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「風香!」

 神田さんの手を振りほどいて、あたしは逃げた。

 靴を履くのも忘れて、玄関からとびだす。突然現れたあたしに驚いた翔と目があったけれど、あたしは声をかける余裕もなかった。

「……フーカ!」

 それでただならぬ事態を察したのか、翔が追ってくる。身体の大きさと足の速さは比例しないのか、あたしはすぐに彼に手をつかまれたけど、翔は特別それでひきとめようとするわけでもなく、家の裏までついてきた。

「ねぇ、なにかあったの? 頭、痛いの?」

 痛いよ。とても痛い。いばらが頭に食い込んで、皮膚を引き裂いてくる。

 頭を冷やさなきゃ。そう思って、あたしは目で、屋根へのはしごを探す。すると翔もそれを追って、そして屋根の上にいる人に気づいたようだった。

 どうやら、松居さんのお電話が終わったらしい。まさしく今、屋根から下りようとしていたところだった。

 足場の悪いところにたてたはしごだった。ミニスカートの丈を気にして、片手でお尻をおさえていた彼女も彼女だった。

「――きゃあっ!」

 はしごにつかまったまま、松居さんの身体はひっくりかえるように、屋根から離れてしまったのだ。

 頭を打ち付けたら、冠が壊れてしまう。反射的にあたしの身体が動いていた。

 すばやくはしごに駆け寄り、松居さんの身体を強く抱きしめた。小柄で細身の彼女はあたしの身体に包まれ、あたしはなによりも彼女の冠を守った。

「フーカ!」

 翔の声が聞こえる。倒れこむ時に受身が足りず、頭をしこたま打ち付けたけれど、いばらの冠はちょっとやそっとの衝撃では壊れる代物ではない。

「フーカ、フーカ!」

 翔があたしに駆け寄ってくるけど、身体がうまく動かなかった。なにやら目の端に赤いものが見えるけれど、これは本物の血なのか、それともいばらのせいでついた傷なのか。

 翔が伸ばした手が、ちょうど冠に触れる。頭に食い込んだいばらが外れたところで、あたしの意識は急速に遠のいていった。


 あたしの頭から流れた血は、やはりいばらからだったようで、幸い顔にもどこにも大きな傷はつかなかった。

 けれど本日は大事をとって休むことになり、あたしは頭の痛みを感じながらもおとなしくホテルのベッドで眠っていた。神田さんは先ほどのことをおくびにも出さず、こまめにあたしの様子を見ては、やはりやらなければならない実家への報告をしていた。

 そして、かわりのシーンの撮影を終えた翔がやってきたのは、夜になってからだった。

「……フーカ、大丈夫?」

「大丈夫。みんな大げさなんだよ」

 起き上がってみせると、翔はほっと胸をなでおろす。そしてベッドのわきに腰掛けた。

「頭、痛くない?」

 伸ばされる手は、冠が食い込んでいたところであり、強く打ちつけたところでもある。あたしは触れる翔の手があたたかくて、痛みをすこしだけ忘れた。

「松居さんの冠、無事だったよ」

「……え?」

「フーカが守ってくれたからだね」

 にこりと、翔が笑う。その手は偶然ではなく、しっかりと、いばらに触れていた。

「フーカにも、冠が、見えてたんだね」

「翔にも……見えるの?」

 うん、と、彼は自分の冠に触ってみせる。

「いばらの冠、痛そうだなって、ずっと思ってた」

「……翔の冠は素敵だね」

 思ったことをそのまま伝えただけなのに、翔は悲しそうに目を細めてしまった。

「これ、もらったんだ」

 そして、頭から冠をはずしてしまう。驚いたあたしは戻そうとしたけど、彼は大丈夫だよと、冠を膝の上においた。

「これ、僕のおばあちゃんのなの。死んじゃった時に、形見として、もらいました」

「もらいました、って……」

「僕ね、生まれた時から冠がなかったんだ」

 指先で、翔は冠の羽根をいじる。その拍子に抜けた羽根が、シーツの上を舞った。

「それで、誰かからもらったり、拾ったのをかぶってるの。いつも役に合わせて、使い分けてるんだ」

 今回は天使の役だから、羽根の冠にしたのだと言う。たしかに役によってかぶる冠を使い分ければ、自然と演技にも変化が出るだろう。理屈はわかるけど、あたしはそれをにわかに信じられなかった。

 冠を持たずに生まれた人なんて、それこそ本当に、見たことがなかったから。


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