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ゴールド・ブレイド!

作者: CATANA

ねえ、そこのキミ?


もしも自分がある日突然、スーパーパワーを手に入れたとして、そのパワーをどうやって使う?


正義のために戦う?


お金もうけに使う?


それとも異性にモテモテになろうとする?




私? 私はね……。







人生を思いっきり楽しむために、使っちゃう!




 ーーーーーーーーーーーー


ここはとある異世界の僻地にある、打ち捨てられた貴族の邸宅。


人の手が入っていない廃墟にネズミやゴキブリが住み着くのと同様に、この屋敷にも武装したギャングが巣食っていた。


「なぁ、知ってるか? 最近この辺りにイカれた『転生者』が出るって話」


正門の警備を担当しているチンピラの一人が、相方に問いかける。


「そんなの只の噂だろ……転生者『様』の相手なんて、それこそ世界を脅かすような大敵とかじゃねえか。俺たちみてえなチンケなギャング相手に出張ってくるなんて有り得ねえから、安心しろ」


「まぁ確かにそうかもな。おっ、『積み荷』が来たみたいだ。合図しねえとな」


正門へと続く道に荷馬車の陰が現れたことに気がついた男は、篝火を掲げて御者に合図を出した。


合図を目にしたであろう御者は、馬に鞭を打って加速させる。


「お、おい、ちょっと速すぎねえか?」


興奮した馬車馬の嘶きが聞こえてくる距離になって、警備の男たちはようやく異変に気がついた。


が、遅きに失した。


「さぁさぁ皆集まってぇぇ!! 悪党退治が始まるよぉぉ!!」


荷馬車に乗り込んでいたのはいつもの御者ではなかった。


右手に日本刀、左手に銃を握った15、6歳程の少女を乗せた荷馬車が、興奮した馬に引かれ、凄まじい勢いで門に向かって突っ込んでくる。


「く、くるなぁ! 止まれぇ! 止まるんだぁ!」


チンピラが叫ぶが、荷馬車は勢い衰えぬまま正門をぶち破って、敷地内に侵入した。


「着地!」


興奮冷めやらぬまま地面を蹴りとばす馬車馬たちの横で、少女が邸宅の玄関前に華麗な着地を決める。


月明かりに照らされる金色の髪の毛と、紺色のセーラー服を身に纏った少女は不適な笑みを浮かべると、玄関の大扉を蹴り開けた。


「わーお。団体さんでお出迎え?」


剣や斧、弩で武装したギャングたちが、邸宅内に足を踏み入れた少女を取り囲む。


「あのさあ! ここはお互い平和的に歩み寄れない? 貴方が部下たち全員に武器を捨てさせるように説得してよ! そいで裸になってから自分の体を縄で縛り上げて降参すれば、アタシも貴方たちのこと斬ったり撃ったりせずに済むんだよね!」


「殺せぇ!」


ギャングのリーダーの男は少女の要求を拒み、部下に命令する。


「あっそ。だったらいつも通りのやり方でいきますか」


男たちが武器を振り上げ、少女に襲いかかってくる。


「『転生者』キリエ、いっきまーす!」



ーー能力(スキル)発動 ・身体強化(エンチャント)



ガキィン!!


「な、なんだと……?」


「転生者」の少女は、片手持ちの日本刀で、男たちの攻撃を受け止めていた。


そのまま強化された腕力で男たちの武器を弾き返し、体勢を崩させる。


ーー能力技巧(スキルアーツ)三日月斬り(クロワッサン)


三日月の形を描く横薙ぎの斬撃が放たれ、男たちは鮮血を噴き上げてその場に倒れ込む。


「お次はこの子たちの出番!」


少女は腰のホルスターからフリントロック式の形をした銃を2丁抜き出すと、周囲のギャングたちに銃口を向ける。


能力技巧(スキルアーツ)百貨繚乱ゴールドラッシュ!」


2つの銃口から放たれた金貨の雨が、ギャングたちに襲いかかる。


高速で放たれた金属の塊は男たちの肉を容赦なく抉り、少女が弾を打ち尽くす頃には、立って戦える人間は数えるほどとなっていた。


惨憺たる有り様を目の当たりにしたリーダーは真っ青な顔で自室へと飛び込み、内側から鍵をかける。


「あっ! ちょっと待ってよ! アンタに逃げられたら困るんだけど!」


運良くダメージを受けず、健気に襲いかかるギャングを片手間に斬り捨てながら、階段を登っていく。


リーダーの部屋のドアをガタガタ言わせると、少女はおもむろに刺突の体勢に入った。


ーー能力技巧(スキルアーツ)・獅子落とし


金属製の頑丈な鍵が突き壊され、あっさりと突破される。その光景を前にしたギャングのリーダーは甲高い悲鳴を上げた。


「た、頼むから命だけは……ぐえっ!」


惨めに命乞いをするリーダーにテーブルを蹴り飛ばし、そのままテーブルを足で支えて、壁との間に挟み潰す。


「鍵」


「わ、分かった……金庫の鍵だな?

すぐに渡すから、中身は好きなだけ持ってーー 」


「そうじゃなくて、全部の鍵」


「……へっ?」



 ーーーーーーーーー



「はいみなさー……ってあぶなっ!!」


邸宅の地下室の扉を開放した少女を出迎えたのは、鋭い斧の投擲だった。


「何者だい! この子たちを傷つけようってなら、ただじゃおかないよ!」


壮年の女性が次の手斧を握りしめながら叫んでいる。


彼女の背後ではぼろ切れ同然の衣服しか身に付けていない女の子たちが、怯えた様子で少女のことを見つめていた。


「ちがうちがう! アタシが言いたいのは……」


 少女は女性の足元に、全裸で縛り上げられて猿轡まで噛まされたギャングのリーダーを投げ捨てた。


「貴女たちを奴隷として誘拐したギャングは壊滅したってこと。こいつはそっちの好きにして良いよ。ギタギタにするなり、当局に引き渡すなり、笑顔の贈り手(スマイリーズ)に売り払うなり……いや、それは止めといたほうがいいかな……あっ、あとこれも」


女性の足元に、ずっしりと重い袋が投げ落とされる。その中身が金庫の中に隠していた金塊や宝石、金貨の束であることに気が付くと、ギャングのリーダーは激昂して海老のように体をくねらせた。


「アタシの取り分は回収したからさ。残りは全部貴女たちにあげる。今後の生活を守るために使ってチョーダイ♡」


「ま、待って!」


女性は手斧を取り落とすと(ギャングのリーダーが恐怖の呻きを上げた。鼻が切り落とされそうになったのだ)、背中を向けたキリエのことを慌てて呼び止める。


「その……助けてくれたことには感謝するよ。でもここまでしてくれるなんて……せめて理由と、名前だけでも教えてくれよ」


「まぁそれもそうだよね。助けた理由は、アタシが他人を虐げる全てのカス野郎の敵だから。そして肝心の名前は……」


少女は低い姿勢で決めポーズを取った。


「地獄からの使者、『ゴールド・ブレイド』!!」
















「……ごほん」


 冷たい沈黙に耐えきれず、少女は咳払いをする。


「ごめん、今の忘れて。名前はキリエ。誰かに聞かれたら、強くて可愛い美少女だったって広めといてね♥ バーイ♥」


キリエと名乗る少女は最後までおちゃらけた態度のまま、呆然とする女性たちを残してその場を後にした。




ーーーーーーーーーーーーーーー



次の日の夜、キリエはとある街の酒場で人々と共に大いに騒いでいた。


「さぁさぁみんな飲みまくって!! 今夜は全部アタシの奢りだよぉ!!」



「ひょー、最高!」


「『ゴールド・ブレイド』、バンザイ!!」


「転生者様様だなこりゃ!」



「まぁまぁまぁもっと褒めてチョーダイな!! さて、と……」


キリエは手のひらサイズの石版の形をした道具を取り出し、人間、獣人、エルフ、オーク、そしてゴブリンらが別け隔てなく酒を飲んで楽しむ風景にかざす。


「パチリ! と……撮影完了! 『ハピッター』にアップロードしよっと!」


キリエは石版に投影された画像を指で操作してから、カウンターの椅子に座り直して酒場の女主人に向き合った。


「ねぇデイジーさん。この『スマートリトグラフ』……『スマリト』ってさ。これを開発したのもアタシと同じ転生者なのかな?」


「さあね。私にはそういう若い子が使うものはよく分からないよ」


「もう! 美魔女の癖に、謙遜しちゃって!」


キリエはラム酒を勢いよくあおると、カウンターのテーブルに上半身をぐでっと横たわらせる。


「なんだい? なにか不満でもあるのかい?」


「不満っていうか……不安かな。アタシってこのままで良いのかなって。シケたギャングを叩きのめして、その金で飲んだり食ったりを楽しんで……同じ毎日の繰り返し。刺激ってものを感じられないんだよ」


「平和な人生なんて、大体そういうものさ。世界を揺るがすような巨悪なんてのは、あんたより前に来た転生者たちがあらかた片付けちまったそうだよ」


「ぶー!」


 キリエはふくれっ面で不満の声を漏らしていたが、ふと酒場の片隅に怪しい風体の男が座っていることに気がついた。


「さて……そろそろ行くか」


フードを被り人相を隠したその男は、金貨をテーブルに残して酒場の出口へと向かう。


「やめときな、キリエ」


反射的に後を追おうとしたキリエの腕を、デイジーが引っ掴む。


「あいつ、この辺りじゃ見ない顔だ。ああいう輩には無闇に近づかないのが長生きの秘訣だよ」


「ご忠告どうも。だけどね、『ああいう輩』をとっちめるのがアタシの仕事なんだよね」


キリエはデイジーの手を振り払いながら言った。


「それに、アタシ失敗しないので☆」


いたずらっぽくウインクをして酒場を後にするキリエの背中を、デイジーは不安げに見つめていた。


「フレイヤ女神様、あの子の悪運が尽きないように、見守っておくれよ……」


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


ろくに整備されておらず、滅多に使われていない崖沿いの街道。


その街道を2頭の馬車馬が、大型の貨物を積み込んだ荷車を引いて進んでいた。


「はーい、そこでストップ!」


 幌馬車の前に、銃を構えたセーラー服の少女が立ちはだかる。


「さて問題です。こんな真夜中に、崖沿いの危なっかしい街道を使ってまで運ばなくちゃいけない貨物は何でしょう?」


 フードを被った御者の男は、わざとらしく大きなため息をついた。


「一介の運び屋がわざわざ貨物の中身なんて詮索するか? 仕事の邪魔をすんじゃねえよクソッタレ」


「どうせ違法な武器か麻薬ってところでしょ。悪いこと言わないから街までもどって当局に自首ーー」


破裂音が鳴り響き、キリエの足元の地面が抉られた。


「失せろ。次は脳天に風穴が開くぞ」


フードの男の手には銃が握られていた。


「……たまには穏便なやり方が通用する人にも会いたいなぁ……能力(スキル)発動」


キリエは強化された身体能力で放たれる銃弾を掻い潜り、男の眼前で大きく跳躍する。


「はい、おしまーー」


「……能力(スキル)発動。」


「!?」


次の瞬間、男の手元に青白い光の粒子が凝縮した。粒子は先程の片手銃とは比べ物にならない大きさの火器を作り出し、その銃口が中空のキリエに向けられる。


青龍砲シェンロン・ランチャー


「やば!」


銃口から放たれた拳大の光弾を、キリエは刀の腹で遮ろうとした。


光弾は刀に触れると同時に轟音を立てて爆発し、少女の体は地面に打ち付けられる。


「あつつ……ふー、ふー!」


直撃を避けたにも関わらず、キリエの手には爆熱による軽い火傷ができていた。気休め程度に息を吹きかけてから男の方に向き直る。男は能力(スキル)によって構築された銃を携えて馬車を降りていた。


「なるほど。最近この辺りで騒ぎを起こしているって噂の、能力(スキル)持ちのガキか」


男はそう言うとフードを放り捨てて、その姿を顕にした。白髪交じりの髪の毛に、幾つもの古傷が刻まれた肌、そして左目の眼帯。その風貌は、男が歴戦の戦士であることを如実に示していた。


「ああ。やっとそのパル○ティーンみたいなフードを脱いでくれた。本気でやろうっての?」


「パル○ティーン? お前……ニホンジンか?」


「ええ。大当たーーちょっと待った。もしかしてあんたも転生者? なら聞きたいことあるんだけど?」


キリエはそう言うと、ジグザグに高速移動しながら男との間合いを詰めていく。男は青龍砲シェンロン・ランチャーの2つある銃口の内、小さな方から高速の光弾をいくつも打ち出して対抗した。


キリエはそれらの弾を紙一重で避けていき、避けきれない分は刀で斬り弾く。


「ス○ー・ウォーズの続三部作の最高傑作はどれだと思う!?」


 ガキィンッ!!


 男は上段に振り下ろされた刀を、すかさず銃身で受け止めた。


「続三部作の最高傑作だとぉ……?」


 男は両腕に力を込めて、キリエの体を突き放す。


「旧三部作以外は認めねぇ!」


「はぁうっ!」


キリエはボディブローを喰らったかのような奇妙な声を出した。


「『最○のジェダイ』はシリーズ最高傑作でしょうが! 獅子落とし!」


怒りに任せた刺突を、男はすんでのところで躱した。刀の先端が右腕の一部を切り裂き、地面に血が飛び散る。


「『最○のジェダイ』が最高傑作……? だったら『スカイ○ォーカーの夜明け』はどうなんだ!」


「それに関してはノーコメンツ!」


 リエと男は、転生者の中でも一部の界隈の人間にしか理解できないであろう口論を繰り広げながら、一進一退の攻防を続けていた。



「っ……!?」


 やがて男は自分が崖際まで追い詰められていることに気がついた。体のバランスが崩れ、そのまま落下しそうになる。


「やばっ!」


 キリエは反射的に男の胸ぐらを掴んで、彼の体を崖の上に引き上げた。


「馬鹿が……!」


男は舌打ちをすると、その隙を突いてキリエの首を右手で掴み上げる。


「か……は……!」


「その甘さが命取りになるんだよクソガキ。俺は仕事の遂行に手段は選ばねえ」


もがくキリエの体を崖際へと持っていく。崖下には黒い蛇のような急流が流れていた。


「『サラマンドラ』の仕事にちょっかいを出したのが運の尽きだったな」


そう言って右手を離すと、キリエの体は重力に従い、無慈悲なほどに呆気なく崖の下へと落下していった。


「……次はねえぞ」


 サラマンドラは崖下から水音が響くのを確認すると、銃を肩に担いで荷馬車の方へと戻っていった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「(何てことをしてくれたの……!)」


「(アンタは最低の女! クソみたいな本性を小綺麗な言葉で飾り立てて……! こうなったのは当然の報いだって分からない!?)」


「(それが母親への態度なの!?)」


「(もっと上等な避妊具を使うべきだったね!!)」


「(ちょっと……待ちなさい! どこへいくつもり!?)」


「(あんたのいない場所ならどこでもいい!!)」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「うぶっはぁ!!」


急流の中で意識を取り戻したキリエは、必死にもがいてどうにか川の中の大岩にしがみついた。


「うぐ……ぶへっ!!」


全身の痛みを堪えながら岩の上へと這い上がり、胃液混じりの川の水を吐き出す。


「……はぁ……はぁ……嫌なこと、思い出しちゃったな……」


キリエは苦虫を噛み潰したような顔で思い出を反芻する。それでもまずは、水死体にならずに済んだ自身の悪運の強さに感謝して、その場で寝転んだ。


「さて……これからどうしようかな……」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 翌日の夕方ーー。


街道から離れた山中の茂みの奥で、サラマンドラは焚き火を無言で見つめていた。火の周りでは串に刺さった蛙やキノコ、川魚が炙られている。


そのうちの一つに手を伸ばそうとして、サラマンドラはすかさず能力(スキル)を発動した。


 荷車の中で物音がしたのだ。


「(たっく……あのガキ、まだ諦めてねえのか)」


腰を上げて青龍砲シェンロン・ランチャーを構え、荷車の後部に掛かっている垂れ幕を払う。


「な……!」


そこにいたのは昨日川に突き落とした小娘ではなかった。更に言うとそこには人は誰もいなかった。


 ガタガタッ!


「!!!」


 荷車の中で動いていたのは、「荷物そのもの」だった。大きめの木箱がガタガタと揺れ動いている。


「……くそっ……」


サラマンドラは悪態をついて目を逸らす。想像してはいたものの、認めたくはなかった現実が、自身の眼前に突きつけられているのだ。


 バキャッ!


木箱の蓋が吹き飛び、中から姿を現したのは、金色の瞳の幼女だった。


「およよ!?」


素っ頓狂な声を上げて周囲を見回す幼女。その腕は美しい青と金色の羽で覆われており、人外の種族であることは明らかである。


「パパ!?」


「……違う」


「じゃあママ!?」


「ママでもない!!」


「それじゃあ探しに行かないと!」


「おい待て!」


鳥の姿の幼女は箱から飛び出し、サラマンドラが伸ばした腕もスルリとかわして荷車から抜け出す。


「あっ、食べ物だ!」


幼女は焚き火で良い感じに炙られた魚や蛙に飛びつくと、貪るように齧りついた。


「あふっ、はふはふ! おいひい!」


「……満足したらそのまま荷車に戻ってーー」


「そのまま、観賞用のペットとして売られてくれってこと?」


サラマンドラの背後から、見覚えのある顔の少女が姿を現した。


「小娘……!」


「一応、キリエって名前があるんだからそう呼んでよ。一度殺しかけた仲じゃん」


「減らず口を!」


「有翼族の奴隷売買はだいぶ前に禁じられているはずだけど、雷鳥(サンダーバード)は珍しくて綺麗だから、時々クソ金持ちが卵の密輸入を試みるんだよね」


キリエはそう言うと、串をぺろぺろと舐め回す雷鳥の子の右隣に座り、その肩を抱き寄せる。


「あんた恥ずかしくないの? この娘の自由を産まれた瞬間から奪って、両親の顔にも会わせないだなんて」


「……」


 サラマンドラはキリエに向けていた青龍砲シェンロン・ランチャーをしまうと、雷鳥の子の左隣に座った。


「……俺は……この世界に来る前から、国の命令で汚い仕事をやっていた。この世界に転生してからは少しはマシな人間になろうとしたが……結局カタギの社会には馴染めなかった」


「ふうん……」


「恥は金にならねえ。俺はこの仕事をこなして報酬をもらう。もし邪魔する気なら、今度こそお前を殺さなきゃならねえな」


「……そう。あんた、私と境遇少し似てるね」


「何だって?」


サラマンドラは苛ついた様子で言った。


「私の母親さ、活動家だったんだ。私も『女にも強く、逞しく、自由に生きる権利がある』って聞かされて育って。その手の映画とかも大好きだった。キャプテン・◯ーベルみたいなヒーローに憧れてたの」


「ご立派なことだ。俺のお袋は親父に何度殴られても文句のひとつも言えない女だった。代わりに俺が頭をかち割ってやったけどな」


「私が中学生になる頃には『ご立派』なのは外面だけだったことに気がついたの。SNSでひたすら社会問題に噛みつく割には、自分の部下にはパワハラしまくって、家にしょっちゅうガラの悪い愛人連れ込んで、気弱なお父さんが抗議すると、暴力ふるってた」


「……」


「私、この世界に来て能力(スキル)貰ってさ。前世の記憶の一部が欠けていたから、とりあえず自分の人生を自由に楽しもうと思ったんだ。映画に出てくるスーパーヒロインみたいに悪党ぶちのめして、虐げられる女の子を助ける。実際やってみると、すごく楽しかった」


「だったらそのまま適当なチンピラでもしばいて楽しんでろ。俺の仕事の邪魔はするんじゃねえ」


腰を上げて雷鳥の子に近寄ろうとするサラマンドラの前に、キリエは立ちはだかった。


「それってこの子たちが親の顔も知らないまま、金持ちのペットとして鳥かごに閉じ込められるような事態を見て見ぬ振りをしろってことだよね? あんたの基準ではそれが『楽しいこと』の範疇に入るっての?」


「それは……」


「私は自分の人生を心から満足して、楽しみたいと思っているの。あの女みたいに外側だけ自由に逞しく生きているように繕って、自分の本能に振り回されてるような生き方はやりたくない。だから相手が手強いからって、酷い行いから目を背けるような惨めな人生はごめん!」


キリエはサラマンドラの手首を強く掴んだ。


「あんた、『少しはマシな人間になろうとした』って言ってたよね!? それって今からじゃ手遅れなの!? もう『マシ』な人間にはなれないって本当に、心の底から、思ってる!?」


「俺……俺は……」


サラマンドラはしばらくの間顔を背けていたが、やがてキリエの視線を正面から受け止めた。


「この荷車は今夜、日付が変わる前に港に着くことになっている。そこで『荷物』は船に積み込まれ、夜が明けて衛兵が出てくる前に、港を出るという手筈だ」


「ふぅん。なるほどね」


キリエは口角を上げ、手を伸ばした。


「……何のつもりだ」


「これで私たちは共犯関係ってこと。情報ゲロっちゃた以上、向こうにしてみればあんたは裏切り者でしょ?」


「……確かにな」


サラマンドラは疲れた笑みを浮かべて、差し出された手を握りしめた。


「計画はあるんだろうな? 港はギャング共がゴキブリみたいに大量にいるぞ。おまけに仕切り役は能力(スキル)持ちって噂だ。真正面から行けば、俺たちは確実に魚の餌だ」


「任せて。最高の作戦を考えてるから」


キリエはそう言うと、満腹になってその場で居眠りを始めた雷鳥の子の体を、毛布にくるんで荷車に乗せた。


「もう少し待っててね。お姉ちゃん、あなたを売りさばこうとする悪い奴らを、叩きのめしに行くから」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


深夜零時頃の港では、顔面の下半分を覆面で覆った無法者の集団が、夜の闇に紛れてコソコソと貨物を大型船に運び込んでいた。


「おい、サラマンドラだ」


ギャングの一人が、荷車の到着を小声で仲間に知らせる。


「約束通り運んできたぞ。報酬をもらう」


「焦るな。荷物が無事かどうかを確認する」


ギャングの一人が垂れ幕を払って中を覗くと、渋い顔をしてサラマンドラの方を睨みつけてきた。


「一人孵化してんじゃねえか……」


「不可抗力だ。一応拘束はしているから騒がれる心配はない」


「ふん、いいさ。『ゴールド・ブレイド』みたいなやつがうろつく道を踏破しただけでも大したもんだ。報酬を受け取りな」


サラマンドラは投げ渡された金貨の袋をしまうと、そのまま踵を返して港を後に――はせず、周辺の岩陰に身を隠して、船に積み込まれていく貨物の動向を見守った。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


大型の密輸船の船倉の内部には、あらゆる禁輸品が詰め込まれていた。麻薬は勿論、裏のルートから入ってきた宝飾品や絵画に希少な素材。そして雷鳥の卵。


船倉に異常がないかを調べるために、一人のギャングがランプを持って見回りに来た。


「……何だ? 蓋がちゃんと閉まってねえじゃねえか」


ため息を付いて、隙間の開いた木箱の縁に手をかける。


その瞬間をキリエは狙っていた。


ーー能力技巧(スキルアーツ)満月落とし(ムーンサルト)


木箱の蓋をぶち抜く勢いの蹴りがギャングの顎を捉え、哀れなその男は自分の顎の骨と歯が粉々に砕ける音を聞きながら、天井に突き刺さった。


「潜入成功♡」


キリエは楽しそうに口笛を吹き、木箱の中から船倉へと這い出る。


異音に気がついた他のギャングたちが一斉に船倉へと押しかけてきた。


「この野郎! 撃ち殺しーー」


「馬鹿! 貨物に傷でもついたら俺たちどうなるか――ぎゃあ!」


ギャングたちにとっては船倉にある貨物すべてが貴重な商品である。だが、キリエにとっては雷鳥の卵以外、いくらでも傷物にして構わない代物だ。


うかつに武器も振り回せないギャングたちなど、キリエにとっては数が多いだけのマネキンである。


またたく間に船倉はギャングたちの悲鳴で埋まっていき、やがて傷を追った無法者たちのうめき声だけが響く、静寂が訪れた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「なんだぁ、てめえ……? この『爆撃のウェンディゴ』様のシノギを邪魔しようってのか……?」


看板に繰り出したキリエを待っていたのは、逆だった茶髪に凶悪な面構えが特徴的な男だった。


「うん。そうだけど。駄目?」


「……へへっ」


キリエの素直な物言いにウェンディゴは苦笑を漏らす。


「面白えガキだな。おいてめえら、手出しすんじゃね―ぞ」


周囲のギャングにそう言い含めると、ウェンディゴの手のひらに赤い光が集中する。


 ーー能力(スキル)発動 ・爆破楽(ボンバイエ)


「俺の能力(スキル)をとくと味わいな! 能力技巧(スキルアーツ)乱れ華(サザンカ)!」


ウェンディゴの手から放たれた無数の光弾は、不規則な軌道を描いてキリエに襲いかかってきた。


「まったく! 爆発能力の使い手ってろくなやつがいないよね! 能力技巧(スキルアーツ)金貨弾(コイントス)!!」


キリエは刀を高速で振り回し、光弾を弾き返していくが、幾つかは近距離で爆発を起こして彼女の肉体にダメージを与えていく。


「そらそらどうした! 守ってばかりじゃ勝てねえぜ!」


ふらつくキリエにウェンディゴは一気に走り寄ると、腕を大きく振りかぶって彼女の首に照準を合わせた。


能力技巧(スキルアーツ)爆発興(ボンバルド)!」


キリエは爆発を伴うラリアットをすかさず刀の腹で受け止めたが、爆風の勢いは抑えきれずに、そのまま吹き飛ばされて、仰向けに倒れ伏す。


「なんだもう終わりか……口ほどにもなかったな」


 ウェンディゴは勝利の笑みを浮かべながら、悠々とキリエの元に歩いていく。


「他の転生者みたいに自分に近しい人間だけ守ってりゃいいものを……調子に乗って出しゃばるからこうなるんだぜ」


ウェンディゴは右腕に赤い魔力を集中させて、キリエの顔面を吹き飛ばそうと大きく振りかぶった。だが、この男は慢心故に、キリエの瞳に未だ闘志が宿っていることに気が付かなかった。


「おらあ!」


ーー能力技巧(スキルアーツ)満月落とし(ムーンサルト)


「身体強化」のエネルギーを集中させた右足の蹴りが、ウェンディゴの手首を寸前で跳ね返した。


「なっ!?」


キリエの反撃による予想だにしなかった激痛が原因で、ウェンディゴは致命的なミスを犯してしまった。


手のひらを自分の顔の方に向けてしまったのだ。ーー人の頭を爆散させるのに十分な魔力が集まった手のひらを。


「てめーー」


 ボグァッ!!


悪態をつきおわる前に、ウェンディゴの顔面が景気の良い大爆発に包まれた。




「いつつ……今のはまじでヤバかった……! タイミングずれたら死んでた……!」


愚痴を吐きつつ火傷と打ち身まみれの体を起こすキリエ。


「おごご……ご……!」


「ひい……ウェンディゴさん……!」


顔面の半分ほどが潰れたトマトのような惨状になったウェンディゴに、周囲のギャングたちは怯えた様子で声をかける。


「なにぼさっとしてんだてめえら……! あのガキぶっ殺せ……!」


「で、でも能力(スキル)持ち相手じゃ……!」


「だったら油巻いて火ィつけろお!! もう積荷なんざどうでもいい!」


「そ、そんな……!」


完全に錯乱したウェンディゴが喚き散らす。その目がキリエの背後にあるものを捉えた瞬間、凍りついたかのように彼の動きが止まった。


「……お前は……そうか! このうらぎ――」


最期まで言い切る前に、ウェンディゴの額を小さな光弾が貫いた。男は可憐な血の華を咲かせてその場に倒れ伏し、ピクリとも動かなくなる。


「サラマンドラ!」


振り返ったキリエが目にしたのは、青龍砲シェンロン・ランチャーを構えたサラマンドラの姿だった。


「『この件からはもう降りる』って言ってたのに……!」


「心変わりだよ、クソッタレ。それで? 他に逃げたいやつは?」


睨みをきかされたギャングたちが、全員武器を捨ててその場に膝をつく。能力スキル持ちの傭兵二人を相手に勝てると考えるほど愚かな人間は、この場には一人もいないようだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ほら、キビキビ歩け!」


「それにしても隊長。『爆撃』のウェンディゴを仕留めたのはどこのどいつですかね。傷跡から『サラマンドラ』じゃないかっていう奴もいますが……」


「だとしたら『仕事』のトラブルかなにかだろうな。まあ今回ばかりはこちらの仕事が楽になって助かった」



夜が明け、現場に駆けつけた衛兵たちはギャングの連行や密輸品の押収といった事態の収拾に当たっている。その光景をキリエとサラマンドラの二人は遠くから見届けていた。


「それで……あんたはこれからどうするの? 私はこれまで通り好きにやっていくつもりだけど」


「さあな。とにかくこれでこの地域の裏の仕事は出来なくなっちまった。もしかしたら報復にあうかも知れないな。お前のせいだぞクソッタレ」


「ふぅん。後悔してるの?」


「ちっ……嫌味なやつだ。……とにかくまた別の仕事を見つけるさ。今回よりはマシなやつをな」


「私みたいなイカれた女に、関わる必要のないやつが見つかればいいね!」


「その通りだよ全く」


サラマンドラは疲れ切った表情で、首をゴキリと鳴らした。


「あばよクソガキ。もう二度と会わねえことを運命の女神に祈るさ」



捨て台詞を吐いて、サラマンドラは去っていく。その背中をキリエはしばらく見つめていたが、完全に見えなくなる前に大きく口を開いた。


「ねぇサラマンドラ! ナイスサポートだったよ! ありがとう!」


サラマンドラは振り返ろうともしなかったが、唇の端には僅かに満足げな笑みが浮かんでいた。




「かっこいいなあ、ふたりとも!」


上空から二人の別れを見届けていた雷鳥の子がポツリと呟く。その足元では、事情を知らない衛兵たちが、早く地面まで戻ってくるようにと大声で呼びかけるのだった。


FIN.

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― 新着の感想 ―
[良い点] たった、1話でこんなに濃い物語は始めてです。 十分、楽しめました。
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