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0.赤と青の閃光

 俺は走った。


 通行人で賑わう大通りを脇目もふらず走った。息は切れ、真夏の太陽が腕を焦がす。今頃あいつらは悔し泣きをしているだろうな。


 中学三年、最初で最後の地区大会だった。最終演技の鉄棒で落下した俺のことなんか、この世から消したいくらい憎いだろう。


 主将の雅彦まさひこに頼まれなければ、部活動の地区大会なんて出なかった。


 両手は真っ白でプロテクターの跡も残っている。バーにこすった指が熱い。


「見つけたー!」


 雅彦の声が聞こえ、人と人の間をすり抜けた。揃いの真っ赤なTシャツが胸に張りつく。


 あいつに頼まれたから出場した。ダサいTシャツも買った。悔しさと腹立たしさで心臓が爆発しそうになる。


「つっ……かまーえたー!」


 俺は腕を取られた。雅彦は学年で一番足が速い。陸上部の方がお似合いなのになんで体操なんかやってるんだ。


 汗にまみれた俺を捕まえたまま涼しい顔で言う。


しゅん、もうすぐ表彰式だよ。戻ろう!」

「帰る。関係無いし」


「またそんなこと言う。俊も部員だから早く……」


 手を振り落として雅彦をにらむ。


「落下したあと散々だった。わかるだろ!」


 鉄棒の手放し技は「開脚シュタルダーから開脚前方宙返り」、ピアッティの予定だった。D難度、習得したばかりの技だ。


 朝から調子がよかった。ゆかと跳馬は予定より高い得点だったし鉄棒でも難しい技を決められる気がした。


 こいつらを関東大会に連れて行ける、そう意気込んで迎えた団体戦最終種目、ピアッティでバーをつかみそこねた。落下、0・5点の減点だった。


 雅彦が顔を近づけて言う。


「あんな難しい技をやったの、俊ともう一人だけだよ。やり直しは完璧だったじゃない」

「あんなのやったうちに入らない」


 他の連中はどうでもいい、成功したやつがいるのだ。一位にならないと意味がない。

 雅彦は嫌がる俺の手を無理やり握った。


「俊のおかげで準優勝、関東大会出場なんだよ!」


 幼少期から個人戦しか出たことのない俺に「関東大会」は何の重みもない。けれど雅彦がその言葉を口にすると輝いて聞こえる。


 よかったな、そう心の中でつぶやいた。


「俺はいい」

「なんで? 俊は種目別ゆかと跳馬でも表彰されるんだよ。関東大会に進めばきっと鉄棒だって」

「もういいって言ってんだろ!」


 俺は強く手を振りほどいた。


「鉄棒で勝てなきゃ意味がない! あんな連中と関東大会に出て何になるんだ!」

「なんでそんなこと言うの」


 俺を見下ろして言った。はねた毛先が熱風に揺れる。


「一緒に行くでしょ、関東大会」

「行かない」

「俊がいなかったら意味ないじゃん!」

「いたって同じだ、どうせ勝てない!」


 そう叫んで射られた弓矢のように走り出した。雅彦が追ってくる。二度も捕まってたまるか。俺はガードレールを越えて車道に飛び出した。


 体操は勝たなきゃ意味がない。0・01でも高い得点を出して勝つこと、それが全てだ。あいつらが求める馴れ合いなんてごめんだ、俺は俺の体操を――


「俊!」


 雅彦の叫び声が聞こえたその時、クラクションがけたたましく鳴り響いた。


 前に雅彦が躍り出る。バーから手を離す時みたいにスローモーションで車が突っ込んできた。


 次の瞬間、赤と青の光が弾けた。目を開けられないほどの閃光が走り、赤い車は雅彦の体をすり抜ける。


 轟音がこだました。はねられたと思ったが雅彦の姿はなかった。


 何が起きたんだ。必死になって辺りを見渡したが雅彦はいなかった。


 ――其方そなたはやり直しを望むか?


 突如、熱風の中に男の声がした。


 タンマで白くなった指先が震えだす。駅前の大通りは人と車でごったがえしていたが、誰一人、俺を見る者はいなかった。

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