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「雪姫、まぁ元気だしなって! ほらほら、どんどん食いなよ」

「うん……」

 祖父母と共に3人で囲んだ夕飯の食卓。土鍋の中で煮えている魚の身が、いつもなら食欲をこれでもかとかき立てるの、今夜はそんな気を起こさせてくれない。

「雪姫……ごめんね。さっきはおばあちゃんも、ちょっと言い過ぎちゃったわ……」

「いいよ……気にしてないから」

 気にしてない。とは言ったものの、ごめんな……と一言だけ残して去っていった征仁さんの、悲しげな表情が頭にこびり付いて離れない。

「ほれほれ、今日は奮発して甘鯛の鍋にしてみたんだ。オレが作ったんだぞ」

 そう言って祖父は土鍋で踊っていた甘鯛の身が煮えすぎない内に私の小鉢に取り分けてくれた。白く瑞々しい身から滲む油が光を反射している……こんなにも気が滅入った私の心にも食欲の火を灯してくれるほどに、とても美味しそうなルックスをしている。

「あ、ありがとう」

 甘鯛……か。その言葉が引き金となって、私の遠い記憶が鮮やかにに呼び戻される。





 血の繋がったお父さん「森大和もり やまと」は私が9歳の頃、交通事故に遭って亡くなった。

 広告代理店に勤めていたお父さんは、カメラで風景写真を撮ることを趣味にしていて、25歳の頃にこの白日町の風景写真を撮る為にやって来たらしい。そしてあいざわ公園での撮影中にたまたま母さんと出逢い、1年間交際して結婚。その3年後、東京で私が生まれた。

 私はお父さんのことが大好きだった。いつも大きな声で笑ってて、母さんと私を明るくさせ、私がカメラに興味を持った時には、子供扱いせずに露光だとか絞り値だとか専門知識をしっかりと教えてくれた。

 そして9歳の誕生日。お父さんは「Biancaneveビアンカ・ネーベ」という名前のイタリアンレストランで母さんと一緒に私をお祝いしてくれた。そのお店の看板料理の[甘鯛のレモンクリームソース]の味は、正直あまり自分の好みではなかったけど、誕生日プレゼントのミラーレス一眼カメラを貰った時の嬉しかった気持ちは今でもしっかりと思い出せる。キッズ向けのカメラではなく、しっかりとした仕様の物をくれたことに、ただただ胸を踊らせた。

 お父さんは常に私と真剣に向き合ってくれる人だった。





「雪姫、大丈夫か? 」

 お父さんとの思い出にふけり、鍋の具に手を付けずにボーっとしていた私を不安に思ったのか、祖父が心配そうに私の顔をのぞき込んだ。

「いや、ごめん……ちょっと具合悪くて」

「具合悪いの? 風邪でも引いた? 」

「うん……そうかも……食欲がちょっと沸かなくてさ……」

 そう言って私は居間から抜け出してしまった。

「雪姫? 」

 せっかく手を掛けて鍋料理を作ってくれた二人には悪いけど、今のこの心の状態ではその料理も単なる栄養補給に終わってしまいそうな気がした。

 私はそれに耐えきれずに、ドタドタと廊下を歩いて臨時に自室として使わせてもらっている来客用の座敷へと逃げ込んでしまった。

 暗い部屋に一人、この家に来る時に持ってきた通学鞄を枕代わりにしながら、カメラに大量に保存された画像データをスライドショーのように見返す。保存されている写真のほとんどは青空だったり、山だったり、街並みだったり……私の撮った写真は風景ばかりだった。なんでもっと母さんやお父さんとの写真を撮らなかったのか……過去の思い出にふけることも出来ない自分の性分に少し腹が立った。

「あ……」

 そんな中で1枚だけ、唯一メモリに保存された人物写真を探り当て、操作している指を止める

 それは去年の夏に幸村先生があいざわ公園で撮ってくれたモノ。私と母さん、そして征仁さんとの家族写真だ。


『ほらほら! せっかくだからみんなで手を繋いで撮ろうよ! 』


 その写真を撮った当時、母さんは少女に戻ったかのように無邪気な声でそんなことを言って私達にお互いに手を握り合うよう促した。

 母さんと結婚したてでまだ私との距離がぎこちなかった征仁さんは、私と手を繋いでいいのかどうか迷っていたようで、なかなか自分から私の手を握ってこなかった。私はそんな征仁さんの態度に「もう! 」と少しイラついてしまい、彼の左手を奪い取るように握って無理矢理に家族3人を握手で繋がせた。

 私は母さんと征仁さんに挟まれて両手で手を繋ぎ、嘘くさいテレビ番組で見たような[捕らわれた宇宙人状態]になってしまっていた。

 おまけに私は、その時とびきり不機嫌な表情を作っていたと思う。そんなシチュエーションが面白かったのか、幸村先生は腕を振るわせてシャッターを切ってしまい、ブレブレの記念写真になってしまった。

 これが今となっては母の姿を写した最後の写真になってしまうだなんて……その時はひとかけらも想像してなかった。手ブレで若干歪んでしまった母さんの顔が、その後に起こる不幸を予知しているようにも見える。

 そんなことを考えている内に自然と涙が頬を伝い、い草の香る畳に新たなシミを作った。

 母さん……お父さん……また合いたいよ……。





「あ……? 」

 私はカメラを握りながら眠ってしまっていたみたいだった。

 真っ暗だった部屋の蛍光灯は、うっすらとオレンジ色の豆電球だけが灯され、私の体には羽毛布団と毛布がゆったりと掛けられていた。多分祖父母のどちらかが私を気遣って起こさないように被せてくれたのだろう。

 ホント……私ってば……皆に迷惑かけてばっかりだな……。

 傍らに放置しておいた携帯電話の電源を入れ、今の時刻を確認する。

「11時か……」

 液晶画面には東京で通っている学校の担任教師からの着信が1件だけ届けられていたことを示す文章があざ笑うように表示されていた。人見知りでクラスでは目立たない存在の私を象徴するにはこれ以上の演出は無いだろう。と、私は心の中で呟いて自虐する。

 全く……こんなんだから友達が出来ないんだよ。

 布団を敷かずに寝たせいか、体の節々が少し痛い。私は立ち上がって明かりを付けないまま部屋の中をうろうろし、凝り固まった体をほぐそうとする。そしてふと窓の方へと視線を向けると、深夜にしては妙に薄明るい外の雰囲気に気が付き、「もしかして! 」と少し心を踊らせた。


 それは月明かりと、わずかな町の照明を白く反射させる小さくて儚い存在。

「雪だ……」

 外では雪が降っている。窓を開き、突き刺す寒気を頬に受けながら、町中の音を消し去るような独特の世界を作り上げる白雪に、私は少しの間魅入っていた。

 東京でも何度か目にしている雪に、何でここまで心を踊らせているのか? 自分でも意外に思ったけどその答えは簡単だった。

 この白日町で雪を見ることが、私は初めてだったということと、今朝ニュース番組でキャスターが伝えていたことを頭の中で思い返したからだ。


『さて、白日町名物である[昇雪現象]ですが、過去の統計から今夜11時頃に見られる可能性が高いようです』


 今はまさに11時。降っている雪の勢いは弱く、まだ地面が白っぽく染まる程度にしか積もっていない。

 私は忍者になった気分で自室からゆっくりと抜け出し、家中が暗黒に包まれていること、祖父母はもうすでに、寝床に入ったこことを確認。そしてコートを着込み、毛糸の手袋をはめて寒さに対策。そして愛用のカメラの電源に、たっぷりと充電がされていることをチェックし終え、私は摺り足で気配を消しつつ家を飛び出した。

 初めて見れるかも! 

 心のウキウキを抑えられなかった。私は靴が汚れることも一切気にせず、まだ雪が積もりきらず、ぬかるんだ泥道を勢いよく走って[白辰神社はくつじんじゃ]へと急いだ。

 そう、そこは雪が天に昇るという不思議な昇雪池を見ることが出来る場所だ。

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