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この世にはテレビのちょい役はおろかCMにも出られない人がたくさんいるというのに、両親はあたしにそんなくだらない仕事は辞めろと言う。普通に大学に進学して、手堅い銀行なんかに就職して、職場の同僚と結婚して子供を産んで、かわいい孫の顔が一人二人見られればそれでいいのだ。
少しずつながらも土台を踏み固めているあたしに、目をくれようともしてくれない。
「……スズカゼ、痛いの?」
再び顔をしかめるあたしに、翔がそっと手を伸ばす。それは偶然にも、あたしのいばらに触れた。
あたしのいばらは、生きている。昔は青々とした葉を茂らせていたけど、最近では棘ばかりが目立っている。頭を締め付けては血を流す、つぼみのひとつもつかない冠だった。
「スズカゼって名前は、誰がつけたの?」
「あたしのマネージャー。ああ見えて、けっこうロマンチストなんだよね」
神田さんのあの冠。よくよく見ると実は、小さな宝石が埋まっている。彼女はその宝石を大事に磨き上げて、ここまでやってきた。それはシルバーの冠を黒ずませている人よりも、全然素敵な生き方を現している。
「本名はね、鈴木風香っていうんだよ」
「風香。フーカ、ね」
そのやわらかい笑顔を見ていると、自然といばらの痛みが薄れてゆく。翔本人は意図せずやっているのだろうけど、あたしにはとてもありがたかった。
「ありがとう、翔」
あたしが冠ごとその頭を撫でると、翔はくすぐったそうに微笑んだ。
大きなトラブルもなく、滞りなくすすんでいく撮影。翔のNGはとても少なく、逆にあたしのせいで止まることのほうが多かった。
せっかくもらえた大きな仕事なのに、うまくこなせない自分に腹が立つ。完璧に天使の主人公として演技をする翔が、自分より年下だということが、なにより悔しかった。
マネージャーに仕事を増やしてほしいと言ったのは自分のほうだった。学業との両立が困難になるのを懸念する彼女に、無理を言ってお願いした。神田さんはあたしが親とうまくいっていないのを知っているから、あたしが何を考えて行動しているのかはわかっているはずだ。
マイナーな映画でもなんでもかまわない。自分は今、こんな仕事をしているんだよ、と、親に認めてもらいたかった。
それなのに実際の演技はからっきしで、とてもじゃないけど認めてもらえそうにない。頭の中に、学校に行かないあたしを見る、冷たい瞳が浮かんでくる。それに冠の痛みがあいまって、仕事に集中しきれない。
「どうしてこんな、冠なのよ……」
腹立ち紛れに、あたしは冠をかきむしった。
いばらの冠を生まれ持ったということは、あたしはいばらの道を歩んで生きるということだ。どんなに道を避けようとしても、どんなに心穏やかに生きようとしても。結果はやはり、冠のとおりになってしまう。
それでもあたしには、この冠を捨てることができなかった。
冠を失った人を、見たことがある。冠をなくした原因は、何らかの事故であったり、精神的なショックであったりとさまざまだった。普段は何もないように、手で触れることですら難しい冠なのに、ただ石がぶつかってしまったというだけで、簡単に砕けてしまったりもする。
冠を失うと、その人は今までとまったく変わってしまう。心をなくしてしまったように終始ぼんやりとうつむいている人もいれば、今まで全うに歩んでいた道を踏み外してしまう人だっている。冠をなくさなくても、表面にほんのすこしの傷がついただけで、家に閉じこもってしまう人だって多いのだ。
冠は、心そのものだった。その心を失ってしまうのは、とても恐ろしい。だからあたしは、どんなに頭を締め付け、傷つけ、血を流す冠だとしても、手放すことができなかった。
「……あら、スズカゼちゃんじゃない?」
家の屋根にのぼってうずくまっているあたしに気づいたのは、砂糖菓子の冠の、翔のマネージャー。松居さんだった。
「どうしたの? 具合悪い?」
大丈夫です、とあたしは力なく笑って答える。するとどういうわけか、松居さんまで屋根に上がってきたではないか。
撮影の時に使うカメラの関係か、屋根には常にはしごがかかっている。今頃翔が玄関で撮影をおこなっているはずなので、裏口に近いここは、みんな出払ってしんとしていた。
「なんか今日、調子悪そうだったけど、大丈夫? みんな、心配してたよ?」
さも当たり前のように、松居さんはあたしの隣に座る。限りなく短い丈のスカートから、彼女のふっくらとした太ももがのぞいた。