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3/5

2.5

15才になったキャロライン・キャンベルは学園の門を埋め尽くさんばかりの人に圧倒されていた。


ひょえ~、知っててもすごい人だわコレ。


まるで満員電車の人口密度で行われているのは、簡単に言えば新歓だ。

地上に人が溢れすぎているため、使い魔や魔法で空中からビラをまいている先輩もいる。


うんうん、チラシの他に花びらや使い魔の毛なんかも降ってくるあたり、すごくファンタジーって感じ。

まあ記憶が戻ってからの5年間で、大分この世界にも違和感とかなくなってきたんだけどね。


そう思いながら蔦が絡んだ石造りの校舎の門を通り抜けようとした時、ドンと肩がぶつかった。

「いたっ」

「あ゛!おまっ!」


あ゛!ってまるであたしからぶつかったみたいな。

ムカッときて顔をあげると、相手はヤンキーどころか身なりの良いお坊ちゃんだった。おそらく貴族。

彼はぶつかった相手を振り返ろうともせず、大急ぎで胸ポケットからハンカチを出すと、大切にくるまれたシワシワの葉っぱを入念にチェックし始めた。


ぶつかっておいて、謝りもせずに何なの…。

その葉っぱなんて、木の精霊が運んでくるただの入学式の案内じゃん。


そう、このジョルダン魔法学園の選考基準は永遠の謎。ただ学園のシンボルである叡知の木が選んだ生徒のみが入学できるらしかった。

入学案内の方法も変わっていて、今年は精霊が生徒の身の回りの植物の葉っぱに日時を書いて教えてくれたのである。


ちなみに一昨日、集合時間いつだっけなんて思っていたら、翌朝ご丁寧な精霊にベッドを葉っぱまみれにされた。


ったく、本当にイベントが起こるのは寮分けの時だっていうのに。早々に嫌なかんじ。


そのまま謝りもせずに通りすぎた奴を見送って、憮然としながら歩みを進めようとしたら、後ろから控えめな声で話しかけられた。


「あの、さっきぶつかられてたよね…大丈夫?」


…うそ。

この声はっ―!?!


振り返ると、そこには画面越しで見続けてきたマイスウィートダーリン、リュカ・グルーバーが立っていた。



「え~リュカっちって一人っ子なの?意外~お兄ちゃんかと思ってた。でも、あたしと同じだね~!」

「う、うん……。」

思っていたよりも小さな教室に、弾んだ声が響く。

部屋に入ってきた人達が一瞬びくっとして、あたし達を横目に見ながら席につくけれど、あたしはもうそんな事を気にしていられなかった。


リアルな推しの情報を生で聞けるんだぜ?自重とかムリだから。げへへへ。


「えへへへ~ねぇ、リュカっちは何系魔法が得意なの?ちなみにあたしは光魔法だよ!」

「光?!やっぱり、君もスゴイんだね…。そうだね、僕は………」

ざわり

リュカっちが言い淀んだ時、ふいに教室の空気が変わった。

ぴしりと頬にひりつくような空気、それは教室に入ってきた一人の男―アルフ・アルヴァレズが発する雰囲気だった。


教室中がその美しさに注目する。

まさに生ける彫刻。

設定通りの容姿が、今キャロラインの目の前で動いていた。


長い脚の歩き方、自然に下りた手、鋭い目の横で揺れる髪。

―生きている。

こうでもない、ああでもないと、前世の自分を悩み殺した動きや表情が、今や完璧な整合性で目の前に存在した。


知らない内に―あたしは、泣いていた。


「ぅっ……。」

「!?どうかした?大丈夫??保健室行く??」

「っ…ううん。な、なんでもないの…。」


涙を拭い、慌てるリュカっちの腕をそっと握って、深呼吸をひとつ。

ふぅー、心を落ち着ける。


「ごめんね、まさか自分がこんな風になるなんて思わなくて…。」


アルフ・アルヴァレズがどう動き、何を話すのか。

それは文字通り、前世であたしを殺した悩み。

実際本人に会ったら、憎くて堪らないんじゃないかと思ってたけど…全然そんなことなかった。

あー、もう何だろう、やり残した仕事がようやく片付いたって感じ?ビールでくいっとやりたいくらいの爽快感。悔しさとか憎らしさとか欠片もないわ。はっはっは…あ。


ヤバい、いきなり泣き出して、リュカっちにメンヘラって思われたかも…!


握ったままだった腕を辿って、そっとリュカっちの表情を伺えば、兄が妹に見せるような微笑を向けられた。

「…そう。君にとってこれからいいことがあるよう、祈っておくね。」

「~~!!」


これ!これですよ!これぞリュカ・グルーバー!!

どうです?あたしの、あたしによる、あたしのためだけの推し!!

大・天・使!!あああまさかこうして推しと同じ空気を吸って、目を合わせて会話ができるなんて!しかも3Dで!!これはもうたまらんやつ!!


「リュカっち~!」

リュカっちがされるがままなのを良いことに、自分の腕を彼の細い腕に絡めた。地味な服に包まれた肩がびくっと反応する。


ほほほ…この感触。ちょっと痩せすぎだけど、骨と筋肉と血潮を感じるわ~!一生忘れん!!


「あ、あのさ、キャロライン……」

「なあにリュカっち?今度キャロルって呼んでくれなきゃ返事しないけど!」

「あぁ…うん、ごめんキャロル。キャロルは職員室ってどこか分かる?」

「職、員室…?さあ。ここに来たの初めてだもん。」

「まぁ、そうだよね……。」


リュカっち、ちょっと焦ってる?

覚えている限りでは、ここは教室に入ってきたアルフにヒロインがみとれるくらいで、特にリュカのイベントはなかったはず。


「どうしたの?」

「うーん、その…本当は僕、この精霊達をどうにかしてもらえないかと思って、ここに来たんだ。」


そう言って彼が肩にかけていた鞄を開けると…内側におびただしい数の葉っぱが貼りついていた。その一枚一枚にインクで入学式の案内が書いてあるものだから、まるで呪いのようだ。

精霊の執念を感じられるそれに、あたしは若干引いた。


「……どうしたの、それ?」

「僕も分からないよ。1月前からやけに顔や服に落ち葉が貼りつくなぁって思ってたんだけど、無視してたら靴や鞄、ベッドの上まで葉っぱまみれにされて…。精霊の仕業だろうけど、正直困ってるんだ。僕はジョルダン魔法学園に入学するつもりはないから…。」


爆弾発言である。

へ?…入学するつもりはない?why?


「えぇっ!?どっどどどどうして?なんで?こんなに精霊に好かれてるのに??」

「…こんなこと、会ってすぐの君に言うことじゃないんだろうけど、母が病気なんだ。父さんはいないから、僕が働いて稼がなきゃいけなくて…。」


…本当は入学したいんだろう。

推しの沈痛な面持ちにキャロラインは胸がぎゅっとなった。


う~~!ちょっと誰よそんな設定つけたしたやつ!推しを不運な境遇にするなんて許さないんだから!


そこではっと思い出した。

そうだ、彼は特待生だった。よく知らないけど、この学園にはそういう制度があって、きっと彼はそれを使って学園の生徒になるのだろう。


教えてあげようとした時、タイミング悪く先生が二人入ってきた。

でもここはしっかりシナリオ通り。

ローブではなく白衣を着て煙草をくわえている中年のおっさんが占学のジャン=フランソワ先生。ゲーム内ではジャン先生と呼ばれていた。(性格と名前の響きが似合わないからフランソワと呼ぶ人はいない。)

そして隣の若い女性は事務員だろう。ジャン先生が話す前からテキパキと生徒達に茶色い楕円形の物体を配っている。

…前世の記憶で知っていた。これは種だ。


「うぃー、ご機嫌よろしいかてめぇら。俺は占学の教師、ジャン=フランソワ・アノーだ。今配った種がてめぇらお待ちかねの寮分けを決める。ほれ、ちゃちゃっと魔力をこめて咲かしてみろー。」


先生のゆるーい一声で皆が魔力をこめると、あちらこちらで花が咲き始めた。

白百合、赤薔薇、黄菊、紫陽花。同じ寮に決まった生徒同士の声で、少し教室がざわめき始める。


「…それじゃあ、僕はいかなきゃ。この種も返してくるよ。知り合えてよかった、キャロル。」

「あっ…まっ、!」

ボフン


立ち上がったリュカっちを止めようとすれば、自分の左手に握りしめた種から白百合が咲いた。派手な音を立てたわりに一輪だけ揺れる様がなんとなく滑稽だ。


あ~~もう自分の寮なんて知ってるって!そうじゃなくて今はリュカっちが……ってもう先生と話しちゃってるし!!


先生が特待生になるよう薦めてくれるのだろうか。いや、ちらっとジャン=フランソワの設定資料を見たことがあるが、とても彼にそんな気のきいた事ができるとは思えなかった。

しかしリュカっちがあの鞄の中を見せ、ただ手に持っていただけの種から白百合の花が咲き出すところを見ると、流石に無視できなかったらしい。

先生は頭をガシガシ掻きながらリュカっちに席に戻るよう指で示し、部屋を出ていった。その後を事務員の女性が慌ただしく追っていく。


リュカっちは困り顔で、とぼとぼと席に戻ってきた。

「リュカっち、とりあえずよかった。先生はなんて?」

「……それが、とりあえず席に戻ってしばらく待ってろって言われたよ。面倒事になったとかぶつぶつ言われたけど…。僕は本当に、ただこのイタズラをどうにかしてくれたらいいだけなんだけどなぁ…。」

「リュカっち……。」

あたしは同情している体で、眉を下げるリュカっちのかわいい顔を瞬時に脳に焼き付けた。


いやーんもう、リュカっちったら甘いんだから。

シナリオをなめちゃいけないよね。ヒロインのお助けキャラとして君は必須なんだよ。まあこのあたしは、君をお助けキャラ以上にしてあげようと思ってるんだけどね!むふふ!


ニマニマとした笑いを隠せないあたしは、リュカっちに囁いた。


「ねぇねぇリュカっち、もしあたしがちょっと先の未来が見えるって言ったらどうする?」

「……君の勘はよく当たるんだねって思うと思うよ。未来を見る魔法はまだ確立されていないし、それらしい儀式を何ヵ月かけて行ってもその精度は占学の域を出ないからね。」

「うふふっ。それじゃあ賭けよっか。この後、あたしはひとりの男子生徒に絡まれる。その人は花を咲かせられなくて、種が不良品だとか言い出すの。それで試しにあたしにこの種を咲かせてみせろとか言うわけ。仕方がないからあたしがその種に魔力をこめたら、食虫花が咲いちゃってね。あたしとその人を食べようとするんだけど、そこをアル…さっきの銀髪の、綺麗な人が助けてくれるの。どう?」

「そんな話…。賭けなんて言えるの?これ…。」

呆れた声でリュカっちがそう言った時だった。


バン!

「クッソ!聞いてねぇし!何なんだよこれ!オイ、これ不良品だぞ!!」

二つ前の席に座っている男子生徒が長机を叩いて騒ぎ始めたのだ。

唖然とするリュカっち。

一瞬で教室の中が静まり返る。


あらららら~?誰かと思えば、アイツ…門のところであたしにぶつかってきた奴じゃない?はあ~やっぱり罰は当たるところに当たるもんね。ざまあ。


にやついていると、周りを見渡していた奴と目があった。

あ、なるほど。こうしてヒロインは目をつけられたのか。


「おい!お前!ニヤニヤ笑ってバカにしてんだろ!じゃあお前がやってみろよ!!」

苛立たしげに目の前にやってきた奴は、そう言ってあたしの机の上に種を叩きつけた。

バン

「ほらよ!!」

「………。」


全く、低能な奴は怒鳴ることしかできないのかな?前世のクソ上司といい、コイツといい……はぁ。


「…分かりました。」


そう言うと、リュカっちがぎょっとしたのが分かる。

そして目の前の種子に伸ばそうとした手を横から捕まえられた。


「えっ…?リュカっち?」

「ダメだ。」


分厚いメガネの奥の目は信じられないことが起きているという動揺と、それでも身体に染み付いた正義感に揺れていた。


「オイ!お前ジャマすんな!」

「ダメだ。彼女の代わりに僕がやる。

……君は、離れていて。」


えっ!やだ!なにこのイケメン!!!

さっきの話じゃ、あたしが食べられそうになるからって?…そういうこと?


「えっ、あっ、でも…!」

いいのかな、シナリオ。


止めようとするあたしにリュカっちは微笑んで―手のひらに魔力を注ぎ込む。


ばふん


そして現れた花に教室中が唖然とした。


「「「………。」」」

「きっ、きゃあああああ!!」「うわあああ!!」


天井まで届きそうなほど巨大なそれ。

頭頂部にはまだ青いつぼみがついていて、太い幹には複雑に分かれた枝が蔦のように絡み付き、根元の球根を守っていた。何より物騒なのは、その枝の至るところについている刃物のような刺。

―吸血花『スーシアー・サン』。

鋭い刺としなる枝で獲物を捕らえ、生き血をすすり、その血のように赤黒い花を咲かせる。

別名『死の抱擁』。

年に何人か死人も出ているくらい危険な花だ。


…なんで、こんな花が。

あたしとリュカっちは顔を見合わせた。

彼の顔も「何でこんなことに―!?」と言っている。


い、いや、ちがう。本当に知らない。こんなのシナリオにはなかった。本当は、初級の、食虫花が咲くはずなのに。本当は…あたしの魔力だったら―。

…ん?あたしの魔力だったら?


「待て!全員動くな!!できるだけ呼吸を抑えろ!」


誰かがまともな事を言ってるけれど、皆パニックになってしまっていた。

ストーリー後半の試験で出てくる中ボス的なこの花は、人間の足音や声の振動、吐く息の二酸化炭素で獲物の位置や数を測るのだという。

見つけてしまっても、見つからなければ、狂暴な枝が襲ってくることはない―が、遅かったようだ。


ゆらりと、蛇が鎌首をもたげるように、幹に巻き付いていた無数の枝が宙へ浮かんだ。新鮮な獲物に絡み付き、その生き血をすするために。


「いゃあああああ!!」「逃げろ!だれか、先生を!」


今、まさに生徒達に枝が迫ろうとした時、ボッと音を立てて枝の先が燃えた。


「炎の精霊よ、私の声に応えるのならば焼き尽くせ!燃えろ(ブリュアー)!」


呪文と共に炎の勢いが増し、やがて炎が枝を伝って吸血花全体を覆う。


感嘆のため息はどこから漏れたのか。


教室の奥から一人、吸血花に向かって歩いてくるのは、アルフ・アルヴァレズだった。



「下がれ。これくらいの炎では焼き尽くせん。暫くの間、動きを止められるくらいだろう…。」


炎に照らされ、振り返った横顔は、確かに息をのむほど美しかった。

さすがメインヒーロー。


「皆早く教室を出て、教師を呼んできてくれ。」


落ち着いた声に、生徒達は次々と我に返って教室の出口に殺到した。


「あたし達も行こう、リュカっち。」


燃え盛る幹を呆然と見ているリュカっちの袖を引いてそう語りかけた。でも反応がない。


「…ダメだ。もう硬化し始めてる。」

「えっ?何て?」


「その通りだな。」

聞き返したあたしの目の前で、ゴウッと音を立ててさらに激しく炎が燃えた。するとパキパキと小枝を踏むような音とともに表皮が剥げ、その下からさらに艶々とした皮が現れる。まるで脱皮のように。


まさか、つ、強くなってる…の?


「吸血花は環境に適応すると聞いている。これくらいの火力では灼熱の谷に落とされたのと変わらんだろう。慣れれば、直に襲ってくる…だから早く逃げろ。」


アルフ・アルヴァレズはあたしを通り越してリュカっちを見ていた。


「…いえ、そういう訳にはいきません。僕の魔力で咲かせたんだ。僕がけじめをつけないと。」

「貴様が…?フン、責任と自棄をはき違えるな。体表に見える魔力量は大したことがないように見えるが…なにか策でもあるのか?」


冷たい炎の目がリュカっちを見ていた。

アルフ・アルヴァレズの言い方は偉そうだけど、言ってることはまともだ。

彼はたぶん吸血花が適応するたびに炎の勢いを調節して、あの枝を動かせないように時間稼ぎをするつもりだろう。いや、それくらいしか出来ない―今はまだ。


あの花を倒すには、適応できないほどの火力で花全体を燃やし尽くすか、幾重にも枝で守られている球根部分を破壊するかしか方法がない。

だがあの堅い表皮ごと燃やすには炎の密度が足りないし、球根部分を狙うにしたって、そこを守っているこのおびただしい数の枝と戦わなきゃいけなくなる。大ケガ間違いなしだ。

ゲームでは確か、剣に炎を纏わせることで枝も球根もぶった斬って倒していたけど…まだ入学式なんだから武器なんて持っているはずもない。つまりアイテム不足。とんだ無理ゲー。


「逃げようよ、リュカっち。ここにいたってあたし達じゃあ…。」

握っていた袖を強く引けば、冷静な黒い瞳があたしを見つめた。

「大丈夫だよ、キャロル。それとも、君の勘がやめとけって言ってる?」

「リュカっち…。」

聞き分けのない子をあやすように彼は微笑むと、そっとあたしの腕を外してアルフ・アルヴァレズと向かい合った。


「貴方はあとどれくらい火力を強められますか?」

「3段階はいけるが…」

「十分です。では、僕が合図をしたら、貴方の最高火力でこの球根部分を焼き切ってもらえませんか?」

「リュカっち…!?」


なんだなんだこの展開。お姉さん知らないぞ!!


「…それはできる。が、貴様一体何を考えている?」


まさかのアルフ・アルヴァレズが代わりに聞いてくれた。

リュカっちはその質問にゆっくりと首を回らせ、そしておもむろに幹に手を伸ばした。


「おい!」

さっとアルフ・アルヴァレズが炎を調整して、リュカっちの手の範囲だけ炎を避ける。そうじゃなければ、今頃リュカっちの手は大火傷だっただろう。

「すごい、こんな器用に…。」

「いいから早く退け!襲ってくるぞ!」

その言葉通り、リュカっちの触れている近くの枝だけがうぞうぞと蠢いている。

「すみません、でも、きっと大丈夫です。

闇の精霊よ、静め、誤魔化し、奪え、催眠(ビープノース)。」


目の前で起こったことが信じられなかった。

リュカっちが呪文を唱えた途端、吸血花の枝が力尽きたようにバラバラと落ち、まるで眼前に差し出すように、黒いしずく形の球根を現したのだ。


「今です!」

「!…っ炎の刃(ランフラーム)。」


初めて見るそれを、アルフ・アルヴァレズが一言の後に両断する。すると花は急速に力を失い、炎の勢いに負けるようにくず折れた。


「っ、よかった…。」


それをしっかり確認した後、息を吐き出したリュカっちにアルフ・アルヴァレズは戸惑っているようだった。


「…貴方は、いったい。」


リュカっちが使った魔法は闇魔法。火・風・水・土の四大系統に光を加えた基本五系統のどれにもよらないレア魔法だ。

だがそれ以上に問題なのは、この国の歴史上、闇魔法を使うことができたのは、()()()()()()()()だけ。


王家の血縁者にこんなみすぼらしい少年はいない。宰相の息子ならそれくらいは分かるはず。ならばきっと優秀な頭のなかで家系図の末端の末端、その末端の噂話まで思い起こそうとしているんだろう。でも、正解はそこにはない。

あたしは鳥肌が立った。


「―だれにも、言わないでほしいんですけど。」

振り向いたリュカっちの目を見て、アルフ・アルヴァレズが息をのむ。

「そんなっ―貴方様はっ―!」

リュカっちの分厚いメガネの下の両目が、菫色に変わっていた。

菫色の目は、王家の直系子孫にだけ現れる色。

つまりそれこそ彼が、現王の庶子、第三王位継承者という証明だった。


パンパカパーン

あたしは前世の自分の完全勝利を確信した。


ああなんて素晴らしい世界!推しへの妄想が現実になるなんて!

ヌフフフフ~!ありがとう神様!もうこれで誰にもモブだなんて言わせないんだから!!


「リュカっ…」

勢いのままリュカっちに抱きつこうとして、あたしはまた驚いた。

気位の高いアルフ・アルヴァレズが焦げた床の上、リュカっちの前に膝をついていたのだ。


「―御身への数々のご無礼、お詫び申し上げます。私はアルフ・アルヴァレズ。アルヴァレズ侯爵家の嫡子でございます。無礼の罰はいかようにでも―」

「ちょ!ちょっと待って下さい!無礼とか、そんな、僕なんかに謝ってもらうほどの事じゃ―っていうか立って!跪かないで!!」


リュカっちは慌ててアルフ・アルヴァレズの腕を引っ張り、無理やり立たせた。二人の身長は頭二つ分くらい離れているから、立ち上がったアルフ・アルヴァレズはお辞儀をするように身を屈めている。

え、なんか忠犬みたい。


「え、えーっと、あなたは、そのー」

「私に敬語など不要です。どうぞアルフとお呼び下さい。」

「えっ、えー、あ、アルフ君?僕はリュカ・グルーバー。」

「はい。リュカ様でございますね。」

「さ、様なんて付けないで!」

「いえ…流石にそれは…。」


ためらうアルフ・アルヴァレズにリュカっちは焦りで赤くしていた顔を青くした。

「えーと、その、アルフ君は、やっぱり…その…僕の生い立ちに気づいてる、よね?」

「…そうですね…。その瞳の色を持つ方々は限られていますから。ですが我々は主家の望むように為すことが定め。御身が詮索するなと仰るならば、私も忘れることに致しましょう。」

「…ありがとう。ごめんね、実は僕もこの目の色が特殊だってこと以外は何も知らなくて。母さんは…父さんの事とか、それ以上何も話してくれないから。ただ他人に知られると危険だから、普段は目の色を誤認させる魔法を自分にかけてるんだ。」

「なるほど、だから今こうして本来の瞳の色が現れたのですね。認識阻害の闇魔法と催眠の闇魔法を同時に扱うのは至難の技ですから…。」


うんうんと頷いたアルフ・アルヴァレズに、ようやく口を挟めた。

「えっとー、あの、リュカっち。一体どういうこと?」

「あの、キャロル、実は、僕ね…」


「―()()()()()?」


知ってるけど、知らないふりをしたあたしにも教えてくれようとした親切で可愛いリュカっちを遮って、アルフ・アルヴァレズが鬼の形相で振り返った。


断言できる。どんな難易度SSSのキャラでもヒロインにこんな顔はしない。


「…リュカ様、気になっていたのですが、彼女とは…その、一体どんな関係で?」

「え!関係?!ーキャロルは、えーっと、」


目の前でぐいぐいとリュカっちに詰め寄るアルフ・アルヴァレズに、何故だかちょっとムカッときた。


…何これ、初めての気持ち。

後から現れてあたしのリュカっちを取らないで、みたいな。


あたしはリュカっちに近づくと、彼の腕を自分の方へ引っ張った。


「ちょっと貴方なぁに?その、自分の方が正妻みたいな言い方~。言っておくけど、リュカっちと知り合ったのはあたしの方が先なんだからね!」

「数時間の差だろうが!」

「数時間でも一番最初はあたしなんです~!アルルンは二番目!」

「アルルッ…」


絶句する氷の美貌。

フフンと勝ち誇ると、アルフ・アルヴァレズは目元をひくひくと痙攣させた。


「いけませんリュカ様、こんな女は捨て置きましょう。どんな事情があるにせよ、貴方様に流れる血は貴いもの。それにふさわしい女性を選ばなければ。」

「えっ…そんな、」

「うわ~アルルンて小姑みたい!陰険!陰湿!イン…いたっ!」


分かるはずもない前世の18禁用語を言おうとしたら、頭に衝撃が来た。


うわ~信じられない!こづかれた!ヒーローに!あたし乙女ゲームのヒロインなのに!

うう……こうなったらもう、推しに癒してもらわないとやってられないわよね!!


「うわ~ん!リュカっちー!!」


これ幸いとウソ泣きをしながら、ちょっと強引にリュカっちの胸に飛び込む。

薄いけど、男の子の胸板だ。

リュカっちは…くんくん…あ~洗濯板のにおいがする~。

すると背後にまた殺気を感じた。


「ア、アルフ君、女の子に乱暴は…!」

「躾です。」


にべもない返事にあたしは抗議する。


「ブーブー!アルルンは横暴だ!」

「…リュカ様。やはり私は、無理やり抱きついてくるような痴女を貴方様のお側に置いておく訳には参りません…。さあ貴様!さっさとリュカ様から離れろ!!」

「嫌です~大体貴様じゃなくてキャロラインっていう名前があるんです~!」

「貴様の名前など覚えるに値せん。つべこべ言わずにリュカ様から離れんか!」

「うわ~んリュカっち~!こわいー!」

「ま、まあまあ二人とも…。」


リュカっちはそう言ってあたしの頭をぽんぽんとしてくれた。


やっぱりあたしの推し、大天使では?

アルフは想像の百倍口うるさいけど、リュカっちが慰めてくれるから、まぁ許してやろう。



怪我もなく化け物を倒して、リュカっちの設定が生きていて、先生が戻ってきたら、きっとリュカっちは特待生として入学できる…そんな未来をウフフと思い浮かべていたあたしは気づかなかった。


先生を呼んできた何人かの生徒が、この惨状をどんな風に誤解したのかを。


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