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 再会した母さんは14歳になっていた。


「下校中にふと思ったんですよ、今日はとても寒いし雪も降るって予報だったので昇雪現象……あ、知ってます? 雪が昇っていくんですよ! キラキラしていて本当に綺麗で……まぁ、私はまだ一度も見たことがないんですけど。それで今日こそ、その現象が見られるんじゃないかと遠回りして白辰神社まで行ったんですよ。そしたらびっくりしましたよぉ! だって女の子と男の人がずぶ濡れで池の近くに倒れてたんですよ! 頭から血も沢山出ていましたし顔も真っ青だったんでコレはいけない! と思ってスグにこの診療所まで走って助けを呼んだんですよ。ええ、それにしても良かったです。二人とも無事みたいで……ホッとしました。こんなにビックリしたのは山で猪と遭遇した時以来です。あ、知ってます? 猪に遭った時ってよくこっちに向かって真っ直ぐ突っ込んで来るから横に避けなさい! って言うじゃないですか? あれって間違いなんですよ? 本当はゆっくりと向かい合ったまま後ろに下がるのが正解らしいですよ。私、ソレを知ってたんで助かりました。怖かったですよ……冷蔵庫くらい大きかったですから」


 中学二年生の母さんは私たちが口を挟む隙間すら与えずにどんどんしゃべり続けた。表情も豊かで身振り手振りを加えて大げさな話をするのは私が知っている頃の母さんと全く変わっていない。

 この母さんの喋りもたまにうっとおしく感じてついつい「うるさい! 」と文句を言ったこともあった。でも……今はその騒々しい母さんがひたすら懐かしく、愛おしく、ただただ涙をこらえながら俯き、今すぐにでも抱きつきたい衝動をグっと押さえ込んでいた。

「あれ……大丈夫ですか? まだどこか具合が悪いとか……」

 母さんはそんな私の様子を不安に感じたのか、心配そうな表情を浮かべながら私に顔を近づけて来た。大和お父さんも征仁さんも、人懐っこいその性格と仕草に惹かれて、母さんと結婚したのだろうか……? そう思った瞬間、どこか恥ずかしいような照れくさいような気持ちになってしまい、ついつい……

「大丈夫ですから」と、少し愛想の無い口調で、母さんの好意を切り捨てるような対応をしてしまった。

「ご……ごめんね! 私、何だかちょっとうるさかったかも……」

 作った顔ではなく、本気で申し訳ないと感じさせる表情で、母さんは口元に両手を合わせた。私は自分の態度で危機を救ってくれた母さんに謝らせてしまったことを心の中で反省した。

「いや、この子……ちょっと緊張しているんだ。大丈夫だよ」

「そうなの? 」

「うん……まぁ……」

 征仁さんは私をフォローしたつもりで言ったみたいだったけど、なんとなく母さんの前でいいところを見せようとしているようにも見えてちょっとイラついてしまった。

「おい、お前さん達うるさいぞ! ちょっと静かにしろ! 」

 母さんの声がよほど大きかったようで、年老いた医師が、病室のドアを勢いよく開けて注意しに来た。首には聴診器が掛けられている。

「もうお前ら治療は済んだんだからさっさと帰れ! 嬢ちゃんの方は異常ナシ! おっきい方は経過を見ながらまた来い! 以上! 」

 母さんと張り合うような大声で必要最低限のコトを伝え、再び診察に戻った老医師。その背中を見送った母さんは、私達に「大丈夫、別に怒ってないよ。先生……ええと、武藤先生って言うんですけど、口は悪いけどいい人だから」とこっそり伝えてくれた。

 大丈夫、ちゃんと分かってるから母さん。だってこの口の悪いお医者さん、武藤先生の話は、昔から何度も聞いたコトがあったから……





 木製のガタガタと立て付けの悪い引き戸を開け、目に飛び込んできた物を目の当たりにし、私の中にあった憶測は確信へと変わった。

「やっぱりここ、あいざわ診療所だったんだ」

 あいざわ診療所の名物、駐車場の一本松が悠然と私達を出迎えてくれた。私が記憶しているよりも少し小さな姿をしているものの、冬の寒々しい空気の中でも、青々と針のような葉を空に突き刺す姿は、幸村先生がこの場所を竜脈の源泉と説明していたことも、あながち本当じゃないか? と思わせてくれた。

「僕もここまでボロかったとは知らなかった」

 木の柱は木片がささくれ立っているし、何とか医療施設らしくしようと壁に塗装されたライトグリーンのペンキも、むしり取られたように剥がれている。私の時代から30年も前の世界ということを考えてもオンボロな建物だった。まさしく戦時を知っている装い。

「二人ともここに来たことあるんですか? 」

 タイムスリップをしてしまった感慨にふけっている私達の背後から、不意打ちのように声を掛けてきた母さん。

「この辺じゃ見ない顔ですけど……地元の人じゃないですよね? 」

 その無邪気な質問に私達は困ってしまった。まさか自分の娘と再婚相手が目の前にいるだなんて夢のまた夢にも思わないだろう。

「それは……」

「そうだ! 何か聞き忘れてたと思ってた! 名前、教えてくれますか? 」

 これにはさらに困った……私は西条雪姫だと名乗っていいものなのかと? さっきから私は、ある一つの心配が常に頭をよぎっていて、心のなかがざわついて仕方がなかった。

 それは……私が過去の母さんと関わったコトで未来が変わってしまうこと。

 ちょっと前にテレビで観た古い映画で、主人公がタイムマシーンで過去に戻り、若い頃の父と母に会ったことで両親が結ばれなってしまい、未来に矛盾が生じた。そしてその影響で自分自身の存在が消失しかけてしまう。という話があった。

 今の私もまさにその映画の主人公と同じで、下手に過去の干渉したコトで自身が消えてしまうコトを恐れている。

「えっと……私……雪姫っていいます……東京から来ました。それとこちらは……親戚の叔父さんなんです! 」

 私は結局、姓を伏せて下の名前だけで名乗ることにした。征仁さんについても、どことなく自分の父親ということを伏せた方がいいと思ったので親戚ということにしておいた。

「……ユキですね よろしくユキちゃん! 」

 そう言って母さんは私の右手を両手で包み込んで友好の握手を強引に決行した。

「はは……よろしく……友江……ちゃん」

 自分の母を名前で呼ぶのは何だかむずかゆい気持ちになったけど、この際は我慢してそうするしかない。

「僕からもよろしく、友江さん。雪姫の叔父です」

 征仁さんは私が苗字と家族構成を偽った意図を読みとってくれて話を合わせてくれた。全く……こういう時はしっかり気が回るんだなぁこの人は。

「どうぞよろしく。それでお二人は東京からはるばる来ていただいて……それでどうして池に落っこちちゃったんですか? 」

「雪姫と一緒に昇雪現象を見に来たんだけど……ちょっとトラブルがあってね……池にドボンさ」

「まぁ、大変だったんですね……それで、昇雪現象を見ることはできましたか? 」

「いや、見られなかったよ……今日は無理みたいだね」

「そうなんですか、残念でしたね……気温がもうちょっと下がれば見られそうなんですが」

 母さんはそう言いいながら、柔らかく握った右拳を口に当てて何か考え込むような仕草を作った。昔から母さんはアメリカンドラマの俳優のように、分かりやすいジェスチャーをすることが多かった。

 だから母さんの動きを見るだけで、今どんなことを考えているのかが手に取るように分かった。

 そんな母さんは頭の中で何か考えが纏まったらしく、両手をパンと合わせた。

「それじゃ、二人共今からウチに来ませんか? 夕方まで待てば、昇る雪を見られるかもしれないし、それに去年その瞬間を写真に撮ってあるんですよ! 見せてあげますから! 」

「え? ウチって母さ……友江ちゃん家にってこと? 」

「そう! わざわざ県外から来てくださったんですもの、もし今日見られなくて、何の収穫もなく手ぶらで帰るってのは寂しいでしょう? だからせめて写真だけでも……どうですか? 」

 友江ちゃんの家、つまりは私が元の時代に家出をして飛び込んだ、祖父母の家に行くということになる。

 正直言って、とても興味のある誘いだけど、私達はそんな悠長なことはしていられない。一刻も早く、もう一度昇雪池に飛び込んで元の時代に戻らなければならない。タイムスリップという超常現象が相手なので確信的なことは言えないけど、下手をすればこの時代に取り残されてしまう恐れもある。

 「友江ちゃん、ちょっと待って」

 征仁さんの袖を引っ張り、私はささやき声で「どうする? 早く池に戻った方がいいんじゃない? 」と、母さんに聞こえないように相談をする。

「アレは昇雪現象が起きている時じゃないと起こらない。友江さんの言うとおりにしよう」

 どういうワケか征仁さんは、何か確証があるような口振りだった。

 私が「何でそんなコトが分かるの? 」と聞くと征仁さんはなんのためらいもなく……

「池から上がった直後の周囲の様子を見て変だと思って、もう一回池に飛び込んでみたんだ。でも結局何も起こらず、底にあった岩に頭をぶつけてしまってね……この傷はその時にできて……」

 その言葉に、ついつい私は「はぁ……」とため息をついてしまった。やっぱり征仁さんは、優秀な医者のクセにどこか大事な部分がぬけている……

「征仁さん……その時、自分だけ元の時代に戻ってたら……私をどうするつもりだったの? 」

 征仁さんは少しだけ無言で間を置き、遅れて両目を見開き……

「……あ! 」と漏らした。

 この人は本気で今、その重大なミスに気が付いたらしい……

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