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あれは10歳のお誕生日を迎えた頃―はっと気がついた時、鏡の中の自分じゃない自分があたしを見ていた。


「…うわ、これは美少女きゃわたん。」


そう言って、キャロライン・キャンベルは自分のマシュマロのような子どもらしい頬を揉みしだいた。


うん。鏡の中の可憐な顔と、発言のギャップがすさまじい。

でもこれは仕方がない。見た目はこんなでも、中身はブラック勤めの現役アラサー女子なんだから。

基本おっさんだし、疲れている。


「っはーあ。これがキャロライン・キャンベル。流石ヒロイン。ありえんくらい可愛いわ。まあ仲田さん頑張ってたもんなぁ…。」


キャロラインは頬を揉みつづけながら、ふと思い出した過去―いや、前世のできごとを振り返った。




「違う、違うっ!この阿保!アルフはそんなこと言わない!」


ヒステリックな上司の怒号が今日もやかましく響き渡る。


「田中!あんたちゃんと目ぇついてる?!いったいあの資料の何読んだら『ハニー、君のことを永遠に守るよ、キャロル。』なんて台詞になんの?!もうやり直し!ぜんぶ!!」

「はっ…はい。すいません。」


哀れな田中氏は鬼上司に徹夜で仕上げた原案を目の前でビリビリに破かれていた。

…お気の毒さま。心の内でそっと合掌する。


「次っ、仲田!キャロラインのシナリオBだけど、全然ダメっ!これじゃただの尻軽じゃない!!乙女ゲームのヒロインなんて同情できなきゃ目障りなんだよ!最初から書き直し!」

「はい…すいません。」


とぼとぼと席に戻る仲田さんは、破られはしなかったものの叩きつけられた課題はまさかの最初から、だ。

今日も今日とてステイオフィスだな。―合掌。


「あと関!呼ばれたらさっさと来る!…それで、ミリーナ断罪シーンはその後どうなったの?」

関さんは呼ばれる前から顔が真っ青だった。ぼそぼそと何事か課長に告げれば、分かりやすく課長の顔色が赤くなる。

「おまっ!関!~~~~」

(はいはい以下略。)


あたしは今年で入社五年目。ゲーム作成会社、シナリオ部門に配属されて早二年になる企業戦士だ。

あれ、企業戦士ってなんかセー○ームーンっぽくね?あ、違う、あちらは美少女戦士だわ。

あぶなっ。自分で自分を美少女とか言うところだった。この顔面でそれは痛すぎる。イタタタ。


あ、ごめんごめん。話がそれました。

あたしの事だけど、話さなきゃいけないことは特にない。中肉中背。クラスでは中間層。経験人数は3人。まぁ平均よりちょっと下にいるアラサーOLだ。

でもこんなあたしにも、一応人に自慢できる特技がある。それは、図太い神経。

それこそこんな怒号が飛び交う職場でも、何を出しても文句ばかり、かつ無茶な変更を押しつけてくる上司相手にも、それなりにやれているのはこのお母さん譲りの特技のおかげだ。

ありがとうお母さん。



「安原!」

突然大声で名前を呼ばれて、あたしは立ち上がった。

「はっはい!」

目の前にピンと投げられた金色の硬貨。思わずキャッチすると、課長がにやりと笑う。

「弁当。」

嫌な奴。婚活で負けに負けまくって、未だにその憂さを若い部下にあたってくるババア。

「はい!すぐ買ってきます!」

でも社長の娘で、本プロジェクトの責任者なのだ。

つまり、あたしは一目散に近くのコンビニへと走らなきゃいけなかった。


目安は六階のオフィスと道路の向かいのコンビニを行き来して10分以内。できなきゃ罰金とかいうクソ制度。

運が悪いことにエレベーターが混んでいたから階段を駆け上がらなきゃいけなかった。

あ~もう死ぬ。

息も絶え絶えになりながらフロアにたどり着くと、課の雰囲気がなんだかおかしかった。みんないつも以上にソワソワして落ち着きがない。


「?…た、ただいま戻りました。」

そう言いながら課長の机にコンビニ弁当を置くと、その上に分厚い資料を乗せられた。

「…?あの?」

「田中が辞めた。お前が後任で。」


えっ!田中氏ついに!?

振り返って田中氏の席を見れば、机の上が既に物置になっていた。

…う、うそ。もう…。


「返事は!?」

「あっ…は、はい!が、がんばります…。」

怒鳴り声に我にかえって、急いで資料を受け取り、席に戻った。席の近い同僚達からちらちらと視線が送られる。

この課長に睨まれ続け、ここしばらくはモブキャラとか雑用の担当しかしてこなかった。しかしこれは果たして栄転と言えるのか…。

『救国の乙女と火焔の騎士の叙情詩(リリック)(仮題)』と書かれた内部資料をパラリとめくった。


感想は、

『……あーこれは本格的にヤバイやつですねぇ。』に尽きた。

ちなみにそれは今は亡き田中氏が同僚だけの飲み会でもらしていた言葉だが、確かにこれはヤバかった。

もう何がヤバイって、課長のメインヒーローへの愛と妄執がヤバイ。一部抜粋すると…

『好青年の超絶美男子。成績優秀で魔術に長け、誰にでも紳士的、かつワンコな一面も。常に氷の妖精のような無表情でクールで他人を見下す高貴な雰囲気をしている。ヒロインにもなかなか落ちない。父が宰相をしている侯爵家の嫡男だが、王族の血で血を洗う継承権争いによって国が乱れたため、火焔魔法で彼らを廃して王になる。』


…いや、好青年が他人を見下す雰囲気?氷のような美貌なのに魔法は火属性?しかもワンコだけど王になっちゃう野心家?

個性のバラエティパックかよ。


口をついて出そうになったあらゆるツッコミを喉の奥へと流し込んだ。


これが数々の婚活に傷つき、頑固になったアラフィフ課長の理想の男性像だということは何となく想像がつく。自分の理想だけに他より査定が厳しいということも。

しかしおそらく一番の難題は、きっと課長自身もどんなキャラが欲しいのかよく分かっていないだろうことだ。だって現実世界でもまだ迷走中なんだから。


田中氏が投げ出したあの課長の妄執を、あたしは形にできるのか?

仕事だもの。できない、なんて言えなかった。



結論を言うと、それでもやっぱり無理だった。

怒鳴られ、破かれ、叩きつけられることn回目。

頭の中でパワハラババアを八つ裂きにするのもn+1回目。

もうアルフ・アルヴァレズという文字を見るだけで吐き気を催すようになっていた。


うぇ。あーもう、なんか目も霞んできたし…。


常備してある目薬をさして、それが馴染む間だけ。と、アルフのファイルを最小化して、リュカ・グルーバーのファイルを開く。

リュカはあたしが一から作ったモブキャラだ。このゲームの開発当初から関わっていたから、愛着も人並み以上にある。


モブだからあのクソババアもあんまり興味なくて、正直やりたい放題できたしね。

そう思いながら、自分が打ったままの設定の文章を目で追っていく。

『黒髪猫毛。分厚いメガネをかけた一般男子生徒。自分に自信のない性格だが、イベントの分岐ではさりげなくヒロインを手助けしてくれる。』

ふふっ。モブキャラだからこんなものだけど、ちょっと頼りなさげな男の子が実は大物でーみたいな展開、大好物なのよね~。たとえば…

カタカタカタ

『~くれる。その正体は王の庶子で、第三王位継承者。』

とかね。


自分で打ちこんだ文字を見て一人にやにやしていると、不意に文字列が歪んで見えた。


…ん?


まばたきをしようとして、目が重たいことに気づく。それどころか息を吸い込もうとしたのに、肺まで重たくて息ができないような感覚。


助けて。と思ったのか、言ったのか。


ガタンという大きな音がして、仲田さんの悲鳴が聞こえたことだけは覚えている。

そしてそれが、最期の記憶だった。




状況的に、あたしは死んだんだろう。

たぶん過労死で。

そのあたしがなぜ自分を死に追いやった仕事(ゲーム)の世界に転生したのか。


はぁー。分っかんないわー。だって間違ってもあたしの意思じゃないし。来世があったら動物園のペンギンになりたかったのになー。

まさかの乙女ゲームの世界とか。でもヒロインてことは、今度はなにもしなくてもキャッキャウフフ…左団扇な生活?へぇー、ふぅー……ん?ヒロイン?


「いや、それはヤバイ!!」

キャロライン・キャンベルは目の前の鏡に勢いよく両手をついた。鏡の中のクリクリした両目が恐怖に見開かれている。


「このままじゃあたし―アルフ・アルヴァレズと結婚しなきゃいけないじゃん!!」


―アルフ・アルヴァレズ。

まぎれもない前世の死因。

もうその文字列を見るだけで胃が痛むのに、面と向かって会話とか卒倒するんじゃないか。

おまけに他人を見下してるけど好青年で、ワンコだけど下克上して、えーと、アレでソレして…最終的に燃やすんだっけ…?

うん。そんな情緒不安定野郎、顔はともかく、ぜんぜんタイプじゃない。


それに彼は何を隠そうあのクソババアの理想像。そしてあたし(ヒロイン)はあのクソババアの権化。このゲーム自体があのクソババアの盛大なオ○ニーなら…ああ、なんて気に食わないことだろう!

このまま原作ルートを突き進み、15才になったあたし(ヒロイン)がアルフを落とせば、アイツの願いを叶えてやったことにならないか。

前世のあたしを屑のように扱い、死に追いやったあのクソババアの…。


そしてもう一つ肝心なことを思い出した。

この世界が、本当に前世で作っていたゲームなんだとしたら、一体いつのバージョンなのか。

もし神様が、あたしが死んだ時点のバージョンに転生させてくれたなら、気になることがある。

死ぬ間際に自分でつけ足した一文…

『リュカ・グルーバーは王の庶子で、第三王位継承者である。』

これは、実際どうなっているのか。


もちろん誰かがイタズラに気づいて消してしまったかもしれないし、神様だってそこまで気が回らなかったかもしれない。


「…でも、もしリュカが本当にいたなら…。」

まちがいなく今世で一番の推しだ。


推しは、推せるうちに推しておけ。

前世ではゲーム会社に就職させたほどのあたしのオタク熱が身体を熱くさせた。

うん。そうと決まれば話しは早い。


「おとうさま~!おかあさま~!ちょっとお聞きしたいことが~。」



そうして5年後、待ちに待ったジョルダン魔法学園入学式につながる。



長くなってしまったので、ここで一区切りにします。

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