閉ざされた未来
アルティアスの悲劇。
だから、態度を改めろって言ったのに…。
最初が最悪ならより頑張らないとダメよね、っていう感じのアレです。
第二王子、腹黒全開!←
レティシエリーゼ、アルティアス、共に成人としての儀式を終えた16歳のとある日。
アルティアスは相変らずレティシエリーゼに対して素直になれず、でもどうやって接していいのかも分からないまま、既に四年が経過していた。
その間に第二王子はとっくに王太子教育を終え、兄よりも早く王太子として承認を受けている。
アルティアスもどうにか王太子教育を終えたが、それは弟より一年後のことであった。
成人の儀のパーティーではエスコートを見事に断られ、双子の兄に手を引かれ入ってきたレティシエリーゼのなんと美しかったことか。
サーグリッド公爵家直系の証である艶やかな銀髪を1つに結い上げ、蒼い薔薇の髪飾りを着け、ドレスは髪飾りに合わせたような深い深い青。
スラリとした体躯に合わせてあつらえられたマーメイドラインのドレスには、腰に白銀のリボンで大きな薔薇が付けられている。
腕にはパールを縫いつけたシルクのリボンブレスレットが巻かれ、プラチナの細身のチェーンが動く度にゆらゆらと揺れて光を反射させる。
イヤリングはブルーダイヤのシンプルな一粒もの。
背筋を真っ直ぐ伸ばし、堂々とした風格で双子の兄と歩み進む二人の雰囲気に会場は呑まれていたようだった。
国王と王妃の前に並び立つと、レティシエリーゼは優雅に一礼を。
サイラスも同じように臣下としての礼を執る。
「このような場を設けていただき、国王、ならびに王妃様には感謝の言葉しかございません」
「レティシエリーゼ・エル・サーグリッド、成人にあたり王妃様より『蒼銀』との御名を賜りました。これ以上に嬉しいことなどございません。サーグリッド公爵家令嬢として、また、王妃候補としてより一層励む次第にございます」
王妃候補には、当代王妃よりその者に相応しい色を選定し、『〇〇の君』という二つ名のようなものを授けられるという習わしがある。
それに伴い、レティシエリーゼが王妃より賜ったのは『蒼銀』。
銀は勿論、レティシエリーゼの髪色から。そして青ではなく『蒼』なのは第二王子ラクシスの瞳の色であるから。
ラクシスと婚姻を結ばせたい王妃の願いも込められたものであるが、そこまでの理由を知るものはいない。
頭を上げた双子は柔らかな笑みを浮かべ、再度一礼をしてから招待客へも一礼をする。
わぁ、と盛大な歓声に二人は迎えられ、馴染みの令嬢や令息との会話を楽しむ。
「レティ、おめでとう!これ以上ない御名じゃない!」
「ありがとう。真っ先に祝っていただけて嬉しいわ」
レティシエリーゼに駆け寄り抱き付き、心の底から嬉しげに祝いの言葉を伝えたのは第一側妃候補の伯爵家令嬢。
最初から仲が良かった訳では無い二人だが、嫌い合っていたわけでもない。
いがみ合いたくもない思いが共通し、ある日二人は王妃教育が終わってから隠れ家的なカフェに連れ立って向かい、互いの腹の中を遠慮なく話し合う事で思いがけず気が合い、いつしか友人とまで呼べる仲になっていたのだ。
なお、レティシエリーゼが第一王子を心底嫌っているのを知っている数少ない人物の一人でもある。
「で…今日もアルティアス第一王子は……」
「相変わらずに決まっているでしょう?最近なんか、仲良しのご令嬢とのイチャコラを見せつけられる始末よ」
「うわぁ…………ないわ…………」
こそこそと令嬢にあるまじき言葉遣いで、本音ダダ漏れの会話をする二人。
手にしていた扇を広げ、互いにしか聞こえない音量でこそこそと話しているので聞いている人はいないだろうが、扇で隠されていない部分は一切の表情の崩れがないのは王妃教育の賜物とも言えてしまうあたり、悲しき性かもしれないのだが。
「というか、そんなに嫌いならさっさと婚約相手を代えれば良いとは思わなくて?」
「わたくしがレティの立場なら王子引っぱたいて王妃様に嘆願書差し出すところね」
「ねぇまさか……」
「まさか?」
「あの第一王子様、わたくしの気を引きたいとかそんなこと思っているとか…ないわよね?」
「いや、そんなことで気を引けるとか思ってるならそれこそありえなくてよ?」
「そうよね?」
「えぇ」
うん、と二人して大きく頷いてからぱちん、と扇を閉じた。
ふと視線を移した先、何やらチラチラと視線を感じると思えば噂のアルティアスがこちらを窺っていた。
ご丁寧に腕にどこの誰ともよく分からない令嬢を引っさげて。
その様子は王妃も国王も、何なら第二王子であるラクシスもバッチリ見ていて『ダメだ』と三人の心の声はハモっていたりするが、彼らも決して表には出さない。
ラクシスはラクシスで、数日前に王妃と打ち合わせをしてから今日、この日にレティシエリーゼの正式な婚約者となるのは確定しているから、せめて兄に大人しくしてもらいたかったのだが、本格的にダメな方向に拗らせすぎたアルティアスは誰にも予測のできない行動を取ってしまっていた。
もう、あれは無理だろう。
レティシエリーゼからの、アルティアスへの好感度は最初が最初でゼロどころかマイナス。さらに加えて、婚約者がいるのに違う令嬢とベタベタしているだけで、ありとあらゆる感情は間違いなく木っ端微塵になっているに違いない。
「兄上…………甘やかされたツケを、遅ればせながらお支払い下さいね」
に、とラクシスは笑みを浮かべて愛しいレティシエリーゼの元に歩み寄る。
「失礼。サーグリッド公爵家レティシエリーゼ嬢。成人おめでとうございます」
にこやかに挨拶をすると、他の人には分からないだろうが、レティシエリーゼの表情がぱっと明るくなる。
「まぁ…ラクシス王太子殿下。ありがとう存じます」
「レティシエリーゼ嬢、わたしにファーストダンスを踊る権利をいただけますか?」
「えぇ勿論!」
差し出された手を、レティシエリーゼが取ったその瞬間、アルティアスの大声が響き渡った。
「お前!!何をしている!!」
とても小さい声で『うわうるせ』とレティシエリーゼが呟いたのを聞いて、ラクシスはつい噴き出しそうになるが必死に耐えた。
「レティシエリーゼ!貴様、俺という婚約者がありながらファーストダンスまでも!」
「……………………………どの口が、おっしゃいますか?」
低い低い声に、その場がしぃん、と静まり返る。
「第一王子様、わたくしは初対面の頃より今まで、必死に耐えてまいりました。初対面で罵られ、茶会に誘われたかと思えば容姿や家柄も罵られ、挙句の果てに婚約者は代えられる!など脅され…」
「ち、違う!脅してない!」
「どこが脅していないなど………馬鹿にするのも大概にしていただけませんか!茶会の決まりを作れば、わたくしの紅茶だけ飲めないほど苦くして時間をわざと引き伸ばし、文句を言う時間をわざわざ伸ばしておりましたでしょう?!紅茶が無くなるまで、と書いてしまったせいで紅茶を提供せず別の飲み物を提供して!人を馬鹿にして罵って!」
裏目その一。
最初の取り決めをとんでも解釈したアルティアスは、『紅茶が無くならなければレティシエリーゼは帰らない。話ができる!』と思ってしまったのだ。
なので例の取り決め以降、紅茶をやたら渋いものにしてみたり(わざと)、紅茶を出さずにジュースにしてみたり。
アルティアス曰く、もっとレティシエリーゼと一緒に居たかった、らしい。
「う、うまく話せなくて、だな!」
「上手く話せなければ罵ってもよろしいと?ご自分がされたら烈火のごとく怒り狂う癖に………………………あぁ、やはりわたくしを馬鹿にしておりますか」
「違う!俺はレティシエリーゼのことが好きだから!」
「は?」
「好きな子に、その、悪口をつい、言ってしまって…!で、でも、俺が好きなのはお前だけだレティシエリーゼ!」
みるみるうちにレティシエリーゼの顔はとんでもない方向へと変化していく。
手にしていた扇を、マナーが悪いと、失礼だと知りつつ床に叩きつけた。
「初対面の印象が最悪極まりないのに貴方なんか好きになるわけないでしょう?!」
悲鳴のように叫ばれた言葉に、アルティアスの顔色は真っ青になる。
「っ、え…?」
「視界にすら入れたくないわよ、貴方など」
ふい、と視線を逸らされ、呆然としたままアルティアスはレティシエリーゼを見つめ続ける。
「っ、ふ、くく…………」
「ラクシス……何がおかしい!」
「だって、兄上…。これが笑わずにいられますか…?」
す、とレティシエリーゼを庇うようにしてラクシスはアルティアスと対峙する。
「兄上の行動は、何もかも台無しだったんですよ。それに今日の行動も台無しですよ?何ですか、その隣の女は」
「これは…あの…」
「好かれていないのに、レティシエリーゼ嬢がヤキモチなんかやくわけないですって」
ラクシスの背後にいるレティシエリーゼはうんうん、と頷いている。
気配で何となく察したラクシスは思わず笑みが深まった。
「うそ、だろ」
「嘘なんかつく必要はありせんよね。兄上、そろそろ現実を見てください。レティシエリーゼ嬢は、貴方を、好いてはおりません。興味すら抱かれておりません。むしろ嫌われていますから」
トドメを刺すようにはっきり、一言一言告げられ、ついにアルティアスはがっくりと膝をついてしまった。
「それともう一つ。兄上はもうレティシエリーゼ嬢の婚約者ではありません。………僕が、レティシエリーゼ嬢の婚約者になりました。勿論、父上や母上の承認も得ております。…母上に忠告されたでしょう?……レティシエリーゼ嬢は、『王家に嫁ぐ』って」