激しい雨
あれから5日後、外は激しい豪雨で窓にたたきつけるように雨粒が当たる音が一人でいる部屋に響く。人を一人殺しても日常は何も変わらなかった。いつも通り起きて、ネットをうろうろして好みの小説を見つけたらコメントと評価を残しまたネットをうろうろする。一応外界の情報を得るためにネットニュースを漁ることもあった。今日もネットニュース欄を開く。4日前から大々的にニュースになっている見出しが変わらず目にはいる。
「『犯人はいまだに見つからず!レイプ犯殺害事件!』か・・・えーっと、犯人は断罪人か罪人か、ね・・・本人は殺してよかったと思ってますよ。」
フフフと笑う。エレメンタリースクール時代の友達に「魔女みたい」と言われた笑い方はハイスクールになっても変わることはなかった。記事をさらに読み進めると、殺したおじさんにレイプされ人生を狂わされた人がこの事件についてのコメントが載っていた。内容は『あいつを殺してくれてうれしかった。誰かは知らないけれどお礼を言いたい。』だとかそんなことが書いていた。
「人が死んだら喜ぶ人と悲しむ人がいるんだ。悲しむ人が多い人を殺すと罪悪感が出るけど、喜ぶ人が多いと罪悪感とかわかないよねーそれが殺人の面白いとこだよね!クラウスちゃんもそう思うだろ?」
急に後ろから声をかけられ驚き後ろを振り返るとベッドに腰掛けるスーツ姿のトレバーがいた。スーツには似合わない大きな牙が無数に描かれているマスクは相変わらずつけている。
「人の家に勝手に入るなんて趣味悪いわいよ。」
「それはすまない。でも、三十分も豪雨の中窓の外に放置は俺でもきついぜ?」
「よんだ覚えないけど?」
「あまりにも電話してこないから捕まったのかと心配してみにきたんだよ!あと、ちゃんとノックしたぜ?」
「見に来るだけならさっさと帰ればよかったでしょ?見に来るだけなんてウソでしょ。」
「やっぱり俺が一目ぼれしただけあるな!そうなんだクラウスにいい話を持ってきたぜ!」
「面白い話・・・丁度暇してたし聞かせて。」
トレバ―はメモをクラウスに渡して、話し始めた。
「ターゲットはトム・アシュリー。服装は赤いTシャツにジーパン最近サングラスにはまったのか雨の日でもつけてる。髪はショートだ。だいたい午後一時~一時半までファリスの有名なカフェ『ドリント』で昼食をとって裏路地から大学まで行く。その間が一人だからここで殺せば楽だ。アシュリーは基本リュックに消毒液を入れてる。殴った女を手当てするためだ。それ以外は講義用の筆記用具とかノート類だろう。アシュリーはこれまでストレスが溜まると自分に好意を持ってる女の子に殴る蹴るの暴力をするらしい。アメフト部に所属していて力は強い。気をつけろよ。そのメモは今いった情報が簡単にまとめてある。忘れたらそれを見てくれ。」
「うんわかった。てか、その言い方だとこいつを殺せって言ってるように聞こえるんだけど?」
「殺しの依頼です。」
「やっぱりか。」
わかりやすくため息がこぼれる。そんなクラウスを見てトレバ―が眉毛をハの字にしてクラウスに腰を低くして近づく。
「あっ嫌だったらしなくていいからね!前の疲れ溜まってるよね?ほかあたるよ。」
「いや、大丈夫だけど・・・そういうのは早く言ってよ・・・今日は外でない予定だったのに。」
「え?明日でもいいよ?」
「明日は晴れ。雨粒一つ空から落ちてこないから殺せない。」
「雨じゃないとだめなの?」
「人殺しは雨の日が最適だと思うから。行くよ、車で連れてって。あとこれ。」
手短にあった紙にさらさらとここの住所、ここにおいてある固定電話の電話番号を書いてトレバ―に渡した。
「ここれは・・・!」
「この家の住所と置いてある固定電話の番号だけど?」
「ありがとうございます!!!毎晩掛けます!」
「夜はリサが出るぞ。車先行ってマンションの裏に止めといて。準備して行くから。」
「はい!」
トレバ―は目をキラキラとさせながらクラウスからもらったメモを内ポケットに大事そうに入れ、また窓から出ていった。クラウスは窓の鍵を閉め、もう一個鍵を付けようと思った。そのまま、白のYシャツを着て紺のクロップドパンツと黒のくるぶしソックスを履く。ベッドの下にいれていたトレバーから貰った白いレインコートを取りだす。ウエストポーチに財布とカメラ、ハンカチを入れ、ウエストポーチを腰につけ玄関へ行く。壁に貼り付けてあるコルクボードに刺さった画鋲に引っかけてあるクラウス用の家の鍵を取る。玄関から出てカギを閉め一階に行く。一階には大きな玄関とマンションの住人の郵便ポスト、パン屋につながる扉があった。パン屋につながる扉を開けると厨房に出た。リサが菓子パンに生クリームをトッピングしているところだった。
「リサ」
「あっクラウス!どうしたの?」
「ちょっと出かけてくる。」
「あら!気を付けてね!クラウスが一ヵ月、間を開けずに家から出た記念で今日の晩御飯はクラウスの大好きなシチューにしましょう!」
「ありがとう。行ってきます。」
「いってらっしゃい!」
太陽のような笑顔でクラウスを見送ってくれるリサ。今からクラウスが人を殺めに行くとも知らずに。
レインコートを羽織り、雨の中トレバ―の車に乗り込む。
「ごめん。また濡らした。」
「いいよー車が濡れるよりクラウスが濡れて風邪をひく方が俺は嫌だし。」
「そう。ならいいんだけど・・・」
トレバーの顔を見ると、目はにこにことしていた。車を濡らされている人の顔ではない。
「そういえばさ。」
「ん?なに?」
「私の上着知らない?前落とした気がするんだけど・・・」
「あぁ、それなら俺がクラウスと出会った記念に持って帰ったよ!返り血もすごかったし!」
「・・・そうなんだ、やってることはストーカーだけど、ありがとう。もしかして証拠の処分してくれたの・・・トレバ―?」
「うん!そうだよ!クラウスを送った後にすぐ戻って片付けたよ。クラウスの指紋とかクラウスにつながる証拠は全部持って帰った!部屋に飾ってるよ。あと、クラウスの記念すべき初犯だから写真もいっぱい撮ったよ。」
「やっぱりか・・・いまだに犯人につながる証拠がないわけだ。」
「まぁよくやってるしね!」
「・・・納得だわ。」
それから少ししてカフェ『ドリント』の前についた。
「今、12時50分。もう少ししたら、トムがくる。」
「じゃあ、店に入って待ってよう。」
「わかった。」
そういってトレバ―はそのまま出ようとした。
「ちょちょちょ待って?トレバ―?」
「えっ?どしたの?車はちゃんと止めていい場所に止めてるよ?」
「違う。そのマスクはつけていくと変に目立つ。除けるか違うのに変えて。」
「うぅ・・・わかった・・・先行っててくれ。」
「うん。」
トレバ―はしぶしぶ後部座席の自分のバックを漁る。クラウスがまっすぐトレバ―を見ていると、それに気づいたトレバーはクラウスに早くいくように言った。マスクの下は見られたくないらしい。クラウスは仕方ないと車から降り、カフェ『ドリント』のドアベルを鳴らした。
店内は外のどんよりした空気とは別で明るく活気あふれる空間だった。精一杯なメイクを未熟な顔にし、厚底のブーツやヒールを履いて、少しでも大人に見せようとしている中学高校生が友達とペチャクチャ話しているのが見える。クラウスに気付いた店員が笑顔で近づいてくる。
「何名様ですか?」
「二名です。」
「かしこまりました!あちらの席へどうぞ~」
店員に会釈し、指定された席へ移動する。席は四人席だった。よく見ると店内にある二人席はほかの客で埋まっていた。会社員の人がパソコンをカタカタと打っている横でバカそうな女子高生二人組がギャハハと大声で笑っている。クラウスの苦手なタイプだ。ぼーっと店内に流れる音楽を聴きながら、窓の外を見ているとトレバ―が車から降りてくるのが見えた。口元のマスクは白い普通のマスクに交換されていた。トレバ―はそのまま入店し、クラウスの前に座った。
「クラウス。おかしい。」
「というと?」
「いつもならもうここの窓の前を通るか、遅くても姿は見えてるはずなんだ。なのに、一切トムらしき姿を見てない。」
「まさか寝坊?」
「うーんどうだろう・・・二週間様子をうかがってたけど時間はきっちり守る奴だった。」
「・・・昨日も見張ってたの?」
「あぁ、昨日は友達の家で遅くまで遊んでたな。寝たのは1時を過ぎたころだ。」
「なるほど、わかった。寝た時間を知ってるなら家知ってるよね。あいつの家行くぞ。」
「えっなんで?」
「簡単でしょ。昨日遅くまで起きたから次の日は遅く起きちゃう。そういう日あるでしょ?」
「なるほど!さすがクラウス!」
「・・・早く行こう。」
頼んでいたアイスレモンティーを飲みほし、レジへ向かった。
「お会計、340円になります。」
財布を出そうとすると横からトレバーが340円を出し店員はそれを受け取りトレバーにレシートを渡した。トレバ―はそのまま店を出た。クラウスも後を追う。車に乗り、シートベルトを締めると車は走り出した。クラウスは自分の財布から先ほどの代金の半分を取り出し、カバンから抜き取ったトレバ―の財布に勝手に入れる。
「トレバ―さっきのカフェ代お金ないから割り勘にしてもらっていい?残りは今度返す。」
「いいよ?俺が依頼したから俺が経費ってことで落としとくから!じゃんじゃんいろんなものかっていいよ!」
「・・・甘すぎない?それ何割私情が入ってる?」
「んー仕事1の私情9かな!」
「大半私情じゃねーか!」
「えーだってクラウス好きなんだもん。」
まるで飼い主に怒られた子犬のようなしょんげりした声でそういった。トレバ―が走らせる車はマーレット市に向かっていた。
トレバーの案内と運転で着いたのは静かな土地にそびえ立つ黒を基調としたシックなマンションだった。
「こんなところに住んでんだ。」
「豪勢だよな〜まぁ、俺の家の方がもう少し大きいかな。」
レインコートを羽織り、上を見上げながら独り言を呟く。その独り言に反応して隣で傘を指したトレバーが自慢する。
「自慢はいいから。鍵ある?」
「ちゃんとあるぜ!」
「ありがと。」
「あ、あ、ありがとう…?あぁあああ!!!生きててよかった!!!取ってて良かった!!!ありがとう!過去の自分!」
「うるさいな〜早く行こ。」
トレバーから鍵を受け取り、マンションの中に入る。
「号室番号は?」
「えーっと、508号室だったかな」
「間違えてたら、あんたのせいにするから」
「俺…頼られてる…?よっしゃ!!!もっと頼って!!」
「・・・」
返す言葉もなく、無言でエレベーターに乗り、5階のボタンを押した。
5階に着くと扉に書いている番号を見ながらトムの部屋を探した。
「506・・・507・・・508・・・ここだ。」
「この扉かっこいいよな!そうだ!あいつ殺ったあとこの部屋俺らの愛の巣にしようぜ!」
「・・・これから起こることを知ってるやつの言葉じゃねーぞ。あと、付き合ってもないのに愛の巣とか言わないで。吐くよ?」
「ジョークだって!アメリカンジョーク!」
ため息をわかりやすくつき、扉を開ける。中は無駄なものがなくすっきりとしている。色は黒で統一されていてモデルルームのようだった。トレバーを見るとあからさまにいやそうな顔をしたのを見るにトレバーはきれいな生活感のない部屋より物がごちゃごちゃと溢れた生活感のある部屋が好きなのだろう。物音をたてぬように歩きながら、寝室を探す。
「クラウス!寝室だ!」
トレバーが小声でそう言いながら一つの扉を指さしている。トレバーによくやったとグーサインをして、部屋の扉を静かに開ける。
扉を開けると、目の前にベッドがありそこには男女二人が眠っている。周りに服が無造作に捨てられているのを見ると昨日はお楽しみだったのだろう。
「子供は見ちゃダメです」
とクラウスの目の前に手を出し、視界を遮るトレバーの手をはたき、一言。
「邪魔」
「あーその蔑む目・・・何かに目覚めそう・・・」
「勝手に目覚めとけ。責任は取らないけど。」
静かにトムの枕元に近づくと、近くに口を開けて落ちているトムのリュックから消毒液を取りだし、トレバーの腰につけているナイフを借りる。トムの首をナイフでかっきり、消毒液のキャップをのけその傷口にダバダバとかける。そして血と消毒液で濡れた傷口にリュックの中で散乱しているペンの類をハンカチでつまみ、飾りつけた。うまくいったのを見て満足そうにニコニコとしたクラウスをみてトレバーもニコニコしている。周りから見れば異様な光景だ。クラウスは写真を撮り、素手で触ってしまった消毒液をどうするかと悩んでいると後ろからトレバーが消毒液を取り、準備よく持っていたチャック付きのビニール袋に入れた。トレバーはニコニコとしている。クラウスは少し引いている。そんな二人はいそいそとトムの部屋を去った。
マンションを出て、車に乗った。
「クラウス。」
「なに?」
「ハンカチじゃちょっと心細いだろ?」
「指紋とか何かが残るってこと?」
「あぁ。」
「そうだな・・・確かにハンカチじゃ心細い。」
「俺の知り合いの店でそろえよう。」
「・・・信頼できる?」
「そいつも前科がある。前科って言っても、俺が手伝って迷宮入りにしたからつかまってはいないがな。」
「わかった。でも今日はもう家に帰っていい?リサがシチューを作って待ってるの。」
「うん!わかった!じゃあ、いつ行く?一人で行きたいなら住所教えるよ?」
「足がないと私は極力部屋をでたくない。そうだね・・・明日、朝8時に連れて行って。」
「わかった!ん?ちょっと待て・・・」
「どうしたの?もう先客がいた?」
「いや、違うけど・・・明日って二人で行くんだよね?」
「うん。」
「それってで、で、で、デート!?」
「え・・・まあそれでもいいよ。」
「よっしゃああああああ!!!」
すごくうれしそうにしているがそんなこと考えずに運転に集中してほしい。外の雨は晴れていないが時計を見るともう4時半だった。窓の外を見ながらクラウスはこの景色が最後にならないことを願いながら、トレバーの危ない運転でリサの待つバレントワのマンションに帰った。
家に帰ると、シチューのにおいが充満していた。シチューを混ぜるリサに帰ったことを伝え、自室に行った。荷物を片付け、机の下からお菓子の箱を取り出し、中から日記を取り出す。
『19××年・6月11日
トレバーとトム・アシュリーというやつを殺しに行った。』
と書き始めた。十分程度で書き終わった。クラウスにとってノート1ページを埋めるのはたやすいことだった。書き終え、ノートを片付けるとほぼ同時にリサのご飯ができたという声が聞こえた。クラウスは今日は好きなシチューなのだと考えると人殺しの時に出る笑顔とはまた違う笑顔が出る。彼女の本物の笑顔はどっちなのだろうとカメラ越しのトレバーは思いをはせた。