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消えない日本兵

暗闇の中をいつもより重い足取りで這うように駆け抜け、北条 紅旗は安全圏を目指した。背後から迫る魔の手は足が速く気を抜けば一瞬で追いつきそうだ。北条は乳酸がたまってきたのか動きが悪くなってきた大腿部に鞭を打ち気合だけで地面を蹴る。


それでも間に合わないのか暗い空間を切り裂くように僅かに差す月明かりを反射してナイフの軌道が彼の背中を裂いた。血だらけで前のめりで倒れ彼は息切れを起こしながらまだ明るい市街地に手を伸ばした。



「哀れ。北条君、あなたって本当に間が悪いのね」



痛む傷口を踏みつけられ北条は血を吐く。誰がこんなことを仕組んだんだとうつ伏せのまま後ろになんとか視線を移そうと顔を向ける。



「まだ私を見ていられる元気はあるんだ」



北条には見覚えのある顔がそこにある。さっきから一人で酔ってるのか独り言の多い少女は狂気に満ちた表情で北条を見下ろしている。風魔 凪、その名前を知っていたのは確か去年だったと北条を思い出す。



「走馬灯でも見てる?視線が合ってないけど」



とぼけたような少女の言葉が北条に届くが彼の動きは鈍くなり殆ど動くことも無い。



「こんなとこで僕は…」



北条の遺言に風魔は右手に握った血塗られたナイフを振りかざす。



「終わりよ」



真っすぐに突き立てられた刃先が更に血液を求め北条の心臓を穿とうと迫る。そこへ何者かが邪魔をした。



「!?」



発砲音と共に一発の銃弾が彼女のナイフを吹き飛ばす。衝撃で指を撃たれたのかと勘違いした風魔はその場から何メートルか後方へジャンプして距離を取る。衝撃に驚きを隠せない彼女だったが自分の無傷を確認して明りがある方向からゆっくりと歩みを進めてくる人物へ声を掛けた。



「ナイフだけ狙い撃つなんて、えらく芸達者なのね。あなた、軍人か何か?」



何故邪魔をする?そう意味を含んだ彼女の言葉は姿を現した一人の男へ告げられる。硝煙が銃口から僅かに広がり拳銃の動作を確認するようにじっと観察した後に男は拳銃を下ろした。視線を風魔と北条に交差させて、質問に対して返事にもなってないことを返す。



「こんなところでそんなチェリー野郎いたぶって…何が楽しいんだ?ウィザード」



ウィザード…聞きなれない言葉は風魔には通じていたのか饒舌で意気揚々と両手を広げて彼女は語った。



「ウィザード…いいじゃないその言葉。あなたは同業者のようだし、ここで邪魔するってことは奥田大尉のことはご存じ?まさか、何も知らずに偶然居合わせたってわけじゃないでしょ?」



風魔の狂いっぷりは男から見て異質に映った。何故なら彼女は、必死に狂気を演出しようと無理をしているように見えたからだ。幸いにも完全なる致命傷を避けた北条は段々と意識が戻ってくるのを感じながら二人の会話に耳を澄ませる。



「奥田大尉はお前みたいなガキを使って何をやってる。そんなガキ殺して何があるっていうんだ」



男は無愛想な態度で威圧的に風魔を攻めた。風魔は気にする様子も見せず北条の姿を見下ろした。



「この人…すぐ回復しちゃうからさっさととどめを刺さないといけないの」



風魔は言葉に感情を含ませないように男に伝えナイフを北条へ向けた。男は拳銃を向けて引き金に指を掛ける。照準しながら息を止め男は言った。



「そいつを殺す前に俺を倒していくんだな」



諦めたように風魔は目を見開き男の間合いへ不意を衝くように飛び込んだ。彼の手首を切り落とすようにナイフを上段から弧を描くように振り切る。男は察していたのか体を逸らして斬撃を避け彼女の身体が近づくと同時両手から左手を離して顔面に一発フックをお見舞いする。

容赦ない打撃に風魔は為す術もなく側方に転がされるも筋力が強いのか受け身を取り体勢を立て直した。



「こんな攻撃ぐらいはものともしないなんて…もしかしてあなたが」



風魔は自らの記憶にある可能性を辿り期待を孕んだ声を男に掛ける。それでも男は全く彼女とやり取りをしようとしない。右手に握った拳銃を向けて姿勢の下がった少女の動きを止めたまま男が引き金に指を掛けた時だ。



「…ッ!!くそ!」



男の腕を風が吹いて弾く。その威力は弾丸のように強くギリギリで腕を引いたのか拳銃を吹き飛ばされた男は彼女の右手から血の滴るナイフが消えていることに気づいた。



「おい…まさかこの短い瞬間に投げたっていうのか?見えなかったぞ」



男の言葉に風魔はにやりとする。



「ご名答、私はそこら辺の人間とは造りが違うからこんなもの朝飯前よ」



立ち上がった風魔は更に新しいナイフを太ももに装着されたホルダーから取り出す。そこで初めて男は少女の格好に疑問を抱いた。



「制服…学生なのか。お前ら二人とも誠堂高校の連中とは、奥田大尉と一体どこで接点がある?」



男は暢気に考えるように言って無防備に立ち尽くす。



「ウィザード小隊…そこから私はやってきた」



呼応する風魔の斬撃を男は体を捻って避け、倒れた北条を気遣う。



「おいガキ!しっかりしろ」



「…無茶です、そんなの」



北条は男の言葉には返事が返せるまでに回復する。暗くなってきた視界は明瞭となり酷い痛みと戦いながらも立ち上がるタイミングを伺った。風魔は変わらずナイフを男へ投げ、それは今度ははっきりと肉眼に異常な映像を映し出す。



「なんだその変な色のビームは…!」



北条をかばうように避けたせいか男は左腕を緑の閃光に持っていかれる。風魔の放った武器にはまとわりついた風がオプションとして付けられているのか効果範囲が広く彼の腕を傷つけるには十分だった。



「くそったれが!ああ…いてえな畜生」



手負いになった男は腕を抑えなおも武器を探すようにあちこちに目配せする。そのさなか北条は目の前に転がった拳銃に視線が行き意を決したように掴んで男へ投げた。



「おじさん!」



「お兄さんと呼べ!」



投げられた拳銃を握り男は勝利を確信した笑みを浮かべる。

北条には段々とはっきりしてくる男の顔に見覚えがあった。きっとそれは勘違いなどではなく懐かしく、そして運命的で、必然的な男であることに間違いはない。感づいた風魔や北条は同時のタイミングでその名を呼ぶ。



「「清水、総一郎」」



右手で保持した拳銃の引き金を次々に引いた男は全く銃身を反動でブレさせたりはしない。放たれた弾丸は風魔に届くも彼女は回転するように舞い沸き上がった風から生まれる風圧が全て受け止める。清水を落ち着かせる間もなく風魔は飛び彼の間合いへ飛び込んだ。



「名前が割れてるなんて…災難の連続だな!」



傷を負った左腕で清水はサバイバルナイフを隠しポケットから引き抜き風魔と打ちあう。彼はミリタリージャケットを羽織っており衝撃で翻って内側にマガジンから手りゅう弾まで幅広いウェポンを仕込んでいるのが見て取れる。



なおも風魔は威力を上げ宙を浮いたまま魔法の力を強めた。



「これが、ウィザードの力よ!」



風の威力はますます上がっていきあまりのパワーに風魔のセミロングの黒髪すら衝撃で後ろになびく。大きな瞳は清水の苦しむ表情が写り少女の殺人衝動を昂らせた。



「あの奥田大尉からどんなドーピングさせられてるか知らんが、とても普通の女がやることじゃないな」



清水はナイフとナイフをぶつけ火花を散らせながら右足を後ろへずらして衝撃を受け止める。左足で踏み込んだまま耐え凄まじい負荷に思わず歯を食いしばった。それでも止まらない少女のパワーに限界を迎えたか清水が値を上げる前に地面のコンクリートに亀裂が入り始める。



ありえない事態だ。誰もがそう思っただろう。どこの世界に地面が砕けるほどの圧力を止める男がいるというのだ。限界を迎えている清水はこの現象に冷や汗を流しながらも打開するために右手に握った拳銃で少女の足めがけて素早く連射するように引き金を引いた。


フラッシュが何度か焚かれ彼女の足を撃ちぬく。


「———ッ!!!」


能力の行使を取りやめた風魔は引き下がり足をかばうように塞ぎ込む。唸るように吠え彼女は憎しみの籠った瞳を清水へ向けた。


「清水…兄さんの仇は取る…!!」


「…訳の分からんことを!」


清水は追い打ちをかけるように銃口を彼女に向けたまま撃ちまくった。旋回するように風魔は跳躍し弾丸を避けてしまう。運悪く全ての弾を使い切ったかスライドが開いたまま戻らくなった拳銃に驚愕した清水は為す術もなく後ずさりていく。残ったのは視認することができる風の残り香でまるでファンタジー世界に彷徨いこんだようだ。


彼女は無限にナイフを握っており今となっては片手だけでなく両手にその武器はある。クロスで構えられ高出力の風を吹いた武器を上空から清水へ向け一閃、躊躇することなく少女はぶつけてみせた。爆風が発生し起き上がった北条を吹っ飛ばす。


建物の壁に叩きつけられた北条は気を失いそうになって再び地面へ倒れるも気合で起き上がる。粉塵が舞い彼の視界は灰色で二人の攻防や清水の生死は確認できない。


「なぜ…これを…!」


「———————!!」


外国語の言葉が静かに紡がれる。連動するように清水には不思議な力がみなぎり、風魔の全力を一本の刀の刀身で受け止めて見せていた。


「お前がウィザードだろうが何だろう知らんがな…」


両手で柄を握り横に構えたまま風魔の攻撃を受け止めた清水は弾いて彼女と間合いを取る。次の攻撃を警戒した彼女は何かアクションを起こそうとするがその余りの圧力に何をすることもできず本能が叫ぶ。



逃げろ、と。


「そんな曲がった強さじゃ、何を得ることもできない!」


風魔の視界には男の一連の動きは殆ど補足することはできなかった。一瞬にして近づいて彼女を峰打ちで空中に斬り上げ、彼が刀を抜刀したままの姿勢が風魔より後方に映る。


あまりにも早すぎる。


その圧倒的なパワーは、どんな超能力や魔法を以てしても押さえつけることなど不可能だと感じられた。


「な、んで…———」


手加減するのか?


風魔の悲痛な叫びは清水へ届かず彼の背後に少女は落ちて動かなくなった。

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