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 人はみな、生まれた時から、頭に冠をかぶっている。

 その冠の形は人それぞれで、鋼でできた頑丈なものもあれば、宝石をちりばめたきらびやかなものもある。

 冠の素材や、形が、その人の歩む道をあらわしていた。


「スズカゼ、紹介するわね」

 あたしは幼い頃から、人の頭に乗る冠が見えていた。他の人には見えない冠の意味を知ったのはずいぶん大きくなってからのことだったけど、幼心にも、その冠がとても大事なものだということだけは理解していた。

「こちら、今回の主人公の、仁科翔(にしなかける)くん」

 人の頭に乗った冠は、映像や写真では見ることができないので、実際に自分の目で確かめなければわからない。芸能界という世界に入ると、あたしは今まで以上に、さまざまな冠を見ることができた。

「翔くん。こちら姉役のスズカゼ。怖い顔してるけど、本当はそんなに怖くないからね」

 地味だけど形のととのった木の冠をかぶったマネージャー、神田(かんだ)さんの性格は、実に几帳面。片手にあたしのスケジュールを書き込んだ手帳を持って、新しく撮影の始まる映画のキャストを紹介していた。

 ぼんやりと宙を見ていたあたしは、いけないと思って意識を戻す。相手のマネージャーもこちらと同じく女性で、砂糖菓子のような冠をかぶり、淡いピンクのスーツを着ていた。

「よろしくお願いします」

 相手役は、とても背が小さい。それは子供だから当たり前で、視線を落としたあたしは、思わずその少年に見入ってしまった。

 屈託のない笑顔を向けてくる少年は、天才子役として有名な仁科翔だった。

 もとは劇団の舞台から火がついた彼は、与えられた役をあっという間に自分のものにしてしまうと名が高い。心身ともに成長真っ盛りで、見上げてくる瞳はまるく大きく、覗き込む自分が見えてしまうほどに澄んでいた。

 学園ものの連ドラをやっていたころに、雑誌の特集に載っていたちょっと生意気そうなの顔が印象的だったのだけど、実際会ってみるとなんだか違う。綿菓子のようにふわふわした、やわらかな雰囲気を身にまとっていた。

「よろしく……」

 あたしはおずおずと手を差し出した。

 新しく撮影の始まる映画の主人公は彼、仁科翔。もちろんみんなは彼に注目しているわけで、あたしは姉とはいえただの脇役だった。

 舞台にドラマに引っ張りだこの彼と、CMもドラマもちょい役程度の、スズカゼっていう変な名前が特徴のあたし。

 やっぱり一流の役者は、かぶっている冠も違うんだな。メディアを通して何度かお目にかけていた仁科翔の、興味を抱いていた冠を、あたしははじめて見ることができた。

「……スズカゼさん?」

 手が自然と、彼の頭に吸い寄せられてゆく。

 色素の薄い、柔らかなねこっ毛。耳にかかるとゆるくうねっていて、撫でるととてもやわらかそうだ。そんな頭の上に乗っている冠に、あたしは一目で心を奪われていた。

 羽根、だ。

「きれい」

 彼の冠は、真っ白な鳥の羽根でできていた。

 わずかな空気の流れにも、羽根が揺れている。空気も一緒に編みこんだような、今にも崩れてしまいそうな冠は、触れると見た目どおり、とても柔らかかった。

 こんな冠を持った人、今まで見たことない。

 こんなに無垢な冠、見たことがない。

「――あ、ごめんなさい」

 奇妙な空気が流れたのを感じて、あたしははっと我に返った。

 冠は他の人には見えないのだ。はたから見れば、今の行動はおかしかったに違いない。あたしはとっさに、彼の頭を乱暴に撫でた。

「こんなにかわいいと思わなくて、つい。肌もつやつやでうらやましい」

 あはは、あは。笑ってごまかすと、怪訝そうなまなざしをあたしに向けていたマネージャーたちもつられて笑い出す。なにより、仁科翔が笑顔になってくれたのが救いだった。

「スズカゼさんって、見た目と違ってやさしいんですね」

「よく言われるわ」

 どうやら、彼も緊張していたようだ。いくぶん力のこもっていた肩が、空気が抜けるようにしぼんでいった。

「もっと怖い人だと思ってました」

「顔がね、きついから」

「ううん、とても格好いい」

 今度こそしっかりと握手して、彼はあたしを見上げる。冠が、ふわふわと空気にゆれている。あたしは彼の顔を見るふりをして、冠にばかり視線をやっていた。

 あたしが持つ冠は、いばらでできている。

 彼とは違い、純真で無垢な冠ではなかった。




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