたところでミラーナが睨む。
「貴様… まだアタシの事をミラーナ様と…」
そう言うと、扉の側で控えていた侍女の顔がひきつる。
当然、彼女もミラーナ様と呼ぶつもりだったからだ。
しかし、ここで働く者達の為にも引くワケにはいかない。
「も… 申し訳ありません! ですが私を含め、領主邸で働く者達がミラーナ様の事を馴れ馴れしくお呼びするワケには参りません! 何卒ご容赦下さいます様、心の底からお願い申し上げます!」
汗をダラダラ流しながら、侍従長は必死の思いで懇願する。
ミラーナは大きく溜め息を吐く。
「はぁ~、解ったよ… 領主邸で働く連中に関しては『ミラーナ様』で我慢するよ…」
侍従長はホッとした。
扉の側に控えていた侍女はミラーナの迫力で極度に緊張していたらしく、その緊張が一気に解けた事で床にへたり込んでいた。
侍従長もへたり込みたい気分だったがなんとか耐え、マーク達はソファーに座っていた事に感謝していた。
メイド達がお茶を用意する中、ミラーナとマークはギルド登録の条件について話し合っていた。
様々な意見が交わされ、ようやく一定の条件が決まった。
「なるほど。では、ハンター登録の最低条件はこれで決まりですね?」
マークがミラーナに確認する。
「税を払いたくないからって誰彼構わずハンターになられちゃ、さすがに困るからね。この程度の条件は必要だろう。それより、やっぱり敬語は直してくれないのかい?」
ミラーナはニヤニヤして聞く。
「勘弁して下さいよ。何も知らないヤツならともかく、ミラーナさんが王女だと知ってて敬語を使わないなんて、我々みたいな平民には考えられませんよ」
疲れた表情で言うマークに、その場に居る全員がコクコクと頷いた。
その様子を見てミラーナが言う。
「出来れば普通に話して欲しいんだけど、それは気長に待つとするか…」
そりゃ無理だろ。
と、全員が言いたい気持ちを堪えていた。
その後、商店街や食堂街の代表が一括で税を集め、王宮に納付する事をミラーナが提案すると、全員が驚いて聞く。
「今までは領主邸に毎月納付してたんですが、何故また直接王宮に!?」
するとミラーナは驚愕の言葉を口にする。
「あぁ、領主邸は取り壊す事にしたからね♪」
十数秒の沈黙の時が流れる。
そして
「「「「「えぇえええええええええええええっ!!!!」」」」」
全員の絶叫が領主邸に響いた。
「ミ… ミラーナ様! それは一体どういう事ですか!?」
青褪めて侍従長が詰め寄る。
それに対し、ミラーナは平然と答える。
「アタシ自身がハンターになるからだよ♪ そもそも、それが目的でロザミアの領主になったんだ。ハンターなら宿屋暮らしで問題無いからね。領主邸は不要になるから、取り壊して土地は売り払う。だから、税は各代表が直接王宮に納付するんだよ♪」
唖然とするマーク達。
侍従長は尚も詰め寄る。
「しかし、それでは領主邸で働く我々はどうなるのですか!? まさにクビにするなどと言う事は…」
サッと手を向けて制止するミラーナ。
「手は打ってあるって言ったろ? お前達は他の貴族の所で執事・侍従・侍女・メイドとして働く事になる。既に複数の貴族連中から了承の返事は貰ってる。全て伯爵以上の爵位を持つ貴族ばかりだから、ここより待遇が悪くなる事は無い。行きたい所が決まったら、アタシが紹介状を書いてやるから安心しろ。あぁ、勿論ロザミアに残って別の職に就くのも自由だからな」
侍従長は勿論、メイド達も全員が唖然としていた。
「それからマークさん、不動産屋を知っていたら紹介してくれないか? 早速だが建物の取り壊しと土地の売却を頼みたいんだ」
マークは頷くしか無かった。
その後、ミラーナは領主邸で働く面々を新たな職場へと送り出し、土地を売却して領主邸を解体。
自身は自ら提案したギルドのハンター登録試験を難なくクリアして登録を済ませ、念願のハンターとなった。
ロザミアの領主でありながら、全く領主として振る舞わない。
それどころか住む場所まで手放してしまったミラーナ王女。
全てが終わった十数日後、当のミラーナ本人からの手紙で事の顛末を知った国王は、あまりのショックに10日程寝込んだのだった。