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取り返しのつかない未来までのカウントダウン

最悪極まりないお茶会から数日。

あれから王妃教育の度にお茶会をしても、レティシエリーゼは、決してアルティアスを名前で呼ぼうとしなかった。

彼女はアルティアスから嫌われていると思っているし、まずもってアルティアスが態度を一切、何も、改めなかったことが大変に大きな要因だろう。


もしも、あのお茶会でレティシエリーゼが突き出してきた羊皮紙にサインをしながらも、彼が少しでも態度を改めていたのであれば、きっとここまで拗れはしなかった。

言いすぎた、ごめん。仲良くしたいと思っているけれど素直になれない!と。

プライドなんか捨ててしまって、これを彼女に伝えれば良かったのに、しなかった。

それどころか、アルティアスは母である王妃にとんでもないことを言ったのだ。


「母上!レティを叱ってください!」


王妃の執務室。

意気揚々と本日午前の王太子教育を終えたアルティアスは、入室するなり挨拶も何もかもすっ飛ばしてこれを叫んだ。

王妃の、羽根ペンを持つ手に力が入る。

そばに控えている王妃の執事は見てしまったし、聞いてしまった。

みしり、という嫌な音を。

『あっこれ、新しい羽根ペン必要だな』と、内心こっそり思いつつ、先日のレティシエリーゼの言葉が余程悔しいやら恥ずかしいやら、様々な感情が入り交じってしまったアルティアスは更に言葉を続けた。


「レティはマナーも悪いのです母上!紅茶を飲まずに捨ててしまったのですよ?将来、王妃となる人間のすることではありません!そう思いませんか?!」


ちなみに、王妃は事の顛末を壮絶な程キレ散らかしたレティシエリーゼから、それはもう細かく内容を聞いている。

その時のレティシエリーゼの表情はまさしく般若であった、というのは側仕えの侍女からの証言である。


「…………………」


王妃は今、その気持ちが良く分かった。

アホだ。

我が子ながら、この王子はとんでもないアホだ。

長男であることから、ある程度ゆったり育ててしまったのが良くなかったのかもしれない。

まず人の言うことをきちんと聞く子にしなければならなかったのに。


「母上、聞いていますか?!」

「聞いております。…何ですか、入ってくるなり挨拶もせず、礼節も弁えずに喋りたい放題喋って…みっともないことこの上ない。大体、あのお茶会で貴方がレティを罵倒しまくったのが原因だということは、側仕えからも話は聞いております。…なんと情けない」

「う、っ…」


こと、と羽根ペンを置いてから息子を冷めきった眼差しで見つめて言葉を続ける。


「わたくしは貴方の母であるからこそ、貴方の態度が照れているだけだと理解しております。ですが、レティシエリーゼは身内ではありません。初対面の相手をぶすくれたような顔で見て、まともに挨拶を返さない相手をだれが好き好んで相手をしましょうか。まして茶会でひたすら罵るなど……王子だからと皆が好いてくれると思っているならば、今すぐその考えを改めなさい」


ピシャリと言い切られ、アルティアスの目にじわりと涙が滲む。


「でも、でも…っ」

「アルティアス、公爵家令嬢が王家に嫁ぐ意味を考えたことはありますか?」

「……………?」

「家同士の繋がりを強固にするための婚姻であり、感情は二の次です。わたくしと陛下もそう。感情で国は良くならないのは分かっておりますね?」

「は、い」

「レティシエリーゼは、我が王家に嫁ぎます。貴方でなくとも良い」

「……は」

「貴方ひとりが王太子教育を受けていると思っているの?」


にこり、と笑って告げられた内容にアルティアスは真っ青になる。

だって、自分は第一王子だから。

第一王子だからこそ、王太子教育をしてもらっているのではないのか。

母であり、国母である王妃は目を細めた。


「我が国は、側妃制度を設けております。仮にわたくしに何かあっても良いように、また、王子に万が一があっても良いように、…そうね。言い方は悪いけれど………スペア、とでも言いましょうか。わたくしはその覚悟を持って王家に嫁ぎ、また側妃もそれは同じよ」


母の言葉に身体が震えてしまった。

途方もない覚悟の大きさ。そして、己の役割と立場を深すぎるほどに理解しすぎている母の様子に、ごくりと息を呑む。

レティシエリーゼも、それを理解しているというのか。


「だって……だっ、て……僕は、王子で…」

「あなたと同い年、もしくは年齢が近い王子は何人いると思っているの?あなただけが王子では無くてよ?」


突きつけられた現実。

幼いから、という理由では逃げられない事実。

自分より優れている王太子候補が何人いるのだろう。そして、自分が王太子になれなければ、初恋の君であるレティシエリーゼが他の男のところに嫁いでしまう。


嫌だ、と言いたいのは山々ではあるが、言ったところでどうにもならない。

ギリギリで己のメンタルを繋ぎ止め、崩れ落ちそうになりながらも王妃に一礼をして部屋を後にした。




コンコンコンコン。

ノックの音がして、扉の外から声がかかる。


「どうぞ、お入りなさい」

「失礼致します、王妃」


一礼をして入り、左手を胸に当てて柔らかな笑みを浮かべる少年が一人。


「我が王国のいと美しき月、蒼月の君にご挨拶申し上げます。……母上様、ご機嫌麗しゅう」

「ありがとう、ラクシス。さ、こちらへ」


ラクシス、と呼ばれた少年は再度一礼をして室内を歩み進め、王妃のデスクの前に背筋を伸ばして立つ。


「兄上はいかがでしたか?レティシエリーゼ嬢に散々なことを言ってしまったのを悔やむどころか、罵倒していたでしょう?」

「えぇ、貴方の予想通りよ」


ため息をつくものの、王妃も第二王子も特に取り乱したりはしていなかった。


「誰に似たのかしら…とは言うまでもないわね。我が夫、この国の国王にそっくりすぎる性格だもの、あの子」

「父上は確か母上に殴られ、罵られ、色々された上、すったもんだの上に結婚されたのですよね?」

「そうよ。何度わたくしが『国のため』と言い聞かせたことやら…」

「兄上はその前にレティシエリーゼ嬢に見限られそうですが」

「レティシエリーゼの精神は限界には来ていないけれど、その内爆発してしまうわね」

「なら……僕から1つ提案があるのですが」

「言ってご覧なさい」


「僕に、レティ姉様をください。こう見えて、愛称で呼ぶことも許可いただいております」


いつの間に、と言いたくなったがぐっと王妃は堪えた。

顎に手をやり、少し考えてから口を開く。


「茶会を開きましょう。貴方と、レティシエリーゼの」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 思春期のプライドが邪魔して素直になれず、自分にとって最小限の傷で済ませようとして、現実にぶん殴られる少年の描写(^^) [一言] 〉まず人の言うことをきちんと聞く子にしなければならなかった…
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