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幸村先生と別れ、だらだらとした足取りで祖父母の家に到着すると、その庭に見慣れた白いセダン車が駐車されていた。私はその光景を目の当たりにし、嫌な意味で胸が高鳴る。
「……来たんだ……」
ゆっくりと玄関の引き戸を開き、泥棒が忍び込むかのように忍び足で家の中に入る。心なしか張りつめられた空気を感じながら、閉じられた襖の奥にある居間から聞こえる声にそっと聞き耳を立てた。
『迎えに来るのが少し遅いんじゃないですか? ほんの2時間くらい車で飛ばせばここまで来られるのに、なんでスグにここまで来なかったの!? 』
祖母の声だ。その2軒先の家まで届くような張りのある発声に怒りが込められていることは明らかだ。
『……申し訳ありませんでした。どうしても途中で区切ることの出来ない仕事が残っていまして……』
間違いなかった。お人好しな性格をこれでもかと発散させる、語尾がハッキリとしないその喋り。
襖の向こうには私の[父親]がいる。
『征仁さん。医者であるあなたが多忙であることは分かりますけどね、それなら自分の娘に電話くらいはよこしたらどうなんですか? 今日ここに来るまで一度も連絡が無いだなんてどうかしてますよ』
『すみません……』
『……全く、あなたは謝ることしか出来ないの? とにかく、後は雪姫本人の判断に任せます。ですけどね……もしもあの子があなたと一緒にいるのが嫌だと言うのなら私達がここで面倒を見ますからね。あの子は今14歳という一番繊細な時期です……その方が雪姫にとっても、あなたにとっても良いコトだと思いますから』
襖の向こう側が数秒沈黙に包まれた。私はこの奥で巡られている姿を想像するだけで、胸が締め付けられる。
そして、祖母が少しだけ躊躇のため息を漏らした後、重い言葉を父親に向けた。
『征仁さん……もう無理をしなくていいんですよ? 友江はもういない……何よりあなたと雪姫は[血の繋がり]が無いんですから』
その瞬間「ガララッ! 」と、目の前にあった襖が力強く開かれ、閉ざされた世界の向こう側から私を多い被さる陰が生まれた。
「雪姫……! 」
寝癖が付いたままのもじゃもじゃ頭に、だらしなさすら感じられる伸ばしっぱなしの髭。私が突き放した[父親]が、今目の前に立っている。
「征仁……さん」
動けば皮膚が張り裂けそうな緊張感だった。視線を征仁さんの奥へとフォーカスさせると、私の存在に少し驚きつつも、すぐに凛とした態度を取り戻した祖母と、どうしていいのか分からずにうろたえる祖父の姿。時間が止まってしまったかのような重い空白の時間を経て、征仁さんがやっとのコトで言葉を発した。
「……ごめんな……」
たった一言。たったの一言だけ。それだけ残して私の継父はこの家から逃げ出すように去ってしまった。
なぜ……。何で謝るの? 何で一人で行っちゃうの? なんで「一緒に帰ろう」って言ってくれなかったの?
謝らなくちゃいけないのは……私の方なのに……。