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ワタシ村上春香が思うにはですね、雪姫ちゃんと征仁さんが30年前にタイムスリップしていなかったら、おそらく友江さんはその時の心臓発作で命を落としていた可能性があると見ているんですよ。
つまり、その後産まれるであろう雪姫ちゃんも存在しない。そうなると困るのが、白日町です。
どういうことかと説明しますと……まず、全くの憶測ですが、昇雪池の水を飲んで雪を昇らせる不思議な力を得るには、特性が必要だったのかもしれません。その特性を友江さんが持っていて、その娘である雪姫ちゃんが遺伝で引き継いだのでしょう。
伝説の雪女は、この白日の地をこよなく愛していた。2014年に訪れる大寒波を予測した雪女の魂は、どうにかしてその危機から救いたかったので、友江さんを生かしておきたかった。だから時間を歪めて1984年に雪姫ちゃんと征仁さんを呼び込んで彼女を救わせたのでしょう。
そして、すでに2014年の時点で亡くなってしまっていた友江さんの代わりに、雪女の力を引き継いだ雪姫ちゃんが竜脈を利用して大雪の恐怖から救ったということ。
そう考えると、つくづく罪なのは伝説の雪女である雪姫でしょう……白日の人々を救うためとはいえ、雪姫ちゃんの家族は大きく運命を狂わされてしまったのだから……
さらに……ワタシが思うことが一つ……
実は、友江さんは幸村先生の正体を知っていたのではないか? と感じてしまうのです。
元々雪女の力を扱うことの出来る(と思われる)友江さんですから、どこかしらスピリチュアルな勘が強く働いていたのかもしれません……
30年前に突然現れた雪姫ちゃんと征仁さんを疑うことすらせずに受け入れ、もてなした時にはすでに、自分と何らかの繋がりがあるのかもしれない……と感じていた気がするのです。
そして、その16年後……雪姫ちゃんが産まれたその瞬間……確信したのではないでしょうか?
この子はいずれ……若い頃の自分に会いに行くだろう……と。
[2014年3月3日 記 【春香の秘密ノート】より]
「春香ちゃーん! またそのノート読んでるの? 置いてくよ!? 」
「あ、待ってー! 今行くから! 」
あの白日町が真っ白な雪で覆い尽くされた危機からちょうど半年が経ち、季節は夏! ワタシは青春真っ盛りの中学3年生の放課後を、4月より東京から転校してきた親友と共に満喫中だ。
「それにしても……冬はメチャクチャ寒いのに、夏もしっかり暑くなるとはね……」
「雪姫ちゃん、これぞ白日の洗礼ってヤツだからね。がっかりするだろうけど、今日はまだ涼しい方よ」
「ぐへぇ……先が思いやられるなぁ……」
雪姫ちゃんはあの一件以来、この白日町に引っ越し、ワタシと同じ中学に転入してきた。
母親もいなくて、継父である征仁さんも亡くなって(公には失踪扱いになってるけど)祖父母の厄介になるという流れではあるけど、雪姫ちゃん自身がこの土地に特別な思い入れを抱いてくれたことも理由だと聞いて、少し嬉しくもあった。
「やっぱり、いつ来てもここの眺めは最高だよね」
「そうだねぇ……」
今日は雪姫ちゃんのご要望により……ここ、あいざわ公園にて見下ろす白日の町並みを写真に収めたいとのことで、ワタシも同行した次第……
様々な角度から、ベストショットを収めようと奮闘する雪姫ちゃんの姿を、これまたワタシが携帯のカメラで隠し撮りしていることは、誰にも言っていない秘密だ。
「そういえば雪姫ちゃん」
「なにー? 」
「もう雪女の力はやっぱり使えないまま? 」
「だめだねー、もうさっぱり出てこないよ。あの青い靄」
あの大雪を不思議な力で一掃した直後、その一部始終を見ていた診療所の人たちに何とか言い訳して逃れるのが大変だった……
松の木が勝手に光って昇雪現象が起きた。とか、ワタシ達がジャンプしたりロープウェイで松の木までたどり着こうとしてたのは、単に面白そうだったから。とか、何とか言いくるめてことを成し遂げたけど……雪姫のおじいちゃんとおばあちゃんには隠しきれなかったな……
結局雪姫ちゃんも、2人にだけは自分の口から全てを話したみたい。全てを信じてはもらえなかったらしいけど、ただ雪姫ちゃんが無事でいてくれたことを心から喜んでくれたことが嬉しかったし、申し訳なかったって言ってたっけな。
「ねぇ、春香ちゃん。ちょっとこっちに来て」
「はい? 」
「そうそう、そこに立っててよ」
「これでいいの? 」
ワタシは雪姫ちゃんの言われるがまま、白日町の町並みを背に立たされ、気が付いたら彼女愛用のデジカメで激写されていた。
「わわ、雪姫ちゃん! ワタシなんて、そんな写真写り悪いし」
「そんなことないよ、カメラ映えしてるよ」
「そうかな? 」
「うん」
運命に翻弄され、そのことを恨んでいてもおかしくないのに、雪姫ちゃんはそんなことなんてひとかけらも感じさせずに元気を発散している。
いや、むしろ……初めて会った時よりも、雰囲気にトゲが抜けたというか……親しみやすい明るさが備わったというか……とにかく……もしワタシが男だったら、とっくに告ってるというか……
こうして雪姫ちゃんのペースで写真を撮られ続けていたワタシだけど、何枚か撮っているうちに、突然そのシャッターを切る指が止まってしまった。
「雪姫ちゃん? 」
彼女はファインダーから目を離し、坂道を下った先に視線を移す。釣られてワタシも同じ方向に目をやると、そこには一人の女性がゆっくりとこちらに向かっている姿があった。
その女性が誰かと言うと……そりゃあもう、見慣れたどころか視界に映らない日なんて無いってほどの仲の人ですよ。
「村上さん……」
「お母さん。珍しいねここに来るのは」
ワタシの母親、村上夏樹が一歩一歩、少し急勾配の坂道を上って来ている。
「ふーッ! 年々この坂道が辛くなってくわ」
お母さんは中年のテンプレート的なセリフを吐きすてながら、ワタシと雪姫ちゃんとの間に割り込んできた。いつもとは違って口数が少ない上に、何だか言葉を選んで話しかけている感じがして、ワタシ達にジュースでもおごってくれる雰囲気ではなさそうだ。
「ねえ春香」
「なに? 」
「ちょっとだけ……外してくれるかしら? 雪姫ちゃんと……話をしたくてね」
「え? 雪姫ちゃんと……お母さんだけで? 」
一体コレはどういう状況なの? とこの場の空気を読み取ることが出来ずに目をパチクリしつずけるワタシだったけど……
「村上さん、大丈夫ですよ。春香ちゃんも全部知っていますから」
雪姫ちゃんがそう言ってくれたおかげで、話の輪から外されずに済んだことと、今から何について話すのかを察することが出来た。
「そう……それじゃあ、雪姫ちゃんも大体見当がついてるってコトね」
「はい……30年前のこと……ですよね? 」
30年前のこと……つまり、雪姫ちゃんが昇雪池に飛び込んでタイムスリップした時のこと……その時ワタシの母である村上夏樹と、このあいざわ公園で偶然鉢合わせた話なら雪姫ちゃんから聞いている。
「そう。あの時のコト……ちょうど、ここで話をしたんだよね……トモちゃんと幸村先生。そして雪姫ちゃんとね」
「やっぱり……村上さんは気が付いていたんですね」
「ええ。30年前に出会った雪姫ちゃんがトモちゃんの子供だってこと……不思議だったわ、あなたが産まれて成長する姿を追っていく内に、どんどんあの時トモちゃんと一緒にいた女の子にそっくりになっていくんですもの」
そう言ってお母さんは、公園の手すりに腕を組みながら乗せて、白日町の風景を前のめりになって眺めた。その姿は、町そのものではなく、それよりもっと向こう側の世界を見据えているようでもあった。
「雪姫ちゃん」
「なんですか? 」
「あなたのお父さん……つまり、幸村先生のことだけど」
「はい」
「あなたには、色々と思うことがあるかもしれないけど……あの人は立派な医者だったわ。それだけは確かよ。幸村先生がいてくれたおかげで、この辺の人達は安心して生活することができていたの……トモちゃんもそう……」
「……征仁お父さんに関しては、私はただ、母さんや白日の人達の為に、色々と頑張ってくれていたっていう感謝しか沸いていません……征仁お父さんは最後に、いつか自分を恨む時が来るかもしれない……って言い残しましたけど、今の私には……まだよく分かりません……」
雪姫ちゃんのその言葉を聞いたお母さんは、安心したような、不安が残るような……どっちつかずな表情を浮かべていた。
お母さんは言ってみれば、雪姫ちゃんよりもずっと長い間、看護師として幸村先生……つまりは征仁さんと共に同じ時間を過ごしてきていたのだ。彼が全てを知っていながら何もしなかった事に対して同じような罪悪感を抱いているのかもしれない。
「……あの時ね……雪姫ちゃん」
「あの時? 」
「30年前に幸村先生の手相を見たじゃない? 」
「ああ……はい。何か手相がよく見えないって言ってましたよね? 」
お母さんの手相占いの件も、雪姫ちゃんから聞いている。その時、幸村先生……つまりは征仁さんの手相を読もうとしたら、どういうワケかボヤけてしまう……というモノだった。
「ごめんね雪姫ちゃん……実はそれは嘘……本当はバッチリ見えていたのよ」
「え? 」
「あの時ね……幸村先生の手相を読んだ瞬間……突然頭の中に妙な映像が流れ込んで来たのよ。白日の町が雪の中に埋まってしまって一面真っ白になってしまう、恐ろしい映像が……あの時は、何がどうなってしまったのか……だから気味が悪くなってその場から逃げちゃったの」
「そうだったんですか……」
それは多分、半年前に起きた大豪雪を予知した映像だったのだろう。その後の有識者の見解によれば、あの時奇跡が起きて雪が全て昇っていかなければ、数千人単位の被害者がでていた可能性があったらしい。
それを防ぐ使命の一端を背負った征仁さんには、その運命が作り出すビジョンを映し出す、霊的な力が働いていたのかもしれない……だから、手相を見たお母さんにそのような予知映像
が流れ込まれたのだろう。
「ねぇ村上さん……」
「なに? 」
「聞きたいことがあるんです」
雪姫ちゃんもお母さんと同じように、白日の町を見下ろしながら、質問をした。
「母さんは……30年前に出会った子が私だってことに、気が付いていたんですか? 」
「…………それについてはね……トモちゃんが昔……あなたが4歳くらいの頃にこんなことを言ってたのを覚えてるわ」
お母さんは、まるで同年代の友達と話すような、どこか悪戯っぽい表情で雪姫ちゃんを見つめた。
「そのうち雪姫に怒られちゃうかな……だって昔この子にね、名前に『姫』なんて入れるな! って注意されてたんだもん。ってね……」
雪姫ちゃんは、お母さんのその言葉を聞いた瞬間に顔を伏せてしまい、無言で肩を震えさせてしまった。泣いているのだろうか?
「ふふ……」
「雪姫ちゃん? 」
ワタシは心配になって、雪姫ちゃんの肩に手を置こうとした。でも、その瞬間にそれは不要なのだと分かった。
彼女は笑っていたのだ。体を震わせ、お腹を押さえこんで、こみ上げる【陽】の感情を爆発させていた。
「ははは、母さんらしい! 」
「そうね、トモちゃんはずっとそんな子だったわよ」
そしてお母さんまで一緒になって笑い始めてしまう始末。ちょっとちょっと! 何なのこれは!?
「ちょっと雪姫ちゃん! お母さんも! 二人だけで楽しまないでよ! なんか悔しいから、全部教えてよ! ねぇ! 」
夏の青空の下、あいざわ公園には賑やかな笑い声が響き渡り、その声は坂の下の診療所まで聞こえていたようだ。
今頃天国にいるであろう、友江さん、大和さん……そして征仁さん……
安心してください。あなた方が守った一人娘……そして白日の町は、今もこうして元気にワタシ達を照らしてくれていますから。
おわり




