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「顔色も悪いし、ちゃんとご飯食べた? 私お菓子持ってるから、あげるね」
無理やり渡された小さな袋を見て、あたしは思わず口元が緩んでしまう。中身は色とりどりのこんぺいとうだった。
「……松居さんは、どうしてここに?」
誰も来ないからと選んだこの場所。つまり、隠れたくて選ぶ場所。あたしと同じく人目を避けようとしていた彼女は、訊かれて、すこし申し訳なさそうに笑った。
「ちょっと、電話で」
もちろん、私用にきまってる。
「じゃあ、あたし戻りますね」
「ありがとう。ごめんねスズカゼちゃん」
足をかけるたびにぎしぎしときしむ、たてかたの悪い不安定なはしご。それを慎重に下りながら、あたしはほんのちょっと、彼女を盗み見てみる。電話をかけ始めた松居さんは、スーツと同じピンク色のケータイを耳に押し当て、ほんのりと頬を染めながら話していた。
あたしがもらったのと同じこんぺいとうが、彼女の冠にもちりばめられている。そしてその指には、こんぺいとうよりもきらびやかな宝石の指輪がひとつ、はめられている。
喋り方も、雰囲気も、甘い人。あたしが撮影の合間に、人目のつかないところに隠れて、タバコを吸っていても怒らない甘い人。
あたしの冠が、また、頭を締め付けた。
●●
「……ちょっと、スズカゼ」
神田さんは、あたしが姿をくらませていたことにまったく気づいていないようだった。
「実は、この映画が終わってからのことなんだけどね」
次に控えるあたしと翔のシーンのために、リビングでもう一度台本を読み返していたところだった。神妙な面持ちでそう切り出す神田さんに、あたしはそれがあまりいい知らせではないと察した。
「スズカゼ……風香も大事な時期だから、仕事を控えようと思ってるの」
「え?」
スケジュール帳片手に、神田さんが言う。眼鏡の奥の、マスカラの薄い瞳は、申し訳なさそうに伏せられていた。
「出席日数も危ないでしょ? やっぱり高校ぐらいは、ちゃんと卒業したほうがいいと思って……」
「親に何か言われたんですか?」
一瞬、彼女の唇が引きつった。それであたしは確信する。
「言われたんでしょう、親に。あたしに仕事しないで、勉強して大学に行かせろって!」
思いがけず、ヒステリックな声が出る。それはあたしにいつも口うるさく言う母親の声に似ていて、自分で自分がおぞましくなった。
ポケットに手を突っ込むと、タバコが入ったままだった。ぐしゃりと握り締めると、砕けた葉の香りが強くたちこめる。それに気づき、あたしの喫煙を口うるさく注意していた神田さんが、きっと眉尻を上げた。
「それもあるけどね、風香」
乱暴に腕を引き、彼女はあたしを立ち上がらせる。指の間から散らばるタバコの葉。ライターがポケットからこぼれ落ちた。
「最近の風香の態度もあるのよ」
「……あたしの?」
「親に認められたいのはわかる。そのために仕事増やしたいのもわかる。でもね、仕事に気持ちがうまくこもってないの、風香にもわかってるでしょう?」
「それは……」
図星をつかれて、あたしは黙るしかない。こぶしをぐっと握り締め、誰かこの場に来ないかと願ったけど、リビングの窓から見えるのは、撮影が終わってほっと安堵の息をつく翔の姿だった。
「仕事を増やしても、次の声がなかなかかからないのは、だからなのよ。がむしゃらに仕事して親のこと忘れようとしないで、一度しっかり話し合ってきなさい」
「だって、話したって無駄だもの」
「そうやって逃げないの」
神田さんが、あたしの肩をつかみ、乱暴にこちらを向かせる。いつもはそっけない顔して、何事にも冷静沈着なのに、一度火がつくと一気に燃え上がるのが木の冠だ。
「わたしはね、風香は今どきの女子高生女優にはならなくていいと思うの。成長して、長く続く子になってほしいの。今焦って、無茶して、消えてしまってほしくないの」
「……でもあたしには、時間がないの!」
今、認められないと意味がない。そうじゃないと、親に強く言い返すことができない。そう思い続けて仕事をするあたしを、彼女だけは理解してくれていると思っていた。
でも、神田さんも一緒だった。親と彼女と両方説得するには、この映画にかけるしかない。あたしには時間がない。今じゃないと、だめなんだ。
今、成果を出さなければ。