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B級映画とはいえ、話題の仁科翔の初主演作となる今回の作品。脇役だけれど、長く出演できる作品に参加できたのは、あたしもはじめてのことだった。
簡単な内容をいえば、主人公の翔演じる少年が死んでしまうことからストーリーが始まる。少年は天使になり、自分が死んだことにより悲しみに沈む家族にささやかな幸せを起こすというものだ。父親・母親はもちろんいるのだけど、メインの家族になるのは、あたし演じる姉になるらしい。
昔読んだ小説の既視感が強いけれど、たしかに天使になる少年役として、仁科翔はぴったりだと思う。はたしてこの映画は、配役先行だったのか、脚本先行だったのか。
映画の予算をおさえるためと、スケジュールのつまっている仁科翔を独占するために、撮影日もとことん減らすらしい。使うシーンもほとんどが家族の暮らす家で、めずらしくそこだけは本物の家を使っていた。田舎町の森の奥にひっそりとたたずむ別荘を使い、半ば撮影合宿のように泊りがけでおこなうとのことだった。
つまりあたしは必然的に、毎日天才子役と一緒にいることになる。現場の中でもっとも年が近いということで、なつかれるのはとても早かった。
「……翔、なにしてんの?」
「勉強だよ」
「勉強?」
映画撮影の合間というれっきとした仕事の最中に、彼は学校の勉強をしていた。忙しさのあまりほとんど学校に通えない翔は、いつも現場に勉強道具を持ち込んでいるらしい。
楽屋というものがはっきりされていない現場。生活感をだすためもあるのか、あたしたちはリビングをそのまま待機場所にしていた。
「それは、親にやれって言われてるの?」
「ううん、僕がやりたいからやるんだ。たまに学校行った時に、授業がわからないの、嫌なんだよね。みんなに笑われるし」
「……そっか」
やっぱり、華々しい舞台の裏では、それなりの悩みがあるらしい。あたしも台本を閉じて、今ではすっかりカラフルになってしまった算数の教科書を横から覗き込んだ。
「わかる? 教えてあげようか」
「大丈夫。自分でやるよ」
かわいくない。あたしは呟き、どれと思って自分も問題に挑戦してみる。小学生のなら暗算でできると思い、問題を目で追った。
彼の頭に顔を近づけると、冠の羽根が頬をくすぐる。ほのかな汗の香りには、シャンプーの甘い香りも混ざっていた。
「……算数って、こんなに難しかったっけ」
「教えてあげようか?」
「いや、いい」
してやったりといった彼の笑みに、あたしは大人気なく唇をとがらせる。そういえば昔から、文章問題は苦手だったんだ。
「偉いな、翔は。あたしなんて勉強サボりまくりだ」
「スズカゼ、高校何年生だっけ?」
「三年生」
留年確実だけど、とは言わないでおいた。
売れないながらも、あたしは翔同様、小さいころからこの世界に足を踏み込んでいた。もちろん本業は学生で、昔は仕事もなくまめに通っていたけれど、最近では仕事がなくても行っていない。
「友達は?」
「いないよ」
高校のはじめのころはいた友達だけど、通わなくなったころから付き合いがなくなった。出席日数ギリギリで、成績も補習を何とか免れる程度で。進路に進学も就職も選んでいない、担任教師を悩ませる生徒の一人だ。
今話題の女子高生女優とはまったく違う。あたしは何の肩書きもない、売れない女優だ。
「……ッ」
冠がちくりと痛んで、あたしは思わず顔をしかめてしまう。翔が心配そうな表情をしたので、頭痛持ちなのだと適当に答えておいた。
「翔の親も、演劇やってるんだもんね」
「そうだよ」
だからといって、親の七光りというものを受けているわけでもない。彼の両親は地方の小さな劇団員で、翔を有名にした劇団とは違うのだ。
「スズカゼのおうちは?」
「ごくごく平凡なサラリーマン」
ごくごく普通に、平凡に、世間体を気にするおうち。周囲にあたしの仕事について訊かれるのをとにかく嫌がり、ひっそりと静かな生活を望むおうちだった。
もともとあたしがこの道を選んだことも、親はただの道楽だと思って黙認してきた。けれど娘の未来が関わる年頃になってくると、露骨に態度を示すようになってきたのだ。